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55話『二の王』7



 ボロボロの廃墟ビルの中。

 身を隠しながら、この中を進むアドニスと変わって。

 壊れ切った窓の側によったシーアは外を見渡した。


「しかし、此処はアレだな。あの皇子様を殺した所に似ているなぁ」


 先ほどの不機嫌さは嘘の様。楽し気な声色が廃墟に響く。

 どうやらと言うべきなのか、シーアも同じ印象をこのゴーストタウンに抱いたらしい。


 彼女の前にいたアドニスはしゃがみ込みながら警戒し、シーアの様子に一度振り返る。

「止まるな」そんな合図を出し、駆け足で更に先を進む。少し進んで、窓際で再び身体を低くさせた。


「……此処は『貴族エリア』のモデルになった街だ」


 一息を付く様に。小声で彼女の抱いた疑問に答える。

 彼の答えに、ふわりと側にシーアが寄った。同じようにしゃがみ込み、その小さな頭を傾げる。


「なんだい『貴族エリア』?」

「――なんだ、知らないのか」

「しらん」


 シーアは首を横に振り、思わずアドニスは彼女の顔を見た。

 彼女の顔をまじまじと見るが、その様子から本当に知らなさそうだ。


 しかし「エリア」に関しては常識なのだが。

 どんなにド田舎でもこれぐらいは知っていなければ可笑しいレベルだ。

 改めて思うのだが、本当に彼女は何処出身なのだろうか。


 やはり人工的に造られた兵器?有り得ない。

 別宇宙から来た【神様】?いや、やはり到底信じられない。


 ただ、ここで説明をすれば長くなる。

 簡単に説明しても『城下町』についての話となり。

 『城下町』の中心を皇帝が住まう『皇族エリア』。『皇族エリア』を取り囲むように金持ち貴族が住む『貴族エリア』が有って、同じように次に『平民エリア』。最後に『貧民エリア』が続いている――という事になるのだが。


