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72話『ゲーム開始』3


「お待ちしておりました。『二の王』。いえ、オーガニストと言うべきでしょうか?」


 少しの静寂の後。それを壊す様に澄んだ声が響き壊した。

 靴の音を鳴らしながら近づいて来る複数の足音。


 僅かに顔を上げて視線を飛ばせば、其処に居るのは『八の王』

 彼女とは部下を通して武器の取引を行った。だからこそ、この反応なのだろう。


 しかし、その静かな殺気が溢れ止まない事は無い。

 緊迫した空気が変わらないのは事実。


 『八の王』はアドニスの1mほどの距離を保ち前へと立った。

 彼女と対面し、しっかりと確認するのはこれで初めてとなる。


 そんな彼女が手を差し出す。

 白い手袋をはめた右手が眼の前で止まる。

 何のつもりか。僅かに眉を顰めれば彼女は言葉を発した。


わたしが『八の王』。カトリーナ・レイ・ローファンです」

「……」


 これには少しだけ驚いた。

 まさか此処に来てあまりに普通にこう名乗られるとは。


 だが――。

 アドニスは差し出された手から目を逸らしカトリーナを見た。


「もう慣れ合うつもりは無い」


 冷徹な声で一括。

 彼女もまた、それ以上迫るような事はしない。


 拒絶の一言。それだけで差し出していた手は引っ込める。

 同時に薄桃色の瞳がアドニスから外され、その視線は他の『王』へと向けられていた。


「他の方々も紹介した方が宜しいでしょうか?」


 ふっと小さな笑み。どういうつもりなのか。


「何を勝手な事をしているの!」


 甲高い声が響いた。

 声を荒げたのは『四の王』――マリアンヌだ。


 腰に手を付けて階段上から忌々しそうに此方を睨み下ろしていた。

 その隣の『五の王』ジェラルドもマリアンヌの言葉を肯定するかのように大きく頷く。


「全くだ!俗物が俗物に。何故勝手に情報を与えようとしている!」


 苛立ったように怒鳴りつけ苛立った様子で、此方。嫌カトリーナを見下みくだす。

 実に傲慢に言い方だ。下民を下に見る貴族らしい行動。下らない。


「……俗物、ね」


 ポツリとカトリーナが呟くのが聞こえる。

 目線を送れば彼女の表情が眼に入る。


 怒ったとも言えず。悲しんでいるとも言えず。

 ただ僅かに眉を顰めて何かを考えている様に。


 アドニスは小さく息を付く。


「紹介は要らん。どうせ殺す、殺される関係だ。名前なんて興味ない」


 なんてもっともな言葉で嘯く。

 実のとことは、名前やお前たちの情報なんてとっくに頭に叩き込み済みなのだが。

 故に獲物の嫌味や罵倒なんて意味もなさない。ただ――。


「とくに、俗物から恵んでもらっている奴の名前なんて特に、な」


 嫌味の一つぐらいは返すつもりでいる。

 その瞬間『四の王マリアンヌ』と『五の王ジェラルド』の顔が茹蛸の様に真っ赤に染まりあがった。

 階段を駆け下りて来るんじゃないかと言う勢いで声を張り上げる。

 下にいた『協力者』六人が大きく肩を震わせるほどだ。


「何ですって!!」

「なんだと!!」


 アドニスは僅かに笑みを浮かべて二人へと身体を向け。腰に付けてあるナイフに手を伸ばしながら続ける。


「なんだ。やるか?マリアンヌ・ドライシャス。ジェラルド・グラリッテ」


 愚かにも実名で武器の取引を申し出てきた2人。

 この2人の事は嫌でも理解する羽目になった。

 つまらない獲物だが、相手取るのも仕事。


 そんなアドニスの殺気に、下僕たちが主人よりも先に気が付く。

 黄緑の髪をした執事と金髪のメイドが無表情のまま。

 水色の髪をした執事と銀髪のメイドが楽しげに笑みを浮かべて。

