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76話『ゲーム開始』7


 その場に緊迫にも似た静寂が流れた。

 アドニスの行動に誰もが唖然と一人のナイフを向ける少年と、険しい顔で少年を見据えるカトリーナを見る。

 グーフェルトだけが笑みを浮かべつつ、その場を離れる様にフォックス少年の腕を掴み後ろへと下がったのだけは確認した。


 数人分の視線を浴びながらアドニスは口元に笑みを浮かべつつ最後の警告を施す。


「同盟を解消しろ。皇帝の命令通り今から此処に居るメンバーで殺し合いを始める。そうすればあんたを狙う事は止めてやるさ」

「……」


 少しの沈黙。

 今まで存在感が無かった。彼女の側に居たボロのスーツを着た二組の男女が武器を手にする。

 1人は背負っていた槍を。1人は腰に付けていた手斧を構えて彼女の前に立つ。


 その行動が「答え」だというのは馬鹿でもわかろう。

 僅かにカトリーナが目を瞑る。僅かな静寂が流れる。


 それは数秒程度であったが、感覚的には何時間でも取れる気がする。

 そして。次に眼を開くとき、その薄桃色の瞳は固い決意の籠った色合いを見せるのだ。


「――。出来ません」


 ソレが合図。

 地を蹴りあげたのはカトリーナの前に立つ2人。

 一人は槍を構え。一人は手斧を振り上げて、アドニスへと切り掛かる。


 常人からすれば早い方に入るだろう。

 だが。


「――っ」

「きゃ……!」


 鉄がぶつかり合う音。

 アドニスは襲い掛かってきた敵を黒いナイフで受ける。

 いとも簡単に。目の前の二組の殺気を浴びながら。

 軽く。しかし相手にとっては重い一撃で押し返すのだ。


 押し負けた二人は受け身を取る暇も無く、地面へと転がり倒れ込むしか無かった。

 アドニスの黒い眼はカトリーナの首筋に狙いをつける。

 彼らと同じように地を蹴りあげたのは、ソレは正に同時。


 一振り。ただ邪魔者を取り除くだけだ。

 苦しませる様な事はしない。

 あんな細首、簡単に刎ねる事が出来よう。

 だが――。


 ガキン。再び鉄がぶつかり合う音が響く。

 ぶつかり合うのは黒と銀のナイフ。

 銀色の髪が舞う。口元を三日月の様に吊り上げ、サングラスの奥で灰色の瞳がソレは楽しそうに細まっていた。


 アドニスの一撃。

 それを受け止めたのはグーファルトだ。

 黒と銀の殺気がまじりあう。


「や、やあ!」


 後ろからか細い声と共に、手斧を振り上げる女が一人。

 先ほどの一人が態勢を整えたらしい。しかし声を上げるとは間抜けにも程がある。

 アドニスは斧が振り下ろされる瞬間に横へと跳びよけた。

 床に手を付け、地を削る音と共に3mほど距離をとる。


 カトリーナの側にはグーファルト。そして彼女を守らんとする二人の邪魔者騎士様

 あの二組は別に良い。問題は彼女の前に立つ男の方。

 ゆらりと立ち上がり、険しい顔のままグーファルトを睨んだ。


「邪魔をする気か?」


 問いを一つ。

 その答えの様に、グーファルトはクツクツ笑った。。


「ああ。今だけ、な。同盟には加盟しなかったが。此処に来た時この女帝様に頼まれたのさ。この屋敷にいる間だけで良い。自分を守ってくれってね」


 この答えに鼻を鳴らす。


「なんだ。まるで最初から命を狙われるか知っていたかのようだな」


 黒い瞳が凄まじい殺気を纏い、せせら笑う。

 その気迫に押し負けたのだろう。側で『三の王』が腰を抜かしたように倒れ込み地を這って逃げた。


 『四の王』と『五の王』が冷や汗を流し後ろへと下がり。

 今まで煩かった『六の王』は唯唖然に、押し黙ったままその場から動けない。


 その中で数人の騎士たちに守られながら『八の王カトリーナ』だけが静かな瞳で、凛とした佇まいでアドニスを見据えていた。


「『十の王』から既に聞いていましたから。この同盟を話せばわたしはいの一番に狙われるだろう。わたしの作った同盟はにとって酷くつまらない物でしかない粛清対象」


 ――。故に。

 前置き一つ零し彼女は続ける。


「同盟に憤りを感じる者がいれば、それは間違いなく。皇帝の色に染まったモノ。――すなわち皇帝の使いのモノだろう……と」

「…………」


 その場が再び静まり返った。

 今度は其れこそ時間が止まったかのように。誰もが息をするのを忘れたかのように。


 ――ただ一人。


「……………………く、は」


 『猟犬』バグだけは笑う。

 心から面白可笑しいと言わんばかりに。


 楽しい『ゲーム』を前にした子供の様に。

 黒い眼は周りの視線を一心に受けながら、ソレは無邪気に腹立たしそうに。


 当たり前だ。

 ついさっきまで危惧していた事が、こんなにも無様にも引き起こしてしまったのだから。

 欺けたかと思えば自分の軽はずみの行動一つでバレてしまうとは。


 あんなに威勢よく宣言したのに、これでは笑い者だ。

 これはもう自分の失態に馬鹿さ加減に笑うしかない。



 でも我慢できなかったのだから仕方が無い。

 皇帝の意志に反するこいつらが、身の程知らずの愚か者過ぎて腹立たしくてたまらなかった。


 だかた、同時に「やはり」とも思う。

 ――自分はカエル『王』にはなれないのだろう。


 ひとしきり笑った後に忌々しそうに言葉を。


「なんだ。――こんな事なら『ゲーム』開始する前に殺しておくべきだった」


 ――なんて。

 被っていた幼馴染の皮を脱ぎ捨てよう。



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