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69話『色の無い君へ』



 暗雲広がる『貧民エリア』。

 古ぼけたアパートの一室。今にも雨が降りそうなどんよりとした仄暗い闇の中。

 アドニスはベッドに腰かけ俯いていた。


 先ほどから、皇帝に送られた命令がグルグルと頭を回る。

 もう選択肢は1つしか無く、迷いなど無意味であるはずなのに、まるで胸や頭に靄が掛かったかのようで晴れやしない。浮かんでいる筈の最善の答えは、ノイズが掛かったかのように汚く取らなくてはいけないのに、手を伸ばしたくもない。

 ふと、目を閉じる。


 今、心の中には二つの答えがあった。

 一つはノイズが掛かる汚くて、何処よりもきれいな光。

 そして、一つは。

 ドロドロとヘドロの塊が集まったかのような、言い合わせない気持ち悪い……輝き。


 どちらを取るべきかなんて、決まっている。

 なのに、アドニスの中はぐちゃぐちゃだ。


 酷くイライラして、頭を抱える程に悩ましくて。

 もう何が正解か、少年には分からなくて。

 自分が何をすべきか、全く想像も出来ない。


 『ゲーム』には勝つ自信が有る。

 残りの全員を殺す自信が有る。でも――。


 『ゲーム』に勝つべきなのか。

 皇帝の為、自分が負けて死んで彼女を渡すのが正解なのではないか。


 違う――。


 答えなんて簡単だ

 至極簡単な問題で、正解は見えているのに。


 でも、やっぱり。

 どうしてもその輝きは……。


 手を伸ばしたいのは――。

 手を伸ばすべきなのは――。



「少年」

「――!」


 手に触れる白い手と、軽やかながらも気遣う声に我に返った。

 顔を上げる。目に映るのは此方を見つめる赤い瞳。

 小さく頭を傾げて、どこか心配そうに此方を見据えている。


「……シーア?」


 ぼんやりした頭で、アドニスは今の状況が良く理解出来なくて辺りを見渡す。

 眼に入るのは自身の隠れ家、ボロアパート。

 顔を顰める。――いつ、帰って来たか覚えていない……。


 手で顔を覆い思いだす。

 覚えているのは皇帝との謁見。

 シーアの仕出かした暴挙。

 彼女を気に入った皇帝の顔。

 そして、彼が発した命令。


 …………。


 どうしよう。

 そこからの記憶が曖昧だ。


 皇帝の発言に、なにか承諾した記憶はあるが。

 何故かそこらあたりから靄が掛かっている。


「……し、シーア。俺はいつ此処に戻った?」

「数時間前だぞ?君はずっとベッドに座って、尻尾を踏みつけられたねこ太の怒り猫パンチを貰っても反応せず、ぼんやりと。さ、流石に少しは心配したぞ?」


 そんなにぼんやりしていたのか自分は。いや、ねこ太の下りが入っていたから冗談の可能性もある。

 そう思いもう一度シーアを見れば、珍しく真剣な表情。

 どうやら本当のようだ。窓を見れば、暗雲が掛かっている物の明るい。どう見ても夜が明けている。

 ぼんやり空を見上げながら、アドニスは口を開く。


「……シーア」

「ん?」

「その……。俺は皇帝陛下に何か失礼な事を仕出かしたりしたか?」


 覚えていないのはどうしようもない。

 恥を捨てて、一番気になっていることをまずは聞く。


 アドニスの言葉を聞いてシーアは目をぱちくり。

「ニタリ」――何時もの笑みを浮かべたのは言うまでもない。


「言っていたぞ?」


 ふわりとアドニスから身体を離す。

 宙で足を組んで、両腕で身体を包み込んで何故かうっとりと、艶やかに此方を見降ろし言った。


「皇帝とやらは言った。『そこの女を余によこせ!』」

「……」

「でも、君は臆せず言い返したんだよ」


 身体を抱きしめたまま、何処か色っぽい顔で続きの一言。


「『誰がやるか!シーアは俺の物だ』……てね♡」


 この女に聞いた自分が馬鹿だったようだ。

