誰も、いつの間に彼女が側に寄って来たかなんて気付きもしなかった。
いや。気が付くべきだった。
あの少年。アドニスの側に彼女がいなくなっていた事に。
現にこうして、彼女は自分達の前で浮き、笑っているのだから。
今でもまだ、あの重圧は消え去っていない。
女を前にすると押しつぶされそうなほどに重たい殺気が襲い掛かってくる。
ニタニタリ。ニタニタリ。
空中で足を組みながらあまりに美しい。美し過ぎる彼女が此方を見降ろす。
重たい殺気があると言うのに、彼女の瞳には此方に関しての興味も、それどころか見下す様な気配すらない。。ただ、色の無い瞳。
グーファルトも誰もが焦った事だろう。
カトリーナから手を離し、腰に付く黒いナイフを握る。
だが――。
「あー。まてまて。私は君達に手を出す事は禁じられている。落ち着きなよ」
女はニタリと笑ったまま当たり前言った。
敵意は無いと言わんばかりに手を上げる。
「私は言伝を頼まれているだけだからね」
「……なんだ?それは」
彼女の手に掛かれば自分達は簡単に殺されるのは嫌でもわかった。分かっていた。
それが、今は目の前で浮くだけで。攻撃を仕掛ける様子には全く見えない。
それ処か何処かつまらなさそうでもある。ただ、其処にいるだけ。
この事実に気が付けば、彼女の言葉は事実なのだろうと推測は取れた。
だからこそグーファルトは言伝とは何か、何の用かと問いかける。
ニタリ。女はやはりそう笑った。
瞬きの間に、その笑みは消え失せ無の表情になるのだが。
彼女は口を開いた。
「宣告だ。――これより『ゲーム開始』とする。ルールは1つ。ゲーム盤はこの村全土。誰であれ関係ない。逃げれば死とする……」
それはいったい誰からの宣告なのか――。
答えを出さないまま彼女は続ける。
「ただし、故郷を捨て『
「ぱんっ」と女が手を叩いた。
がくりとグーファルト達の身体が急に沈んだのも同時の事。
表現ではない。実際的に身体ががくりと落ち下がったのだ。
驚き。視線を下をに送れば、目に入ったのはぽっかりと空いた穴。
下には木々が生い茂り。
しかしよく見れば見覚えのある、古びた蔦だらけの屋敷が目の端にポツンと存在する。
「――ひ、きゃああ!」
誰かの悲鳴が上がったが、誰だったか。
グーファルトが前を見れば階段の側で腰を抜かしていたマリアンヌとジェラルドの姿が無い。
よく見れば彼らがいた場所には同じように「穴」が開いていた。
それが文字通りの“穴”だと確信するには、グーファルトの身体が急降下した時に漸く理解した事だ。
気が付けば参加者達は空の上。
何が起こったかなんて理解出来る筈も無い。
ただ、いつの間にか空へと移動していた――なんて。
愕然とする中で落ちる此方を赤い瞳が見下ろす。
「こんなぐらいじゃ死なないでね~。あ、そうそう、私は『王』には手は出さないけどその他には手を出すから」
だ、なんて忠告を声に出しながら。
女はやはりニタリと笑うのだった――。