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75話『ゲーム開始』6


 張りつめた空気。

 ただ狂った女の荒い息使いだけが響く。


 誰も何も言わない。

 無言のまま俯いて口を噤む。


 それは元とは言え、王太子妃だからだろうか。

 アレでも王宮に住む人物。ヘタをすれば罰せられる。

 そんなもう存在しない恐怖に怯えているのだろうか。


 しかし、アドニスも此処は変に発言は出来ない。

 この件に関しては、ヘタに口を出せば正体がバレてしまう可能性があったからである。


 だが、ここで彼女を無視するわけには行かなかった。

 意を決し、アドニスは口を開く。


「俺の勘違いで無ければ、エリザベート妃ですね。」


 凄まじい表情の瑠璃色の眼がアドニスを映す。

 その色合いは悲しみ、憎しみ、憤怒。復讐だけに身を燃やす女の目。 

 気圧される訳には行かない。静かな声で言葉を続ける。


「何故貴方が此処に居るのですか?」

「わたくしが『六の王』だからよ!!」


 アドニスの疑問は余りにもあっさり返って来た。

 ――『六の王』

 確かに彼女は自身をそう名乗った。しかし。

 アドニスはエリザベートの隣に居るドトールを見る。


 ドトール・アンダーソン。

 ゲーバルド陛下の実の弟。皇帝の魔の手から唯一生き延びた男。


 『六の王』は確かに彼方の男だ。

 『世界』から手渡された情報にも彼の存在しか記載されていなかった。

 だのに。彼女が『六の王』とはコレは如何なものか。


「待っていただきたい。『各王』は一人の筈だ。………『協力者』の同伴は許されていたとしても新たな王が追加されるのは――。」

「ええ。規格外と言いたいですよね。でも、本当の様ですよ」


 アドニスの疑問に答えを出したのはカトリーナ。

 彼女は至って冷静にエリザベートを見つめながら続ける。


「これは貴方がいないときに知らされた事です。『六の王』は二人に追加されたと。皇弟であるドトール様。そして――。ジョセフ元皇太子の奥方であるエリザベート様。この2人を『六の王』にする…………と。これは皇帝からの赦しも得たことだと」

「――っ!俗物の女帝!不敬な!!!ジョセフ殿下と言いなさい!あの人は次期皇帝になるはずだったお方ですよ!」


 カトリーナの言葉にエリザベートが牙を向いた。

 素直に、頭を下げる彼女の隣でアドニスは愕然とする。


 エリザベートを『六の王』にする?『六の王』は二人いる?

 そんなの、アドニスは聞いていない。情報にすらなかった。


 だとすれば、それはきっと『ゲーム』途中に決まったに違いない。

 なんにせよ。あの女、エリザベートは夫を殺した猟犬自分を殺しに来た。


 思わず笑みが零れそうになった。

 皇帝陛下。彼は何処までも血のつながりを全く軽んじていないらしい。

 全く、孫娘が可哀想だと思わないのか。


 なんにせよ。これで今までくすぶっていた疑問の一つが消えたというものだ。

 それならば、と思う。謎は解明した。


 それならこんなのは下らない話だ。ただ標的が一人増えたぐらいで、何の問題も無い。

 それよりも、早くこの会話から先程の話に戻さなくては。


 とりあえずと考える。

 憤慨するエリザベートを見据える。なに彼女に乗れば良い。

 アドニスはグーファルトを見た。


「それなら、問題ない。話を戻そうグーファルト」


 面倒くさそうにエリザベートを見ていたグーファルトが此方を見る。

 彼もまたこんな下らない問題に付き合う気は無いだろう。


 だからこそ、話を元に戻す。

 この祭、内通者が誰かは良い。問題は自分の情報が漏れていないか。


 洩れていれば此処に居るのは無駄の一言であるし。自分は間抜けにも敵に迎え入れられたという形になる訳だ。

 まだ欲しい情報が得られていないというのに、ソレはなんとか阻止したい。


「――内通者。俺も気になる。そいつから何か情報は無いのか?」

「放たれた『犬』についてだろ?無いね」


 だが彼の口から出たのは余りにも当然という様な肩透かしの答え。

 アドニスを除いた。その場にいた全員、一瞬鳩が豆鉄砲を食ったような気持であったに違いない。


「なにを、何を言っているの貴方!『世界』と……『組織』と繋がっているのでしょう!だったら犬の正体は分かっている筈よ!」

「まぁ、聞けって。そりゃ、おれには内通者はいる。コレは確かだ。だがな、『ゲーム』の参加者については簡単に調べられても、皇帝が秘密裏に送り込んだ犬の正体までは分からなかった。かなりの機密事項らしくてな。そもそも『ゲーム』に『犬』を紛れ込ませたなんて事は『世界』側でも殆ど知られていなかったらしい」

「そんなの嘘よ!隠し立ては極刑に値しますわ!その首を撥ねられたくなければ答えなさい!」

「……はぁ、この『ゲーム』に参加している時点であんたの権限はもうないだろうよ。あんたこそ少し立場をわきまえたらどうだい?」


 煩く騒ぐエリザベート。それを呆れたようにあしらグーファルト。

 煩くなる屋敷の中で、アドニスは冷静に考えていた。


 この『ゲーム』については誰もが知っているが、アドニスイレギュラーについては機密事項だった。


 であるなら、グーファルトの情報は余り危惧するような必要はなかったようだ。

 裏切り者だが誰であれ、犬が紛れ込んだという事実は知られても正体までは知られていない。


 だとすればやはりアドニスが行う行動は決まっている。

 一度目を閉じ、思考を巡らせる。だが出る答えは1つ。

 どんなに思考を巡らせようとも、この結論だけは曲げられない。


「わかったそれならいい。なら話を戻そう」


 アドニスは煩く騒ぎ立てるあたりを他所にカトリーナを見た。

 彼女を真っすぐに見据え、笑みを零すことも無く答える。


「――。同盟の件だが俺は組さない」

「……そうですか」


 アドニスの言葉に思ったよりもカトリーナは素直に受け止めた。

 そこに落胆という感情も出ていなければ、危惧していたという様子もない。

 まるで察していたかのような佇まい。


 カツン。

 アドニスは足音を立てる。


 まだ煩く言い争いをするグーファルトとエリザベートを気にも留めず。


「どうしてですか!」

 なんてアドニスの意志に抗議を露わにするリーバンを無視し。


「まだ中立を保つつもりなのか!」

 なんて階段上から文句を被せて来る二人の『王』を見て見ぬふりをし。


 向かったのは屋敷の入口。

 此方の雰囲気に何か感じ取るモノでもあったのか。

 側に居たレベッカがゆるりとその場から離れるのを横目で見据えながら。

 扉の前で足を止め決意を定めたように振り返った。


「――。は同盟に組さない」


 今度は屋敷中に響き渡る声を一つ。

 黒い眼が捉えるのは此方を真っすぐに見据える『八の王女帝様


 彼女がどんな素晴らしい王かなんて知らない。

 何を思ってこの『ゲーム』に参加したかも知らない。


 ただ気に食わない。

 その思想が気に食わない。

 休戦なんて認められるはずがない。


 それが『二の王』にはふさわしくない行動だとしても。

 皇帝の意志に歯向かうのは排除しなくてはいけない。


 だからこそ、腰のナイフを握りしめると真っすぐに彼女に向ける――。



「此処に宣言する。――。『八の王』。俺は今からお前を殺そう。休戦協定なんて俺は認めない」



 だからこそ、コレは宣戦布告だ。



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