 アドニスはポケットから携帯端末を取り出すと、確認の為にドウジマに電話を掛けた。


「ちょっと、本当なのに~!嬉しかったんだぞ~」


 ……なんて頬を膨らますシーアは放っておいて。


 取り敢えず結果だけ記すが。

 特に問題行動はとっていなかったのは確かだ。

 皇帝から自身に向けられた罰も無ければ、処分される様子も皆無。

 いや、何か皇帝に不敬を働き殺されるのなら受け入れるつもりだが。


 ドウジマは電話の先で酷く疲れ切った様子で苦言を零していたが、それもシーアに対してのみ。最悪な事態は起ってない。


 ――いや、皇帝はシーアを欲しているのだ。

 彼女の強さを皇帝は見た。簡単に人のモノに成る女でないと理解しているはず。

 そんな彼女を簡単に、手に入れるチャンスを逃す様な事はしないだろう。


「それより少年!ご飯だ、ご飯にしよ!」

「……」


 こっちが真剣にこれからの事を考えているのに、突然シーアの呑気な声が響く。

 狭い部屋の中を器用に浮き進みながら、その身体は部屋に唯一あるテーブルの側へ、指で指し示す。


 こんな時に食事?

 つい先日と同じ状況だな……。


 だが、ここで要らないと言えばシーアは不機嫌になること間違いないだろう。

 渋々と立ち上がり、近づいてみて見ればソレは。


 カリカリに揚げられた、きつね色の衣を纏った豚肉。

 黄色い溶き卵で絡めて、更に金色のスープで煮詰めた食べ物。

 きつね色の衣には、味が良くしみ込んだふわふわとろとろ卵が絡まり合い、緑色のネギと白いエノキが鮮やかな色合いを見せ。

 それら全てをホカホカの白ご飯の上に、コレでもかと乗せられた一品。


「……かつ丼?」

「ふむ!」


 シーアは胸を張って大きく頷いた。

 アドニスは無言で目の前のかつ丼を見つめる。

 心の中で思う。この数時間、この女は一体何をしていたのだろう……と。


「食材は表のおばさんに貰ったぞ!うむ、いい人だ。君を心から心配していた様でな」


 聞いてもいないのに、彼女は意気揚々と語る。

 というか今の発言、心を読んだな?……約束――。


「おい、私が約束破ったみたいな目で見て来るな!言っておくが、話せば大体はわかるぞ?昔に子供を亡くしたそうだ。君に面影を見ているのさ」


 アドニスが苦言を零す前にシーアはサラリと言い放つ。

 勿論だが、それぐらいで信じられないのだが。彼女は頬を膨らました。


「貰ったと言っても食材だけ。後は全部私が作ったんだぞ?安物の肉と卵だが、ちゃんと食べられる」

「……」

「もう!だったら毒見しておいたさ!」


 珍しく体全体を使って不機嫌を露わにするシーア。

 ……これは約束を破ってだけは本当らしい。

 しかしアドニスは難しい顔を止めない、ジト目で何時もの彼女を思い出しながら問いかける。


「――お前、その女主人に自分の事なんて説明したんだ」

「恋人」


 一気に顔が赤くなった。

 ほんの一瞬だけ呆然とした後驚愕の表情。

 こ、恋人!?恋人だと!?


 姉弟と言ったのだろうと思っていたのに、余りに斜め上の。

 予想なんて出来やしない答え。

 顔が熱くて心臓がバクバクして治まりやしない。


 アドニスは慌てたように腕で顔を隠す。

 シーアがグイっと顔を近づけさせてきたのと同時だ。

 真っ赤な瞳に、真っ赤な少年を映して彼女は言う。


「さ、今度こそは絶対に上手いと言ってもらうぞ!こうなればヤケだもんな!」


 眉を吊り上げ、目を輝かせ、今度は胸を張った。

 心から、楽しみだと言わんばかりの珍しい色の笑みを名一杯に浮かべて。


 ◇


 彼女の発言にアドニスは一瞬思考が停止。固まった。

 赤らんだ頬も戻っていく。

 腕を下ろしその視線を呆然とかつ丼へ。見つめた後にゆっくりと彼女へと視線を戻す。


 今、彼女はなんて言った?

 今度こそ上手いと、絶対に言ってもらう……?

 こうなればヤケ……?