 赤色の髪をした執事と黒髪のメイドが恐怖に染まった顔を浮かべて。

 其々各々様々な武器を構えて戦闘態勢に入る。


 一人ぐらい殺しても構わない気もするが。

 さてどうするか。顎をしゃくった時。


「やめなさい」


 凛とした声が制する。

 その場にいた殆どが声の主を見る。ソレはもちろんアドニスも。

 隣に居た彼女を見た。


「やめなさい」


 全員の視線を浴びながら、カトリーナが再び声明を上げる。

 落ち着いた瞳。しかし凛とした声。佇まい。それは正に一人の王の様。

 アドニスは「ほう」と心の中で声を漏らした。


 優勝候補と言うが、確かに彼女の今のソレは確かに女帝らしい。


 静寂になったこの場でカトリーナは、マリアンヌとジェラルドを見据える。

 冷たい視線で怒りの含んだ落ち着いた声で警告を鳴らす。


「制約をお忘れですか?――感情が豊かなのは結構。でももう少し『王』らしくなさい。子供の反論一つに荒事を起こさないでください」


 まるで子供を怒る親だ。

 𠮟咤を受けた二人の顔が更に赤くなる。だが、言葉はそれ以上出す事は無かった。

 周りの視線に気が付いたからだ。他の残りの『王』。その冷たく、生暖かい物を見るような視線に。

 二人の『王』は唇を噛みしめ、悔しそうに俯く。苦々しそうにきつく作られた拳を下ろすのだった。


「お止め、お前達!」


 少しして、マリアンヌが主の様子に気が付かないまま。

 ナイフや拳銃を握りしめ戦闘態勢に入っていた従者に声を掛ける。

 主の命だ。渋々と言う様に獲物を下げる六人。


「ぷ、あはあはははははは!」


 そんな様子に堪えきれないと言う様に声を出し笑うものが一人。

 腹を抑え身体を屈折させケラケラ笑うのは『九の王』レベッカ。

 転げ笑いそうな勢いで彼女はマリアンヌたちを指した。


「あはははは!!二人とも子供に負けてやがんの!おっもしろい!」


 二人を刺激するもの問題だと思うが、誰も止める事無く。

 ケラケラとした子供の様な笑い声だけが響く。

 これ以上やれば、怒りのままにまた二人の『王』が騒がしくなると思えた頃。

 アドニスは大きくため息を付いて口を開いた。


「で、俺が最後の『王』で良いのか?」

「ああ、テメェが最後だぜ」


 アドニスの問いに後ろから答えが返ってくる。

 振り向けば、今まで黙っていた『十の王グーファルト』が顔を上げ、煙草を吹かしながら此方を見ていた。

 平然としているが此方もまた殺気が全く消えていない。


 目が合うと、グーフェルトは煙草を捨て此方へと身体を向ける。

 冷たい殺気を纏ったまま。此方へと近づいて来るのだ。


 アドニスの側にグーフェルトが立ち止まったのは数秒もしない。

 グーフェルトを見つつ、アドニスは先程から彼の足元にしがみ付く少年を見据える。

 そんなアドニスに彼が、ぐいっと顔を近づけて来たのは直ぐの事だった。


「こんなガキを連れて来たのがそんなに不思議か?」


 ニヤリ。笑う顔が眼に映る。

 嘘を付くことも無い。アドニスは頷く。


「ああ、何故何のためにそんなガキを連れて来た。――『十の王』」


 そんな一言に『グーファルト』は身体を離すと。鼻を鳴らし、顎を上げる。


「グーファルトでいいさ。『オーガニスト』――。あんたには世話になったからな」


 臆することなく堂々と挙げる名。

 この言葉にアドニスも僅かに笑みを浮かべる。

 かの『王』もアドニスオーガニストと取引をした一人。


 その他の王とは違い堂々と恐れも無く。

 自分の名前で、顔で、此方と取引を及んだ男。


 正直。彼がこの場に従属誰かを連れて来るとは、思いもしていなかった。

 相対した時から分かっていたからだ。この男は誰よりも強いと。だのに。


