「ゲーバルド」と呼ばれる惑星には西東2つの大陸と、いくつかの島によってつくられている。
面積で言えば、3千万㎢の大きな西大陸が一つ。海を挟んで1千万㎢の東大陸が一つ。
後は小さい島が点々とあるのだが。
これらすべてが『世界』そう呼ばれる国だ。
何処までも広がる大陸も、海に浮かぶ島も全てが一つの『国』。
一つしかないので、本当は名前なんて無く。『世界』なんて呼び名は、誰かが呼び始め定着した物でしかない。
しかし、この『世界』を唯一の王が治め切れているか……。と、問われれば勿論「否」であり。
皇帝が直々に統治している『場所』は実際、ある一部だけ。
西大陸の一部。詳しく言い表せば、横長の円形状い区切った『場所』をかの王は一人で治めている。
後はとにかく細かく、細かく区切って名も無い町や村として、貴族たちが王の代わりに治めているのだ。
と、言っても皇帝が統治する『場所』は、面積2千万近くもあり大陸の4分の3。
世界の半分はコレに当てはまるため『世界』で一番大きく広いのも確か。
更にこの『場所』は、中央から端へと段差を付けるように4つのエリアに分けられ、エリアごとに暮らしぶりが大きく変動する。
中央、『皇族エリア』――。
皇帝が住まう小さくも、『世界』で一番発展が進んでいる場所。
その周りを、『貴族エリア』
地方貴族以外。名目は皇帝に忠義を預けた貴族たちが住まう場所。
『組織』のアジトも此処にある。
さらにその周りを、『平民エリア』
貧しくも無く、しかし裕福でもない一般人が住まう場所。
そしてその周りを、『貧民エリア』
貧乏人が暮らし。上位のエリアからのお零れで暮らしている場所。
これが『世界』の在り方だ。先も言った通り名前はない。
しかし皇帝が治め。城があるその『場所』を、人々は『城下町』と呼んでいる。
――そんな皇帝が君臨する『城下町』
その端にある『貧民エリア』。更にその末端から10キロほど離れた先。
『城下町』を抜けた先のある場所に。廃墟のビルが建ち並ぶゴーストタウンが存在した。
50年ほど前に、ある貴族が皇帝の代わりに治め。
当時即位したばかりの若き王の為にと独自の技術と戦法で発展させ。
しかし20年前。息子が皇帝に反旗を翻した結果、一族もろとも処刑され衰退していった元発展街。
もう人は誰も住んではおらず、誰も住めないこの街にアドニスは脚を踏み入れた。
時間はすでに明朝。『組織』を出てから半日は軽く過ぎた。辺りを見渡す。
……しかし、当たり前と言うべきか。人の気配は何処にも無い。
割れた窓ガラス。錆びた鉄骨。今にも崩れてしまいそうなビル。
コンクリートの地面はひび割れ、草が何処までも生えて並ぶ。
ゴーストタウン。正にその名にふさわしい場所だ。
「なるほど……『貴族エリア』は此処がモデルだったな」
そんな廃墟のビルを見上げ、アドニスは建物の陰に身を隠しながらも小さく呟いた。
今現在いる場所はジョセフを暗殺した、高層ビルが立ち並ぶ「
あそこは「潰したものの街並みを無くすのは惜しい」と、皇帝がこの町を模倣して『城下』に造り上げた場所であった筈だ。
「……ふん、少年」
辺りを見回していると、後ろから声がした。
ちらりと視線を向ければ、アドニスのすぐ後ろに黒い空間が開かれる。
中から現れたのは言うまでもなく、黒いドレスを纏ったシーアだ。
その美しい顔に不機嫌と言う表情を作り上げ、赤い瞳がアドニスを見下ろしていた。
彼女は先程からずっとこの調子だ。何故不機嫌なのかは理由もしっかり判明しているが。
「なんだ、さっきから。――言っておくが、俺の言葉は正当性があった」
だからこそ、先手を打ってアドニスはほんの僅かに眉を顰めて言った。
この言葉にシーアは更に不機嫌な顔となる。ふわりと彼女の身体が黒い穴から身体を出す。
そのまま、ふわりと外に出ると空中へ、足を組んで座り。一気に爆発したように、声を荒げさせるのだ。
「なにが正当性だ!不当だ、不当!!」
「っ――静かに……!」
今朝の上機嫌とは正反対。不機嫌極まった声が廃墟の街に轟いた。
こんな所で大声を――とアドニスが小声で苦言を零し。
彼女の口を押さえようと跳び掛かるもふわふわリ。身体は空高く、アドニスの手には届かない所まで浮かび上がる。
アドニスは眉を顰めた。
跳び上がって捕まえても良いが、それは目立つ。辺りを見渡しながら人差し指を口元に立て、睨み上げるしか出来ない。
「――朝からお前は……!」
「嫌がらせだ!私を不当に叱った罰だ!!」
空中でシーアは腕を組んでそっぽを向く。
その様子に更にアドニスは顔を顰める事になった。しかし、心を落ち着かせる。
今は怒りを露にしている暇はない。大きく深呼吸を吐き出して、表情を戻しシーアを見上げた。
先の通り、彼女が此処まで不機嫌を露わにしている理由は見当がついている。
それは今朝の事だ。彼女が作った親子丼に絶句を覚え、例の挑戦状を手にした時の後。
着替えを終え、戻って来たシーアにアドニスは問い詰めたのだ。