 目に映ったシーアは「ふんす」……と言葉に表すのが一番似合う表情。

 皇帝との謁見に悩み頭を抱えていた、アドニス自分が実に馬鹿らしくなるような、実に愛らしい表情だ。


 それでも頭は働いてくれるらしい。

 白くなった彼の頭に浮かんだのは、もう昨日と言うべきか。


 『二の王』との戦いに赴いた時、あの廃墟に足を踏み入れた時に、彼女が浮かべていたあの態度。

 実に不機嫌で、何処までも不満げだった、あの時の彼女。

 自分の為に卵丼を作って、楽しそうに戻って来たところをアドニスにこっぴどく叱られた彼女。


 あの時は挑戦状の事で理不尽に叱られたとシーアが怒ったと思ったのだが。もしかして……。

 今更。今更になるのだが、もしかして――。


「……お前、昨日不機嫌になった理由って、俺がお前の料理を上手いと言わなかったからとか、するか?」

「おお!分かっているじゃないか!さあ、食べろ!!」


 ――頭が痛くなった。

 ふらりと身体を支えて壁に寄り掛かる。

 昨日、自分が彼女に気を使った意味。何だったのだろう?……なんて。


 いや、何をそんな下らない理由で怒っていたのだ、この女は!挑戦状なんて興味も無かったか!

 そう、そうだよな!こんな女だもんな!……なんだか呆れと怒りが湧いた。

 そこで呆れが浮かぶのなら、先の皇帝との謁見に対しての怒りも湧いて来る。


「勝手に乱入してきて、皇帝に不敬を働いて……!」

「む、何を言うか!皇帝と名乗る男に一人の女として真実を叩きつけてやっただけだろう!?」


 零れた独り言は聞こえたらしい。

 シーアは宙に浮きながら頬を膨らましながらプンスカと怒った。

 アレが個の女の意見なら、怖いな。実の所、女は男の事をどんな目で見ているのだろう。違う!


「許しても無いのに、勝手について来たことを怒っているんだ!何も学んでないなお前!」


 指を差して、アドニスは問題を叩きつけた。

 問題は彼女が皇帝との謁見に、無理やり乱入した事だ。

 だが、シーアは構わず言い返す。


「君が全然皇帝に合わせてくれないからだろう!言ったはずだ、直談判するから取り合えと!」


 むすっとした表情で、差された指を叩き落とし。

「なのに君ときたら」――と、一度前置きして。


「もうこうなったら、前の様に自分で動くしかないじゃないか!!!」


 実にはっきりと、言い放つのである。

 つい先程この事実に気が付いたアドニスは「うぐ」と息を呑むしか無かった。


 前?前とは勿論。シーアが『組織』を襲撃した日の事だ。

 嗚呼、つまりだが。


 彼女、皇帝に会うためにだけに『組織』を襲撃したのである。……二度も。


 シーアは思いだしたように空中で地団駄を踏む。


「君が皇帝との謁見を取り合ってくれると言うから、あの日慌てて君を追ったんだ!なのに、何だ!みんなして私の言う事なんて聞かずに馬鹿みたいに銃を撃ってナイフとかで切り付けて来て!!びっくりだよ!」


 そのまま打ち返してやりたい。

 シーアは止まらない。


「今日だって、君はなんて言った?家で待て?ふざけるな!!」


 それは『二の王』の決着の直後だ。

 アドニスは彼女に家に帰る様に命令した。結果は御覧の通りだが。


「あそこの人間嫌いだ!また私の邪魔をした!!」


 みんなお前が嫌いだ。

 きっとエージェントは震えあがりながら、再度襲撃した彼女の対処に当たった事だろう。

 最終的にはドウジマ辺りが処罰覚悟で諦めたに違いない。


 ソレがあの結果と言う事。

 もう一つ。コレは謁見の時に漸く気が付いた事実でもある。


「――お前、俺との約束。一応は守ろうとしていたんだな」

「何がだ!」

「皇帝のお許しを貰うって言う『ゲーム』の参加条件」

「当たり前だ!君との約束だ!それだけは守るさ!」


 此方が思わず驚いてしまう程に、彼女は言い切った。

 いや、実に今更発言だが。

 これにはアドニスも息を呑み、彼女を真っすぐに見据えるのだ。


 だってそうだろう?

