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63話『二の王』15



 ビルの屋上に立つ。

 手に持つ端末機械。画面に映る『二の王』の文字が擦れ消えていくのを確認したのち、アドニスは顔を上げた。

 目に映すのは、先ほどまで閉じ込められていたと表しても良い、もう一つの廃墟。

 見事なまでに屋上部分から崩れ切った建物を見つめながら、アドニスは視線を横へと飛ばす。


 小さなプロペラを必死に回しながら宙を飛ぶ機械。

 その光景は少々シュールなのだが、話し相手がその先に居るのだから仕方が無い。


 長い沈黙が2人の間に流れ、最初に口を開いたのは機械向こう。


 『何処で間違えたんだろ』

「最初からだ、馬鹿」


 呆れたように彼に返す。

 くつくつと、押し殺す様な笑い声がしたのは直ぐの事。

 アドニスは口を開いた。


「最初の墓穴は、やはりドウジマへの報告の時だな」


 改めて彼の失態を指摘する。

 機械向こうで、……カエルは、今度は声に出して笑った。

 きっと今頭の後ろで手を組んで椅子に深く腰掛けているに違いない。

 目を閉じればそんな光景が浮かぶ笑い声。


 『やっちゃったなぁ。あの時は頭が真っ白になってたし、君の麗しい【神様】がいたからさ』


 頭を掻く音と共に彼が呟く。


 『ヒュプノスを連れて来たのは君の考え?』

「ああ、アイツの能力は『組織』内では知られているからな」

 『それ、それだよ。心を読むなんてチート。覚悟するしかないじゃん!』


 まるでゲームにでも負けたような感覚で、端末向こうで叫ぶ。

 年相応に叫ぶ幼馴染の声を聞きながらアドニスは心から呆れた。

 つまりカエルもシーアの姿を見て同じように諦めたと。

 心を読む彼女によって、裏切り者とバレる。


 そこで、カエルは「じゃあ、最後まで堂々としていよう」と判断したのだろうが。

 残念だ。焦った思考は上手く元に戻らなかったらしい。アドニスは言う。


「だから、心は読んでないと言っただろう?」

 『そんな知らない情報を今言われても後の祭りだろ?馬鹿はお前だ』


 今度はカエルが呆れたような声。

 それもそうだ。アドニスは静かに口を噤んだ。

 少し考えなおして、再び口を開く。


「因みに、確信したのはその後だ」

 『へぇ、いつ?』

「おまえ、自分が作った発明品に煩いだろ?」


 ここでも呆れたように機械向こうの幼馴染を睨む。

 彼が自分の事を知っている様に、アドニスのカエルの事はよく知っている。

 カエルは昔から頭が良くて、発明好き。

 自作の発明に絶対的な自信を持っていて、自信作を貶されると怒る。


 自分が必死に作った物は、他人は絶対に作れないと断言していると言えばよいか。

 人一倍苦労を知っているので、簡単に作ったと茶化せば怒ると言えばよいか。


 だから有り得ないのだ。アドニスが発信器を指差せて「簡単に造れるものなのか?」なんて問いただした時。

 あそこ迄、に肯定するなんて。


「普段のお前なら、怒るはずだ。簡単なんて言うなよ、どれだけ苦労したか知らないでしょう……てな」

 『……』

「それから、オーガニスト他人より自分が優れていると言い返すだろ?」

 『……』

「お前が、誰かを褒める時は。親しい……家族ぐらいしかいないんだよ」


 そしてカエルは何時も家族には、口が悪くても甘い。

 笑ってしまう、自分を捨てた存在にも彼は親愛の情を強く抱いていた事になるのだから。


 この答えにカエルは吹き出す様に笑った。


 『なんだ、僕より僕の事分かっているじゃん!』

「お互い様だ」


 そんな些細な会話をしながら、アドニスは不機嫌そうに眉を寄せる。

 黒い眼は呆れたように細くなり「そもそも」と続ける。


「お前。自分が関与している事、隠す気なかっただろう。呆れたぞ。狙撃銃と言い空飛ぶ機械と言い」


 それは先程口にしようとして『二の王オーガニスト』に邪魔され言えなかった言葉だ。

 この戦いの中で、嫌でも目に入れる事となった武器。


 カエルが造った発明品。『組織』で造られた唯一特殊のモノが、あそこまで露骨に流失させるとは。

 あんなモノ、名乗っている様なモノでないか。

 アドニスは狙撃銃を見た時に、心から呆れたぐらいだ。


 違うか……。

 眉を思い切り寄せて、アドニスは眼を伏せる。

 狙撃銃アレは自分が犯人だと、カエルは名乗りを上げたのだ。堂々と。

 この先に待ち受けるだろう、裏切り者自分の未来を確定させたと言っても良い。


 それを、家族を裏切った自分の罰として、隠れる事無く身を差し出した。

 その事実が嫌でも理解できるからこそ、アドニスは苦しげな表情を一度だけ見せる。


「なぜだ?」


 だからこそ、改めて問おう。


「何故裏切った?――何故裏切っておいて、手を貸す様な真似をした?俺にも『二の王』にも何方にも手を貸した。その理由を聞きたい」


 今回の一連。カエルが何故こんな茶番を仕出かしたか。

 それを知るぐらいの義務はあるはずだ。


 この問いに、僅かな間も無くカエルは口を開いた。