「――まあ、『城下町』と言う国が有って、国の中にそんな地区があるとでも覚えておけ」


 今はそんな面倒な説明をしている暇も無い。

 シーアは投げやりなアドニスの答えに僅かに唇を尖らせたが、直ぐに表情を戻す。

 太ももに肘を乗せると、更に頬杖。そのまま「ニタリ」と笑った。


「で、此処はその『エリア』とやらの何所でも無いのかい?」

「ああ、ここは『城下』の外……簡単に言えば、国の外だ」


 シーアは「ふーん」と小さな声を漏らし、再度確認する様に立ち上がる。

 声を掛けようとしたがもう遅い。

 黒い身体はそのまま窓の外に視線を飛ばし、面白そうに目を細めた。


「へぇ、人の有無で此処まで町は変わるのだな。君が住むスラム街に比べれば、綺麗な所だ」

「――……」


 この女の感性が分からない。

 身体を僅かに浮かし、釣られる様に外を覗き込むが、廃墟と覆い茂った草木が並ぶ酷く場所だ。

「寂しい」と言う言葉は理解できるが「綺麗」までは至らない。


 シーアの言葉に悩むように僅かに視線を上げた時。ふわりと目の前に彼女の顔が露わとなる。

 気づけばシーアはまたしゃがみ込み、下から覗き込む形で「ニタリ」。此方を見つめていた。


「で、なんで此処に来たの?」

「……」


 アドニスは少しだけ悩む。

 さっき正規の参加者ではないと言った手前。

 馬鹿らしくも本当に彼女を巻き込んでしまっても良いか……。

 なんて思考が巡る。いや「首を突っ込む」の間違いか。


 何方にせよ、馬鹿らしい今更の問題なのは違いない。

 小さく溜息を付いてからポケットから端末機械を取り出した。

 画面に映ったのは、一つのファイル。

 勿論だが『ゲーム』参加者『二の王オーガニスト』についてのファイルである。


 そこに映っているのは酷く寂しいとしか言い表せない情報一つ。

 いや、本当に情報と呼べる物は1つしかないのだ。顔写真も無ければ『一の王』の様な所在地も載っていない。

 小さなファイルと『二の王』の文字がポツンと浮かんでいるだけ。


「コレが今回のターゲットだ」

 シーアは画面をまじまじと見て、怪訝そうにアドニスを見る。


「なんだいコレ?情報が無いってレベルじゃないぞ?名前すらないじゃないか」


 シーアの言葉に、アドニスは溜息を付いた。


「最初からだ」

「最初からって、君さっきこの『二の王』の名前を口にしていなかった?」


 もっともな問いである。

 事実、アドニスは今朝『二の王』を「オーガニスト」と呼んだ。

 しかしソレは、元より存在していた情報じゃない。


「それは、今朝初めて知った情報だ」

「……それって、挑戦状の事かい?」


 この問いに頷き肯定。

 ポケットから白い封筒を取り出す。


「今朝届いた手紙だ。これで初めて俺は『二の王』の名を知った。正体を知ったモノこの時だ」

「正体?えー。『武器商人』ってやつ?」


 この問いにもアドニスは頷いて肯定する。

「オーガニスト」――彼の名は『組織』……。『世界』でも有名。

 だからこそ、名を知ると言う事は同時に正体も知ると言う事。

 正直、手紙に書かれていた名前を見た時はアドニスでさえ度肝を抜かれた気分になった程。


「この男は元から名前以外情報が無い。何処に潜伏し、何処で武器を売り払っているか……。家族構成に至るまで全て不明。」

「でも『組織』とやらの協力者なのだろ?」


 思いがけない問いがシーアから発せられた。

 オーガニストは『組織』の人間ではない。一般市民である。

 アドニスの様子を見て自分の言葉が違う事に気が付いたらしい、シーアは不思議そうに眉を顰めた。


「違うのかい?」

「ちがう。オーガニストは確かに『組織』にも武器を回しているが、国民たちにも武器の類を回している。どっちつかずの商人……。いや、下手をすれば反逆者としても扱われる人物だ」

「うむ……?」


 アドニスは僅かに眉を寄せる。

 何故彼女がそんな間違いを起こしたのか、気になったのだ。


「なぜ、そう思った?」

「ん?なぜって……」


 シーアは視線を上へと上げる。

 少し悩んだ様子で暫く、アドニスを指す。


「君達の会話からそう思っただけだよ」

「……そう、か」


「君達の会話」それは紛れもなく『組織』でも一幕だろう。正確に言えばカエルの発言。

 確かにオーガニストが『組織』に武器や物資を回していると話していた。

 コレだけ聞けば、オーガニストは『組織』の人間。もしくは協力者に取れるかもしれない。


 だが、正確には違う。

 あの会話の中では、その的を射る答えは出ていなかったので、彼女が勘違いするのも無理はない。しかし……。


「……お前、本当に心を読むのを止めたんだな」

「はあ?なぜそうなる?」

「その間違いは、心を読んでいれば起こらないモノだった」


 何時ものように無遠慮に心を読んでいたなら、起こり得なかった間違いだ。

 どうやら彼女は昨晩の命をしっかりと遂行しているよう。この言葉に、シーアは「ニタリ」何時ものように笑む。


「命令だからね」

 今まで破りに破っていたくせに良く言う。

 アドニスの視線に彼女はくつくつ笑ってから、次に不思議そうに口を開いた。


「でも、良かったの?私の能力を使えば、『裏切り者』なんて直ぐに分かったんじゃないの?その為に私に姿を現していろ……って言ったんだと思っていたのに」


 アドニスは眼を逸らす。


 ――手紙が送られてきた時、一番にアドニスの頭に過った最悪の事態。

「『組織』内に裏切り者がいる」と言う可能性。


 もし自分がヘマをしたと言うのなら。自身の不手際と受け入れるだけで良いが、「裏切り」は駄目だ。

 自分の不手際に悩むよりも前に、この可能性が浮かんだのであれば、速やかに排除しなくてはいけない。


 だからこそ、エージェント達の情報を把握している重要人物であり、容疑者であるドウジマとマリオに確認と言う名目で探りに行き。更に他のエージェント達も調べるつもりで『組織』に出向いた訳だが。


