シーアの黒く滑らかな影が宙を舞う。
地を蹴り上げたと同時。しなやかに身体を逸らし上げ、赤い瞳が銃弾を吐き出す丸い飛行体を映す。
宙で艶やかな身体が線を描く様に回転させ、機体のカメラが彼女を映す前に、その長い脚はクルリと空を奔り機体に命中した。
表面が抉られた様な形で凹んだ飛行体が地に落ちれば、後ろにいた別機体が銃弾を飛ばす。
直ぐに身体を右へステップさせ避けると、シーアは再び地をひと蹴り。
瞬く間に飛行体の前へと移動し、細い腕を振り下ろす。
ぐしゃ……そんな音がして、機体の頭は大きな凹み。ばちばち音と、壊れた声を漏らしながら機械は地へと落ちていく。
それでも彼女の動きはまだ止まることは無い。
後ろに弾き飛ぶように再び地を蹴れば、その一瞬で後ろにいた飛行体の背後を取る。
今度は機体を鷲掴みにすると、割れた窓の外へ。
外から銃口を此方に向ける別個体に向けて、躊躇もなく投げ飛ばした。
2つの機体はぶつかり合って、小さな爆発を起こし破片となる。
もう赤い瞳はその機械は見ていない。
次は現在立つ場所の側の部屋の中。何処からともなく掌に瓦礫屑を現して、指で弾く。また、コレだけ。
それだけで部屋の中の飛行体のレンズを壊し、地に落ちる。
「――これで、この階は終了」
無い汗を拭いながら、シーアは身体を階段へと向けた。
あの飛行体を壊す。――引き受けた仕事は後一階分。屋上を残すだけだ。
先程、『
確認できた個体は全て破壊した。後は屋上の5体と、ビルの外壁を回る様に旋回し続ける10機だけ。
その機体も屋上で全て壊す事が出来る、その確信はもう出来ていた。
「――少年は……」
意識を巡らす。
「ふむ、5階か。苦戦しているみたいだなぁ」
瞳には5階の一室で苦戦を強いられているアドニスの姿が映った。
3階にいた頃よりも、僅かに眉がしかめられ、顔が険しいのが分かる。
「アレはアレで男の子らしい……というのか?まあ、自分の意思みたいだけど?」
屋上までたどり着き、寂れた戸を開けた。
その刹那に彼女の身体は跳ぶ。
目に映った機械は3機。
目の前まで迫ると、跳び上がりように足を振り上げた。
――1機。
振り上げた足を戻すと同じに地を蹴りあげて身体を捻らし回って蹴り飛ばす。
――2機。
直ぐに体制を整えると、跳び上がって宙を舞う。身体を一回転させ、残りの一機の後ろへ。そのまま足を振り下ろす。
――3機。
後ろから銃弾が頭を狙って飛んで来る。
僅かに頭を動かし避けると、跳んで来た銃弾は片手で受け止め、身体を回転させ飛ばし返す。――4機。
いや並んで後ろにもう1機。これで5機。
『排除します』『排除します』
音を立てながら、残りの飛行体がシーアの周りに集まって来た。
数は10機。――これで全部、全機で掛かって来るらしい。
「面倒だ」
赤い瞳が爛々と、静かに佇む。
両の掌に黒々とした焔が10個、浮かび上がった。
その佇む姿は何よりも美しく妖艶と、誰もが彼女に見惚れよう。
彼女の美しさは薔薇の棘であるが……。
黒花が僅かに微笑むだけで合図となり、手に浮かぶ焔は一気に弾き飛ばされた。
10つの焔はまるで意志があるかのように動き、獲物を飲み込む蛇が如く飛行体を襲っていく。
弾を発射するだけの機械なんぞ、足元に及ばないなんてレベルも無く。
辺りに居た飛行機械はそれだけで全てが無となる。
これであの少年の妨げる者は、ただ一人。それは彼がすべき事。
――シーアの仕事は終わりだ。
彼女は赤い眼を使って辺りを見渡す。
「さて、アレから5分も経っていないが?」
彼女が確認するのは勿論アドニスだ。
見つけた。
赤い瞳が糸のように細くなる。
「――あの子は……」
あれから三階分上へと上がったようだ。
しかし、どう見ても苦戦しているのが目に見えて分かる。
彼の様子を知り、シーアは黒い髪をかき上げ溜息を付く。
「男が馬鹿ってのは本当らしい」
呆れ果てたように小さく呟いて。
その足元には再び常闇が露わとなり、彼女の身体は沈む。
最後は水面に溶けるようにとその身体は姿を消すのであった。
◇
「――っ」
銃撃戦が始まってから10分余りか。
アドニスは狙撃銃を手に眉を顰めていた。
状況はアレから何も変わっていない。
いや、その視線を銃弾が入るポケットに向ける。