 『簡単さ。お前は僕の事を良く知っているだろ?――家族を助けたかったんだよ』


 機械の向こうから出たのは、実にカエルらしく。

 そして、先程の男と全く同じ答え。それ以上もそれ以下も無い。


 ここまで家族思いだと、今もコレからもずっと苦労するだろう……なんて。

 アドニスは口を閉ざす。何も言わず、溜息を付いて目を細める。


 続けるように笑いながらカエルは言う。


 『馬鹿と思ったかい?』

「……理解は出来ないな」

 『仕方が無いでしょ。僕は家族思いなんだ』

「自分で言うか」

 『ああ、コレが僕の長所なんでね』


 実に、晴れ晴れと、迷いもなく後悔も無く。

 これにはアドニスも乾いた笑みを浮かべるしかない。


 怒りをぶつけようとしていた自分が実に馬鹿らしくさえ思う。

 ――嗚呼、これが自分の良く知る幼馴染であったな、なんて……。


 黒い眼光が機械向こうの幼馴染を映し、眉を顰めたまま鼻で笑う。


「家族思いなのは良いが、若干俺に厳しかったな。フェアじゃない」

 『【神様】というチート持ちで、そもそも人間やめている君と一般人を互角に並べなくちゃいけないんだぞ?これぐらいで丁度だろう』

「にしても、やり過ぎだろう?」

 『仕方が無いでしょ。むしろ配慮が足りないと君が銃弾を足場にした時後悔したよ!【神様】が飛行機体を片端から叩き壊して言った時もね!』


 前者に関してはアドニスも同じ気持ちだ。自分でも良く飛べたものだと感心する。

 だが地を蹴り上げた時、成功を確信した事は言わないでおこう。

 どちらもシーア【神様】の指示であることも含めて。


 少しして、思い出したようにカエルが言う。


 『爺さん、驚いてたよ?僕も驚いた』

「……なにがだ?」

 『お前が最初の一発を避けられなかった事』


 それは、あの時の頬を掠った一発の事だろう。

 アドニス自身も不手際と感じた事だ。あの時はシーアに助けてもらったのだから。


「そうだな。あの男が動揺したのは気が付いた」

 『だろうね。君と言う化け物の事は詳しく話したから。――あんな一発で怪我するなんて、本当に今でも信じられないよ』

「呆れたんだよ。呆れて判断が鈍くなった。……お前が余りに馬鹿正直過ぎてね」


 あの時見つけたあからさまな狙撃銃を思い出しながら。

 幼馴染との、最後の会話を楽しむ。


 『それから、今回の君。凄い慎重に動いてたよね?』

「俺の情報が敵に筒抜けなんだぞ。慎重に動いて当たり前だろう」

 『ま、そりゃそうだ』


 でも、それでも。カエルは前置きしてから、口を開いた。



 『――僕は君が勝つと、分かっていたよ』



 胸を張って、嘘偽りも無く。

 まるで兄弟の栄光を誇る様に、

 褒めるかのように。

 彼はハッキリと言い切った。


 アドニスは口を噤む。


 この先、彼がどうなるかも分からない。

 頭脳は一目置かれていたし、皇帝は『ゲーム』参加者に寛容であるから。もしかしたら許されるかもしれない。

 それでも、許されたとしても。暫くは合うことは出来ないだろう。

 最低、数年の投獄は確実。長くて数十年。最悪で永遠……。


 機械の向こうで、微かに銃を構える音が聞こえる。

 沢山の足音が部屋の中に入ってくる音が響く。


 涙なんて当たり前だが出ないし、悲しいだとか哀れむ気持ちは微塵も湧かない。

 彼を見逃さず、報告したのはアドニス自身だ。無駄な感情は全て消してしまわなければ。

 それでも、僅かに思ってしまうのだ。


 口うるさい、幼馴染に会えなくなるのは寂しさがあるモノだな……と。


 『安心してよ。アドニス』


 まるで察したような声がする。

 椅子から立ち上がる音。手でも上げたのだろうか、服が擦れる音。


 『爺さんが言っていたでしょ?家族を守りたかったって……』

「……ああ、言っていたな。何処までもお前に似た男だった」

 『その願いを僕は最後まで叶えなくちゃね。妹や弟の為にも兄貴が死ぬわけには行かないだろ?』


 カエルは小さく笑う。

 小さく笑って、最後は満面の笑みを浮かべて言うのだろう。


 『僕がいなくなるのは少しの間さ。だから――』


 一度間をおいて。

 カエルは最後の言葉をアドニスに送った。


 『また、来なよ。新しいナイフの用意して置くから』


 アドニスは小さく笑みを浮かべる。 

 それが最後だ。


 ――ぷつん……。

 小さな音が響いて、通信は完全に途切れた。


 隣で飛んでいた飛行体のプロペラが止まったのも同じ頃。

 音を立てて地に落ちた機械を一度見つめ、アドニスは空を見上げる。


 見空は青い。太陽の位置から見て今は午前8時頃か。

 長く時間を感じていたが、まだ数時間しか経っていないらしい。


 吹く風が実に心地よく。

 その中でアドニスは小さく息を付いた。


 少しだけ……。

 ほんの少しだけ、自分らしくない事をアドニスは思おう。


 親友であり兄弟であった彼との別れを告げて。

 黒い眼はもう一度、青い空を映す。



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