 ――シーアの言う通り。

 そんな面倒な事をしなくても、彼女がいれば「裏切り者」なんて直ぐに焙り出せるだろう

 一言「心を読め」そう命じれば良い。

 後は彼女の気まぐれが発動しなければ、簡単に……。


 だが、アドニスはシーアを使う事はしなかった。

 確かに命令を出したが、彼が『組織』に来た時に出した名は1つ。

「側に居ろ、何があっても離れるな」――ただ、コレだけ。


 結果。シーアは忠実にアドニスの命令を守ったと言う訳になる。少し、過激が過ぎたが。

 しかし、此方に関しては、答えは既に出ている。


「――お前に協力を求めなくても、お前の能力はすでに『組織』に知れ渡っている。それだけで十二分だったからな」

「ふーん」

「後は反応見て探りを入れるだけだったんだが……」

「でも、結局探りはおじさんだけで終わらせたようだけど、どうして?」

「……」


 静かに眼を閉じる。

 反対にシーアは更に問う。


「それから疑問なのだけど。君今回はやけに素直じゃないかい?」

「素直?」

「裏切り者を警戒しておきながらさ。ちょっとの情報で『二の王』をオーガニストって人に定めちゃっただろ?――普通、もっと怪しまない?そもそも手紙が悪戯じゃないってもっと調べるべきだと思うけど?」


 彼女の問い。これもまた最も、まさしく正論だ。

 アドニスの今回の行動はやけに早い。

 裏切り者がいると危惧してから、僅かにドウジマに会いに行っただけで裏切り者探しを止めてしまった。

 それに何より、本当にこの「挑戦状手紙」は本物なのか。シーアの言う通り、もっと調査をするべきだ。



「……それは、もう終わった」


 だが、シーアの言葉を肯定することは無く。アドニスはその一言を呟く。

 あまりにアドニスが迷いもなく言葉を口にする物だから、シーアは首を傾げる。


 それでもアドニスは、それ以上何も言わなかった。

 目を逸らし、無言を貫き。

 しかし、その様子は図星を突かれたと言うものでなく、何かもっと別の思惑が隠れている様な。まさにそんな様子。


「――この手紙は本物だよ。『二の王』はオーガニストだ」

「……むう」


 少しして、彼が口にしたのはその一言。

 アドニスの様子から嫌でも察する。これ以上は話す気も無いらしい、と。

 此方に関してシーアは口を噤み視線を外す。

 溜息と共に、再度赤い瞳が彼に向けられたのは一分も経たないうち。


「仕方が無い。じゃあ、元の質問に戻ろう」


 話す気が無いのなら深入りはしないらしい。シーアは話題を変える。

 赤い瞳が相変わらずしゃがみ込んだまま、問いかける。


「なんでこの廃墟に来たの?」

「……」


 宣言通り、少し前の質問へ。

 アドニスは僅かにシーアを見下ろし、端末機械を操作する。

 そして『二の王』それに記されていた唯一のファイルを開き、彼女の前に画面を差し出すのだ。


 シーアの目に映ったのは一枚の地図。

 地図上には大きな囲いが有って、その囲いから離れた場所に点が一つ。

 この囲いは『城下町』。そしてその点が浮かぶ場所は間違いなくである。


「『世界』からの唯一の情報だ。『二の王』はこの町をねぐらとしている。――そして、このビルはそのねぐら……彼がアジトとしている場所だよ」


 これが、アドニスがこの廃墟に訪れた理由であった。



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