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61話『二の王』13


 ――なんだ、先程の化け物は?


 廃墟のビルの中。中老の男……『二の王』オーガニストは苦虫を噛み潰す。

 『世界』の皇帝から差し向けられた『ゲーム』のイレギュラー。

 その少年に付き従う見目麗しい、余りに美し過ぎる女。あれはなんだ?


 スコープ越しで見ていたが、あの女。

 銃弾を鷲掴みして、そればかりか指で弾き返そうとしていなかったか?

 年老いた目では弾き返された弾丸がどうなったかは見ることも出来ず。

 ただ分かる事は完璧に狙った筈のヘッドショットは彼女の掠りもしなかったと言う事。


 いいや。掠るばかりか、彼女の肌には20発近い弾を打ち込んだと言うのに、傷一つ付いていない。

 鋼か?『世界』が作り上げた新兵器?――いや、そんな報告は受けていない。


 そればかりか、あの女。追跡小型飛行機をすべて壊しやがった。

 おかげで標的の居場所は読みづらくなり、標的には此方の居場所を掴まれてしまった。

 あの機械が有れば、こんな長期戦にならずとも済んだはずなのに。


 弾を弾く化け物と、たった十数分で狙撃の腕をめきめき上げていく怪物。

 こんな生物がいて良い物なのか。心の底から、オーガニストは愉快そうに笑みを湛える。


 そんな化け物達がいる三キロ先のビルに視線を向けながら、口元の機械のボタンを作動させた。

 暫くして、何処かと繋がる。報告し、問いただすのは勿論女の事だ。


 だが、求める答えは送られない。

 通信装置の向こうで彼は

「知らない。一週間前に標的が連れていた化け物だ」――と、それだけを言う。


 それは最初から聞いていた事だが、あれほどとは。

 あんなもの人間じゃない。人間なんて超越した別次元のナニカだ。違いない。


「だったら、坊主の方はなんだ?あの成長速度は、アレもまた人知をこえているぞ?」


 次に標的の方を問う。

 少しの間、マイクの向こうから微かな笑い声が響く。


 ――それが夢だったんだろ?化け物退治が。ヒーローに成りたいんでしょ?


 微かに笑った後、帰って来たのはその言葉。

 オーガニストは小さく息をついて再び口元に笑みを浮かべた。


「……それもそうだ……」


 マイク向こうの人物に答える様に、独り言の様にポツリと。

 また少しの間が空く。

 三キロ先の光景を瞬きもする事なく見つめ続け、オーガニストは口を開いた。


「――ギルバート。私は――」


 静かな。銃と言う銃が転がる個室の中で、中老の男の声が響く。

 マイク先の人物は何も言わない。最後まで彼の言葉を聞く。

 口を開くのは、その遺言とも呼べる言伝を聞き終わってから。


 長い、永遠とも呼べる間。

 オーガニストの言葉を受け取った彼が、漸くと口を開いた――。


 ――馬鹿にしないでよ。


 幾つかの言葉の後。送られたのは冷たい発言。


 ――アドニスは其処まで甘くも、弱くも無いよ……。


 コレに、オーガニストは口を噤む。

「すまない」……そう、口にしようとした時だった。


 スコープの先で、黒い影が大きな動きを見せる。


 向こうのビル、今まで隠れ潜んでいた黒い少年が姿を現したのだ。

 鋭い黒い眼が真っすぐと此方を睨み、銃を握りしめている。

 しわくちゃの指がマイクの電源を切り、ライフルを掴み上げた。


 あの少年の成長速度は速い。

 銃は彼自身が作った物だ。其れゆえにオーガニストは銃の扱いに関して、特に狙撃に関しては誰よりも自信が有ったが、あの少年はすでにソレを上回ろうとしている。


 その前に撃ち殺さなくては、負けるのは此方。しかしそれは老体には随分と厳しい物。

 コレが、自身の最初で最後の戦である事は十二分程に理解している中で。

 標準を『アドニス』……そう呼ばれる少年の頭に定めた。


 銃声が3つ、轟く……。


「――?」


 スコープの先で、銃を持つ少年の口元がルビー色の笑みを讃える。

 爛々と輝く赤い、赤い瞳。

 黒い影が揺れて、ショートヘアーの髪は幻の如く腰までの長髪へと変貌していく。


「――っ!?」


 罠だと気が付いても、もう遅かった。

 スコープの先、佇んでいたのは一人の女だ。

 ドレスにボロボロの黒いコートを纏って。

 少年が女へと変わった瞬間に、彼女が手に持つ銃が砂の様に崩れ落ちてゆく。


 どうして気が付かなかった。

 なんだ、アレは。化け物め。

 あの子供は何処へ行った?