 そんなアドニスの視線に気がついてか、元から言うつもりだったのか。

 分からないが、グーファルトは側に居た小さな少年の頭に手を置く。


「こいつの名前はフォックス。――何てことない、俺の弾避けだ」

「弾避け……?」


 流石に思いもしていなかった。

 一瞬冗談かとさえ思った程だ。

 ただこの男が冗談を言うとは思えず。


「何を言っているんですか!」


 そんなグーファルトの言葉に上がる声が一つ。

 視線を飛ばす。


 目に映ったのは階段の側。物陰から出て来たオレンジ色頭の青年。『三の王』――リーバン。

 彼はその黄緑の目に怒りを滾らせて此方。グーフェルトを、眉を顰め睨んでいた。


「何か問題が?」


 そんなリーバンにグーファルトはクツクツ笑って返す。その様子は悪びれる様子もなく。

 彼の態度はリーバンには我慢できないモノだったらしい。

 ずかずかと近づいて来て、彼はグーファルトへと殴りつける勢いで、彼の胸元を掴み上げるのだ。


「問題大ありでしょう!何を血迷って子供を連れて来たと思ったら弾避け!?人間を何だと思っているんです!」


 それは彼の職業柄と言うべきなのか。

 大人としてなのか人としてなのか……。

 だが、気が付いているのか。

 今この状況。グーフェルトにやり返されても仕方が無い状況であることに。


 一瞬この場に緊張が走る。

 先ほどは止めた筈のカトリーナも今回は頭を抑えるだけで何も言わない。


 アドニスだって止める気は無い。

 リーバンが何に怒っているのか理由も分からないし。

 これがゲーム開始の合図となるのなら、それで良いとすら思っていたほどだ。


 だが、グーファルトは冷静だった。

 自身を掴み上げる手を払いのけ、今度は返す様にリーバンの胸元を掴み上げるといとも簡単に押し返す。

 容赦ない行動にリーバンは受け身も取れる筈も無く倒れ込む。それでも忌々しそうに男を見上げ睨む。

 グーファルトはそんなリーバンに対してニヤリと笑みを浮かべた。


「何だやるか?丁度そろったんだ。べつにおれは開始しても構わないんだぜ?」


 この言葉にリーバンは我に返ったように大きく体を跳ねらす。

 漸く自分の仕出かした事に気が付いたようだ。

 何かを考える様に視線を右往左往。そして悔しそうに唇を噛みしめて俯く。


 彼の様子を見て今度、グーファルトは目を細めて小馬鹿にするように笑った。

 手を伸ばし足元から離れない少年の頭に手を置く。


「は!お利口な教祖様なこった!――こいつはおれが拾ったガキだ。おれが如何使おうと文句はねぇはずさ。現にこいつは自分からおれについて来るって決めたんだしな。……同盟ごっこを続ける良い子ちゃんは口を出すんじゃねぇよ」


 何処か軽蔑の混ざった言葉。

 リーバンは何も言い返す事が出来ないのか、蹲ったまま悔しそうに泣き出しそうに顔を歪ませるだけだった。


「……同盟ごっこ?」


 ここでアドニスは疑問に思う。

 思い返せば先ほどのカトリーナの言葉にも気になる箇所があった。

 いや。そもそも此処に入った時から雰囲気が可笑しかったのだ。


「何故お前達、戦わない?」


 そう。それは戦わない事。

 彼らは『ゲーム』に参加すべく此処に集まった訳だ。


 『ゲーム』の開始の合図は『10の王』全員が集まる事。


 で、あるならば。

 アドニスが此処に入り『二の王』であると宣言した時点で、誰かしら攻撃を仕掛けても可笑しくない。

 だと言うのに。彼らは嫌に大人しい。大人し過ぎる。まるで何かに縛られている様だ。


 だからこそ疑問を口にする。 

 何をしている。何故戦わない?――と。



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