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66話『約束』前編



 『組織』本部。

 皇帝陛下との謁見部屋。

 前と変わらない豪華絢爛な、その扉の前で何時ものようにアドニスは片膝を付く。


 目の前にはやはり変わらず、美しい王の愛妾たちが佇んでいる。

 ただ今回は2人ではなく4人。


 どれも見たことが有る顔だ。

 小さなモニターを出す機械の隣に、薄い水色の髪を持つ美少女と薄い黄緑の髪を持つ美青年。皇帝陛下と直に謁見した時にいた二人。

 アドニスの後ろ、扉の両端には銀髪と金髪の美青年。皇帝陛下を妄信的に慕うあの二人。


 四人分の視線を浴びながらアドニスは頭を垂れ、その瞬間を待つ。

 機械が音を立て、眩しい程の光を放ったのは数十秒後の事。


 光は形を作りモニターに変わり、人影を写す。

 言わずもがな、ゲーバルド皇帝――その人だ。


 前と変わらず自信に満ち溢れた表情を浮かべ、鋭い眼光を帯びながらアドニスを捉えている。

 直に目に映さなくとも、その威圧的な視線は体全体に突き刺さった。


 王が口を開くのをアドニスは静かに待つ。

 それが十秒ほどか。口元に笑みを湛え、鋭い緑の眼に少年を映したまま王は口を開く。


 『――素晴らしい!実に素晴らしいぞ、アドニス!』


 最初に出たのは豪傑なる賛美。

 高らかに声は響き、緑の眼は大きく開かれ口元には哄笑とも呼べる笑み。


 その様子はアドニスに見えないが、彼が興奮歓喜しているのは良く分かる。

 王の期待に大いに応えられたと言う事実はひしひしと伝わった。


 『この一週間!たった一週間であるぞ?確かに楽しめと命じたが、まさか……、まさか『王』を二人も仕留めるとは!!』


 興奮しきった声と、豪快に手を打つ音。

 合わせるように愛妾たちも笑みを作り、喝采が部屋中に鳴った。

 その中でアドニスだけがいつも通り無表情のまま、全ての感情が無いままに頭を垂れ、ただ無意味な賛美を受け取るのだ。


 ――もう、折り合いがついている。


 彼には何も感情はない。賛美に対しても喜びも微塵にも感じない。

 当たり前の事をしたまで、何時もの働きを行っただけ。

 そこに感情を露わにするのは愚か者だと言い聞かせて。


「感謝いたします。ご期待に添えたのであれば、光栄です」


 鋭い眼は無感情のままに静かに言い放った。


 『――顔を上げよ、アドニス』

 皇帝は満足げに笑い言う。


 命令されれば、従うのみ。

 アドニスは顔を上げ、真っすぐと皇帝を見据えた。

 怒りも無く、悲しみも無い、喜びも無い、ただ……本当に無の尖鋭の眼を。


 彼の顔を見て、やはり皇帝は酷く満足気に笑みを湛え、口を開いた。


 『それで、裏切り者が出たそうだな』


 椅子に深く腰掛け、しかしその緑の眼光は鋭さを抱き。声は何処までも低く威圧を放つ。 

 声の端々には怒りとも呼べる色が混じり、笑みを浮かべていると言うのに堂々とした身体からは殺気が迸る。

 それが本題である事は否が応でも理解した。


 ここにアドニスと言う個は入れてはいけない。

 問いの答えの先、どのような命が送られ様ともアドニスは実行するだけだ。


 それが憧れる皇帝の命だと言うならと当たり前に受け入れて。

 心の奥ではどの様な想いを持ち合わせていようとも、見向きもせずに消しきって。 


 なぜか?だって、命令だから。

 『正義』の命であるのなら、その前では自分など実に無意味無駄。必要も無い存在だから――。



 アドニスは、裏切り者の最後を上げる。


「はい、反逆者の名は――コードネーム『カエル』。科学者の一人です」


 迷いも、嘘偽りも無く。その名を放つのだ。

 ――いやいや、此処まで来ると実に馬鹿らしい。


 アドニスの答えに皇帝は口元を吊り上げた。

 王が何を考えているかはアドニスにも、誰にも分からないだろう。


 『カエル、か。……確かオーガニストの進物しんもつ。実に優秀な人材であると記憶していたが?』

「……」

 『そして、貴様の同期であったはずだ』

「はい」

 『ならば――』


 ただ、一つ表すと言うのなら、その声色も態度も酷く――。


「なんだ、この王は気が付いていた上での行動か。ツマラナイと思うのであれば指摘してやるのも大人の役目であろうに」


 声が響いた。

 凛とした、美しくせせらぎの様に、しかし心底呆れ返った声色。

 アドニスが苦虫を噛み潰す顔をしたのはその時、皇帝の緑眼が大きく広がり驚愕に変わたのは、その一瞬。


 『今、貴様――』


 だが、皇帝が呟くように零した言葉は遮られた。

 壁を叩き割る轟音。吹っ飛んだ豪華な扉。凄まじい風圧が流れ込み、扉の側に居た銀と金の男たちが倒れ込む。機械の隣に居た残りの愛妾たちも同じ。顔を覆い驚愕を露わに、呆然と立ち尽くす。


 もう慣れた事だ。アドニスは身体を捻らせると飛んで来た扉を飛び避け、空中で身体を回転。体制を整え直すと手を付き着地し、ドアの向こうへと呆れた殺気を送った。

 来るとは思っていたが、今まで以上に派手で容赦のない登場だ。


 無駄だと分かりながら、腰から銀色のナイフを抜き握り。

 ――口元に微笑を浮かべたまま、一気に地を蹴りあげる。


「アドニス――!」

「なにを――!」


 誰より先に声を上げたのは、金と銀。

 倒れた身体を起こし、不敬だと言わんばかりの声を、見えやしないアドニスに送る。そんな暇ないだろうにと呆れたのは束の間。


「邪魔」


 2人の身体が真二つに切り裂かれたのは、その声が響いた時。

 金髪は縦から半分、銀髪は腹を横に。崩れてゆく身体は再び床に叩きつけられ、鮮血が噴き出し床と天井を汚す。


 光を失った2人の瞳に僅か一瞬だけ視線を送った。

 哀れな事だ。あの二人は自身に何が起きたかも分からないままに死んでいったことだろう。


 視線を戻す。立ち上がる土煙の向こう、赤い光。

 ナイフを握る手を容赦も無く、その【神様】に振り上げる。

 白く細い手が、その白銀のナイフを当たり前に掴み止めようとも、気にすることなく。


 ――煙霧えんむが消え去り、露わになるのは二つの黒。


 黒檀の髪に、黒いコートをなびかせ、その黒曜石の眼に映るは見上げる赤。

 黒い少年は、彼女を押し倒さんばかりの勢いで黒檀のナイフを叩き込む。


 濡羽色の艶やかな髪。真っ黒な喪服を舞わせ、その血の様に赤い瞳に映るは見下ろす黒い眼。

 例えようがない麗しき女は、跳び掛かる少年を簡単に抑え込み、その美しい肌に傷一つ付ける事無く笑みを一つ。


 余りに凛と美しく、静寂が包む精錬な光景。


 鋭い殺気を前に、シーアの赤い瞳は実に面白いと言わんばかりに細くなり。

 アドニスは悔しそうに眉を顰めながらも、満足げに口元を吊り上げるのだ。



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