 実は彼女はずっと、アドニスとの約束を守ろうとしていた訳なのだから。


 皇帝のお許しが出たら『ゲーム』に参加しても良い。


 と、言う。実に下らない約束を律儀に守っていたである。

 今日我慢できずに遂行したようだが、達成までの行いが破天荒過ぎる気もするが。


「な、何故だ?なんで、それだけは無駄に約束を守った?」


 アドニスの口から思わず疑問が漏れた。

 当たり前かもしれない。

 彼女は今までアドニスが下した約定を全て破って来たのだから。


 だのに、何故かシーアは「皇帝との許しを取り付ける」コレだけは守った。疑問に思うのも仕方が無い。

 アドニスの言葉にシーアは酷くきょとんと、瞳を大きくして言った。


「君の願いをしっかり叶える為さ。私を使ったせいで不正だと君が断罪されないようにね。うん、コレばかりは破れなかったよ」


 次に彼女は満面の笑みを浮かべる。


「お許しは貰った。これで心置きなく君は自分の願いを叶えられるね!」


 それは本当に、美しく。

 心から嬉しいと言う様に、彼女は笑ったのだ。


 その笑みを前に、アドニスは愕然とする。

 一瞬彼女の言葉の意味が分からなくて、その笑顔が余りに、見惚れてしまう程に綺麗で。


 それは、まるで。

 アドニスの為に彼女は約束を守ろうと、

 自分が不正したと「褒美願い」を取り上げられない様に、

 アドニス少年の為だけに、この約束だけは守った様じゃないか。


 眼と顔が熱い。

 焼けるような熱を帯び、再び赤く染まっていくのが嫌でもわかった。


 もう一度、腕で顔を隠し彼女から逸らす。

 口籠り。唇を噛みしめて、眉を困り切った表情に変えて。


「ば、ばかか……!」


 悩んでいた自分が実に馬鹿らしく感じる程に。

 でも、口元に僅かな笑みを湛えて、小さな声で呟いた。


「む?少年、どうした?」

「な、何でもない!」


 彼女に顔を見られまいと、アドニスは机の側に。

 椅子に腰かけると、その勢いのままスプーンを手に取る。

「頂きます」の声も無いままに、良い匂いがするかつ丼を掬い大口を開けて頬張った。


「……。上手い」


 絶妙な味付けが施された、カツ丼にポツリと心からの一言。

 後ろのシーアの表情が満面の笑みになるのは次の瞬間。


「そうだろ。そうだろ!」


 実に機嫌がよさそうに空中をふわふわり、くるくる回りながら嬉しそうに笑う。

 余程手料理が褒められたことが嬉しいようだ。そんな彼女が――。

 この女、実はちょろいのではないか?一瞬思ったが口にはしなかった。

 そんな彼女を感じながら、カツ丼を頬張りながらアドニスはふと顔を上げる。


「そうだ、コレからは俺の事は名前を呼べ」

「……。ええ、何?どうしたの、急に」


 シーアからすれば本当に急な一言だったろう。

 だがアドニスは続ける。


「これからは正式に俺の武器なんだろ?だったらいつまでも『少年』呼びはどうかと思う」


 ソレはいつも思っていた事。

 シーアは人の名前を覚えない。アドニスですら『少年』を言うあだ名だ。

 しかしコレからは、アレ……。相棒として『ゲーム』に参加するのだから、名前ぐらい呼ぶべき。そう判断しての事だった。切り出すタイミングが今だと思ったから、切り出した。其れだけだ。


 しかしシーアは首を傾げる。


「え、いや。でも私、君の名前知らないけど」


 間も無い程のハッキリとした衝撃な事実だった。

 思わずご飯を吹き出してしまう程の出来事。

 咳込む口を押えながら、アドニスはシーアを睨む。


「え、あ、え、?……な、なんで?」

「いや、なんで……って。きみ、私に名乗ってないじゃん」


 ――……。確かに。


 アドニスは思い返す。

 そう言えば、今まで一度たりとも彼女に自分の名を名乗ったことは無い。

 聞かれなかったし、腹立たしくて名乗る気にもならなくて。

 いや、でも!名ぐらい知っている筈だろう、皆「アドニス」と呼ぶのだし。

 それに、彼女はあの時、あの瞬間、確かに自分の名を呼んだじゃないか!


 だが、アドニスの口からこれらの文句が出る事は最後まで無かった。

 項垂れる様に俯き、唇を噛みしめたまま、何かを悩む。

 ソレはどれだけ経ったか、きっと数秒だ。

 少年はゆっくりと顔を上げ、口を開く。


「――アドニスだ……」


 今漸くと、自分自身の名を始めて彼女の名乗ったのである。

 勿論言いたいことは、ぐっと我慢して。

 例えば「本当は俺の名前を知っているだろ」とか?「もう一度、俺の名を呼んで欲しい」とか?