残りの銃弾は後10発。節約して使用してきたつもりだが、圧倒的に足りない。
なにせ向こうはこの数倍、数十倍を用意している。それは実感済み。
ソレに、何より装填が――。
……アドニスの側を銃弾が掠め通る。
弾は壁へと当たり、穴をあけ。その光景にアドニスは唇を噛んだ。
まただ――。つい数十秒前に狙撃して来たばかりだと言うのに、また撃って来た。
――装填迄の時間が、あまりに早すぎる。
ならば、
あの男、装填済みの狙撃銃を何百と既に用意している。
そう考えれば、この装填速さは納得だ。
全くなんて用意周到な男だろう。
変わって、少ない良い点を上げるとすれば。
まずは、あの面倒な機械がいなくなった。これはシーアの仕事だ。
残骸が彼方此方に散らばり。幾つか撃ち漏らしは合ったものの、アドニスが対処できる程度。
飛行体が此方に気が付く前に対処できたし。階を上がるほどに撃ち漏らしの数は減り、三階分も上がれば一台も見なくなった。そこは流石と言うべきか。
結果。機械が無くなってから敵側からの狙撃の数も見るからに減り、最初の的確さも分かるほどに抑えられた。
やはり機械には追跡装置が内蔵されていたと考えるべきだろう。
それを使って、此方の位置を把握。攻撃を繰り返していたようだ。
追跡装置が無くなり。
更には走り回って翻弄した甲斐もあり、アドニスからも敵の位置が把握できるようになった。
――この2つ、3つが良い点。
それでもアドニスが不利であることは変わらない。
なにせ射撃の腕に関しては、明らかに敵側……オーガニストの方が上である。
銃を扱いなれているのも彼方の方が幾分か上、有利な位置を取り維持しているのも相手側。
正直、銃撃戦で勝てると言う見込みは浮かびもしない。
手ごわい敵と言い表すしかないだろう。
だが、そんな弱気を口ずさむ暇も無く。アドニスは銃を構え、窓を覗き込んだ。
オーガニストがどの階にいるかは把握している。
今現在アドニスが居るのは8階。対して男は3階上から必ず此方を狙う。
だから、今彼が居るのは11階。場所なんて直ぐに見つかるはず。
「――な」
しかし、その予想は見事に外れる事になった。
一早く11階を見渡したが、誰も居らず。代わりに弾き出るように向けられた殺気は更にその上、12階から。
慌てて標準を上へと向けたが、もう遅い。
スコープの先。映ったのは銃を構えるオーガニストと、此方に跳ぶ銀色の弾丸だったのだから。
アドニスは何とか頭を逸らす。
その瞬間。銃に取り付けられていたスコープは弾き割れ、壁にまた穴が一つ出来上がった。
これでもう、遠くの存在を捉える事は出来ない。
更にアドニスは不利の状態に陥ったという訳だ。
さあ、此処からどうするか。
「何を悩んでいる。簡単だ。――そんなもの捨ててしまえ」
唇を噛みしめ悩む。そんな時に、後ろから心底呆れ返る声が響いた。
壁に背を付け、振り返れば当たり前だがシーアが映る。
腰に手を当て、酷く冷たい赤い視線。
彼女が自身の仕事を終わらせたと言う事は直ぐにでも理解した。
そこは別に気にすることも無い。今問題は別にある。
「――おい、馬鹿!」
アドニスは直ぐに声を掛けた。
問題は彼女が今立つ場所。
部屋のど真ん中で、窓の中心。ソレだと相手側に丸見えだ。
敵と見なされ、狙撃されても可笑しくない場所に彼女は立っている。
いや、……「ばん」っと破裂音が轟いた。
オーガニストは誰が相手だろうと、容赦する気はないらしい。
発砲された銃弾は真っすぐにシーアの頭を狙い向かう。
相手が相手なら避けるなんて芸当は絶対に出来ない。
発砲音だって三キロ先だ、聞こえない筈も無いのだから。
――残念。
ソレが化け物であるのなら話は別である。
何時もと同じだ。
シーアは飛んで来た弾を難なく掴み取り、つまらなさそうに床へと落とした。
何事も無かったかのように彼女はアドニスの元へと歩み寄る。
珍しく険しい顔。何を怒っているのかと思い見ていると、側に立ったかと思いきや、手に持つ狙撃銃を奪い取り。
「――えい!」
そんな実に
折れた銃を乱暴に投げ捨てると、長い指をアドニスに向け、一言。
「君に銃は不似合い!遠距離じゃなくて近距離で戦え!」
今日一番の、理解も出来やしない理不尽さ極まった言葉を放つ。