この手紙を持ってきたのは誰か。
何時、この手紙が来た。
何でもよい、分かっていることを話せ。
だが、シーアの答えは全て一つ。「知らない」。
心の底から不思議そうに、理解できていないと言う様に彼女は言った。
手紙がどれだけ重要で問題なのか、全く気が付いていない様子で。
だからこそアドニスは彼女を叱り飛ばした。
送られてきた手紙がどんなもので、何の意味を成し、どのような問題が今現在起きたか。
ソレを踏まえて、どうして手紙を持ってきた人物を確認もしなかったのか。
ポストに入っていた手紙に、気が付いた時間すら覚えもしていなかった彼女の不手際を。
それでも、昨日の今日。
今朝の決意も合わさり『
結果、れ迄上機嫌であったシーアは見る見るうちに不機嫌となり、子供の様にすね始めたかと思えば今に至る。
「……不当な物か。俺はちゃんと問題を指摘して叱っただろう」
「知るか!」
不機嫌そのものの彼女に指を差し言う。
彼からすれば正当な怒りだ。あくまで冷静を装って彼女に苦言を零す。
反対にシーアは珍しく感情豊かと言うか、荒ぶっている様子。
アドニスの落ち着いた様子が更に拍車をかけたのかもしれない、
ぷくりと頬を膨らまし、ジト目で見下ろしている。
彼は再び眉を顰めた。
彼女が今朝の事で、其処まで不満があると言うのなら、此方からもぶつけたい不満がある。
「だったら、俺からも言いたいことがある」
「なんだ!」
「さっきのお前だ。なんだ?『本部』にいる間ずっと背中に抱き付いて……!」
それはつい先程『組織』でのことだ。
ドウジマに挑戦状に対しての報告中。シーアはずっと宙に浮いたまま、アドニスの背中に張り付いていた。
此方が重要な会話をしているのにも関わらず。
カエルの時は一度身を離したが、また意味も分からない事をぼやいていたし。
引きはがせず、離れる気も無いと判断してアドニスは無視を決め込み。
最初こそ彼女に気を取れていた様子のドウジマ達も、途中から慣れたのか。
将又、彼女の相手をしている暇はないと判断したのか。
彼女の存在を居ないモノとして扱ってくれた様で、支障は無かったが。
――いや、違うか。
シーアと言う化け物が不機嫌そうな顔を浮かべていたので、敢えて触れないようにしたのだろう彼らは。
いや、もうこの際何だって良い。
「……ふん!」
「おま……!」
アドニスの問いに答える事も無く、シーアはそっぽを向いた。
それでも、その反応で彼女の行動への答えは充分察しが付く。
簡単だ。いや、最初から気が付いていたさ。
叱られた腹いせに嫌がらせとして抱き着いていた。――これである。
シーアの様子を見るに、彼女の思い描いていた結果とは違っていたようだが。
アドニスはギリと歯を噛みしめ、しかし深呼吸を付く。
頭を無理やり冷静にさせ考えた。
『組織』でのシーアの行動は腹立たしい物だった、此方に関して自分が怒るのは正当な権利。
しかし、手紙の一件はどうだろう。
よくよく考えれば、シーアからすれば確かに不当な物であるのかもしれない――と、僅かに思う。
「……分かった、今朝の事は謝る。怒り過ぎた」
だからこそ、今朝の一件は起り過ぎたと謝罪を零す。
なにせ彼女は居候でしか無いし、そもそも『組織』の人間ではないのだ。
事の重要さを理解出来ないのも無理はない。
手紙一枚で叱られたなんてシーアからすれば不服の一言。
ただし、アドニスは首を横に振った。
「――だが、今度からは気を配れ。お前、言っていただろ。俺の
「……むう!」
この女は自分から『ゲーム』に参加したいと申し出て来たのだ。それも、「
で、あるならば。武器として、主の危険に関して、もう少し注意ぐらいは払うべきである。これが今辿り着いた結論。
シーアは何も反論しない。彼女なりに正論と捉えたのか、僅かにバツの悪そうな表情。
少しの間をおいて不貞腐れたように目を細めたのは直ぐの事。
「なにさ。都合のいい時だけ武器なんて言って。――まだ、私の参加を認めていない癖に」
「……」
そう言って、プイっと。
此方に関してはアドニスからすればぐうの音も出ないが。
「……お前のゲーム参加は陛下のお許しが出ていない。其れまでは自称で通せ」
それは皇帝からの許しが無い限り永遠だ。それまでは自称アドニスの武器で頑張ってもらうしかない。
まあ、彼女はどうせ約束を破って、勝手に『ゲーム』に参加するだろうが。この言い争いも無駄と言う事になる。
シーアの瞳が更に細くなった。
顔を顰めさせ、何か言いたげであるのは違いないが。
アドニスは彼女から目を逸らす。正直、今はこんな会話をしている暇は無いのだ。
「この話はまた後だ。文句なら後で聞いてやる」
少しの間、シーアは口を開く。
「――『任務』とやらかい?」
溜息交じりの声。実に今更な一言。その為にアドニスは此処に来たのだから。
これ以上無駄な会話は不要、アドニスは彼女に背を向ける。
殺気立ち、あたりを見渡す少年の沈黙の前に、後ろの女は小さな笑みを零した。