 その本音を隠して、彼は初めて自身の名を彼女へと告げた。


 きっと、次に来る彼女の言葉を待ち望みながら。


 そんなアドニスの背中を見ながらシーアは少しずつ、険しい表情を浮かべていった。

 なんと言えばいいのか、そんな表情を浮かべて、ふわふわり……。


 それはもう、申し訳なさそうにアドニスの肩に触れる。


「あ、あのね。私はね、人の名前を覚えるのは苦手でさぁ。やっぱり『少年』呼びが一番いいなぁ?」

「……それが無理だったら!」


 ほら来た!

 言葉を遮る様にアドニスは放つ。


 肩に触れる手を掴み上げ、勢いよく振り返って、彼女の赤い瞳を見据える。

 その黒い眼は真剣そのもので、シーアですら目を逸らす事は出来そうになかった。

 アドニスは言う。自分ので――。


「人前でコロコロ性格を変えるのは止めろ。何時ものお前でいろ――!」


 それはまるで願い乞うような、実に純粋な少年の言の葉。

 シーアの表情が大きく変わった。

 赤い瞳は大きく開かれ、美しい顔に驚きに満ちた色を彼女は映し上げる。


 その言葉は意外だったのか、思ってもいなかったのか。ソレは分からない。

 でも――。ああ、でも……それは、紛れもなく。


 色の無い少年が見せた、自分だけの色だ。


 シーアは、心の底から「ニタリ」……。

 実に不似合いで美しい笑みを浮かべた。


 細く長い白い腕がアドニスの首元に伸びた。

 身体に感じる何時もの温もりと柔らかさ。

 顔を真っ赤にさせて彼が怒る前にシーアは言う。

 心から嬉しそうに、瞳の奥に僅かな色を湛えて。


「――承諾だ、ご主人!」


 大きな少年に抱き付くのであった。


 ◇



 誰も居なくなった『組織』の謁見の間。

 血まみれのその場で、1人の青年が不安げにモニター向こうの偉大なる王を見上げた。


「宜しかったのですか……陛下」


 震える声で、彼は問う。

 それは、先程の美しい女を捉えなくて良かったのか、そう問いたいのか。

 将又、不敬を働いた少年を罰しなくても良かったのか、此方を問いたいのか……。


 愛妾の問いに、皇帝は静かに目を伏せた。


「ふん、よい」


 目を伏せたまま、口元に確かな笑みを湛える。


「アレには呪いをくれてやった。どちらに転ぼうとも、余が欲しい物は手に入る」


 貪欲に傲慢に、王は心から迷いもなく言った。

 その様子に愛称は口を閉ざす。

 彼の青ざめた顔は当たりの惨劇を目に映し、ライバルであり同僚であった亡骸とも呼べない肉片の前で口元を覆う。


 皇帝は震える青年の前で小さく息を零す。

 思い浮かべるは、あの二人の事だ。


 自分と言うモノが持てず、王の「命令」に何処までも忠実な色が無い少年と。

 今まで見た中で一番美しく恐ろしい、何処までも自由な――。何かに囚われた女。


 実にアンバランスじゃないか。

 笑ってしまう程にあまりに不似合いで、見惚れてしまう程に良く似た二人だ。

 想い返せば、これほどまでに欲しいと思えたものはないだろう。


 だが、あの美しさはきっと両者あってもの。


 ……アドニスには呪いをかけた。

 皇帝の命令1つでいのちさえ差し出す壊れた少年に、側に居る女を寄越せと。

 ゲームに勝っても、負けても。ゲーバルドの手に渡る様に、実に大人気ない呪いをかけてやった。


 だが――。

 皇帝はお気に入りの犬が吠えた言葉を思い出す。


 『――皇帝陛下!もし、俺が『ゲーム』に勝利すれば、『願い』は俺だけの物でよろしいのですか!』


 あまりに必死で、きっと本人は自身で口にした言葉を覚えていないはず。

 何も言わなかったら、彼は実に落ち込んだ様子でその場を後にした。

 余りに、何時もの彼らしくない姿。


 男はモニター向こうで小さく笑う。

 あの色の無い怪物が、あまりに必死に見せた少年らしい姿を思い出し。

 小さく鼻を鳴らし、誰も聞こえない声で王は言う。


 『――いいだろう、アドニス。『ゲーム』に勝てば『願い』は貴様の物だ。好きにするが良い』


 それは意地悪にも、あの時に掛けてやらなかった答え。

 この先彼がどんな未来を掴もうとも許してやろうと、皇帝は一人笑うのだ。



 『ゲーム』まで後三週間。

 少年はこの先どのような決断を決めるのだろうか――?


 この運命を知っている【神様】だって、それだけは分からない。


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