 沢山の疑問が浮かぶ中、その影は揺らめいた。

 銃口を向ける。それはビルの屋上。


 一人の少年が佇む。

 左肩と右足に包帯代わりの黒い布で縛り上げ、

 黒い眼に凄まじい殺気を纏わせ、手にナイフを握りしめて。


 その少年は、一寸の迷いもなく。

 恐れも怯えも無く、地面を蹴りあげる。


 ◇


 ――「いいよ、私が囮になってあげる」


 発砲音が三つ。彼女は上手く囮になったらしい。

 彼女の言葉を思い出しながら、アドニスは屋上の床を思いっきり蹴り上げた。

 力を籠め過ぎたようだ、蹴り上げた瞬間にコンクリートの床には一気に罅が入り、崩れ落ちなくなる。


 そんな光景を気にしている暇はない。

 身体全体に感じる浮遊感。身を切るんじゃないかと思える凄まじい風。

 足元には勿論何もない。止まったかのような時間の中。


 ただ、風が吹き荒ぶ空間で。

 アドニスは宙を、そう……駆け奔るのだ。


 駆ける。駆ける。駆ける。

 奔って、奔って、奔って、ただ真っすぐに。


 つい先日のことを思い出す。

 同じように我武者羅に奔り駆け抜けた。

 あの時の相手はシーアで、もっと全力であったが。


 ただ今度は空の上。宙を切り、風を纏い。三キロ先の標的に向かって滑空する。

 シーアは「出来る」と断言していたが遂先ほどまで本人は絶対無理だと感じていた。

 だって三キロだぞ?その距離を『止まり木』なく、標的まで跳べ。そんな無理難題を叩きつけられたのだ。


 ――「止まり木足元なら私が造ってやる」


 なんて、馬鹿な事を言い笑って。

 あの屋上で三発の銃音を聞いて、漸く彼女の真意が理解したところだ。

 だからこそ、決意なんてモノはその場で決めるしか無かった。


 無理なんて言い訳は捨てきり、跳び駆ける。

 僅かに落ちた先で、足を伸ばす。伸ばした先には銀の銃弾。

 足裏に小さな異物を感じ取った刹那、それを一気に力を込め、蹴り上げた。


 戻った疾走。

 身体に疾風はやてを、言い表せない浮遊を確かに浸透させながら標的を狙い定めた。


 黒眼の先で、愕然としていた翡翠の瞳に尖鋭の感情が戻り。

 手に持つ空銃からじゅうを投げ捨て、すかさず足元のライフルを蹴り上げ構え、標準が無防備な少年を捉える。


 引き金を引く。

 煩い風きりの中で、確かにその砲声が鳴動めいどう

 鉛玉がアドニスに飛び向かう。


 避ける事はしない。そんな事をすれば、このしつは失われ地に落ちる。

 だから、その弾が目前に来たその瞬間に、少年は握りしめるナイフを手前へと持ち上げた。

 僅かに倒し、刃を傾ける。


 ――火花が散った。

 滑る様に弾が刃を走り、顔の横を過ぎ抜ける。

 先程と違い、もう掠る事も無い


 続けざまにもう一発、二発。

 発砲される弾は、黒い鋭眼とめには全てが遅く観え、簡単に捉える。


 黒い刃で弾丸を弾くその姿は、老人にはどう見えただろうか?

 少なくとも、翠の目は見て分るほどに困惑の色合いを浮かべ上げていた。


 あと、10m――。

 眼光の先で男が口元で何かを呟く。


 途端、少年の前にあれほど手こずった飛行機械が露わとなる。

 まだあったのか。――その言葉が僅かに頭を掠め、彼は手にするナイフを振りかぶった。


 見る限り一機のみ。コレで本当に最後なのだろう。

 本当に厄介な物だった。ただ、それだけ。

 僅かの迷いもなく、最後の機体にナイフを投げ付け当てる。

 機械体は真面に動くことも無く、地へと落ちてゆく。


 銃声が三度轟く。眼には銃口を向ける男の姿が映った。

 ――構わない。

 チャンスとでも思ったか?馬鹿なガキとでも思ったか?

 もう、守る物は無いと?


 ――残念だったな。


 ナイフはもうないが、避ける気も毛頭ない。

 飛んで来た銃弾は真っすぐに飛び、少年の頭を再び狙う。


 そんな弾もあまりに遅く。

 コレで十分だと口元に笑みを湛え、ポケットから飛礫を取り出す。

 そう、シーアに押し付けられた唯の瓦礫の屑だ。


 強度はない。弾き返すことは出来ないだろう。

 だから、ただ、振りかぶって投げ当てるだけ。

 飛礫は銃弾に命中する。


 それだけで弾は速度を落とし、標準は外れ、彼の身体に僅かな傷を作りながらも

 しかし、頭には絶対に命中せず過ぎ去ってゆくのだ。



 ――後、5m。

 銃口を向けていた男は愕然とした様子で見つめていたが、スコープから目を外し、静かに銃を下ろし投げ捨てる。


 負けを、男は悟った。


 眼には此方に手を伸ばす少年の姿が映る。

 獣の様な眼光が男を射貫き、勝利に向けて手刀を伸ばす。


 男は笑う。

 その表情には心からの賛美を讃え、目の前の子供へと送ろう。



 恐ろしい子だ。

 その実力は素晴らしい。

 どれだけの兵器を造ろうとも、この少年に敵うモノは現れない……。



「――無駄な『ゲーム』であったな……。皇帝が乗り気になるはずだ」



 それが少年の耳に入った、男の最初の言葉となる。 


 この瞬間は、老人からすれば一瞬の事。

 少年からすればその一撃は、余りに長かった。


 でも……。

 その手に届くと言うのならもう容赦はしない。



 アドニスの手はオーガニストの首を掴み上げ――

 勢いのまま、少年は男の身体を一気に床へと叩きつけるのだ。


 ◇


 ――轟音。


 音と共に、床に転がる沢山の銃が辺りに飛び散り。

 衝撃で天井は崩れ、パラパラと落ちる破片。  

 巻き起こった土煙が少しずつ治まって行く中で、二つの陰は露わとなる。


 黒い眼が翠の目を見下ろす。

 翠の目は到底人と思えない獣の黒い眼を映す。


 大きく罅の入った床に抑え込まれるのはオーガニスト。

 その男の首を掴み上げ捉えた狩人はアドニス。


 この戦いの勝敗は、今完全に決した。



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