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53話『二の王』5




 かの王には望みと言う望みはない。


 どうして王になりたいのか、特にない。今の王に不満はない。

 王になってどんな世界にしたいのか。分からない。王の器でないと分かっているから。


 だから、彼女は王になりたいと言う望みも、掲げる「正義」世界も何もない。


 ただ、望みはなくても願いはあった。

 愛した夫を失った時、心から欲した物があった。


 その願いの為に、彼女はこの殺し合いに参加する。


 ◆


 ――始まりは、その一族に嫁いだことからだったのだろう。

 かの王が愛した男。その一族は人より秀でた才が存在していた。


 まずは1代目に当たる、男。義父に当たる彼は生まれながらの天才。

 今の皇帝が即位するよりも前に、彼は『世界』に貢献し、その実力を露わとした。


 拳銃を作り。ラジオを作り。電話を作り。数多くの物を考え付き生み出していく。

 その才は、暴君と名高い皇帝も認め、一目置く存在であり。『世界』から重宝される事となる。


 そんな天才から産まれた後継者息子は、その血をより濃く受け継いだこれまた天才だ。


 ラジオから彼はテレビを作った。

 大きすぎる電話を持ち運べるようにしよう。

 洗濯機、冷蔵庫、車、ゲーム機……それら全てが彼の発明品だ。

 父の作った発明をより良い物に。


 大きく重すぎる拳銃を、子供でも扱えるように小さく。

 人を殺す武器から、町を壊す武器を作り出す。

 父が作った兵器がより人を殺しやすい様に。


 これが、かの王が愛した男。

 自分の作った発明品に、心から子供の様にはしゃぎ喜び。

 自分の作った兵器に、毎晩頭を抱え懺悔し泣く。


 頭が良く。酷く心優しい青年であった。

 義父と比べれば、心は弱いのかもしれない。

 優し過ぎるくせに、どういっても科学者で偏屈。


 そんな男を、かの王は心から愛したのだ――。

 平凡でとりえのない自分を彼が選んだのは奇跡に近いと、彼女は言う。

 優しくて偏屈な彼の元に嫁いだ彼女は、誰よりも幸福な時を手にした。


 無口な義父は酷く優しくて、何処までも優しい彼は暖かくて。

 生まれ落ちた我が子は何よりも可愛くて。

 幸せだった。

 何よりも幸せな日々を彼女は家族4人で、取り留めのない日々を過ごした。


 でもある日、問題が生じる。なんてことはない。

 愛した男は義父を超える頭脳を持ち、同時に余りに優し過ぎたのだ。


 ◆


 義父は沢山の基礎となる物を生み出し。

 それら全て、義父は王だけに捧げた。

 王が望むから、王が面白いと望んだものを。


 周りが衰退しようと構わない。

 彼は十二分程に、現皇帝の恐ろしさを直感で気が付いていたから。


 だからこそ、我が身と家族を大事し、皇帝に逆らうようなことはしなかった。

 造り上げたモノは王だけに献上し、自らは慎ましく暮らし身を隠す。

 それが義父であった。



 だが、夫は違う。

 最初は父と同じように皇帝に身を捧げていた彼は、父から家督を継いだ瞬間から変わってしまった。

 商人の長の座を手に入れたと途端、突然国民に無償で発明品を贈る様になる。


 新しい機械を国民に、新しい武器を民衆に。

 彼は言う。


 だって、不平等だから。

 文化を築けず。抗う術もない彼らが余りに哀れであったから。

 国民の為にと、その頭脳を『世界』に捧げる……そう決めたのだ、と。


 彼女は直ぐに理解した。

 彼は、皇帝よりも「平等」を取ったのだ……。


 それがどれほど危険な事か、理解したうえで。彼は己の行動を続けた。

 義父が必死に止めたのに、夫は絶対にやめようとはしない。


 愚かと言うか。馬鹿だと思うか。

 家族を危険にさらして迄、無関係の人間の「未来」を望むなんて。


 でも、かの王はそんな愚かしい行動を、夫が取り続けても止めはしなかった。

 そんな夫が何よりもの誇りで、何よりも愛していたから、止めなかった。

 それでも家族がいれば幸せだと、心から信じていたから。


 止めればよかったのだろうか。

 嫌われても、その頬を張り飛ばしてでも、止めるべきだったのだろうか。

 今となっては、もう分からない。


 ――馬鹿らしい幸せは、暴君の前では続かなかった。

 皇帝には犬がいる。良く躾けられた、狂暴な猟犬たちだ。

 かの王の夫の仕出かした事はすぐ様に皇帝の耳に入る事となる。


 どれだけ逃げても、もう遅い。

 どれだけ後悔しても、もう遅い。


 かの王の前で夫は捕まった。


 皇帝は裏切り者を許さない。

 皇帝は反逆者を許さない。


 武器を売ると言う行為は、そのどちらにも当てはまる。


 かの王は泣く。

 泣いて許しを請う。

 夫を返して欲しい、どうか、返してください……と。


 見かねた義父が、皇帝に一つの提案を出した。

 大切な息子を救うために、小さな命を差し出す。


 これで『二の王かの王』は救われた――。


 ◆


 ――救ったから、何だと言うのだろうか?

 きつく唇を噛みしめる。


 一つの命を救うために起こした行動。

 あの子の命一つで、一族は永遠の平和を手に入れ。


 でも結果、優しかった彼は壊れ切ってしまった。


 自分の代わりに我が子が犠牲となった事実が受け入れられなくて。

 今までの優しさが嘘の様に酒浸りとなり、周りに暴力を振るう様になった。


 泣いて。喚いて。閉じこもって。苦しんで。

 最後は自らの行いを悔いながら、命を絶つ。

 残されたものはどう思う。


 同じように壊れ切る。


 壊れに壊れ切って、失ったものを取り戻そうと足掻き始め。

 愛する亡き者の決意を胸に、皇帝の怒りも罰も忘れて、同じ志を掲げて壊れた未来を進む。


 どれだけ悔いても、もう遅い。

 『二の王』は老いて、しわくちゃになった手を見下ろす。


 悔いても、悔いても、もう彼には幸せの日々は戻ってこない。

 謝っても、謝っても、もう彼には温かな日々は戻ってこない。


 他人の我儘エゴで、誰が一番損をするのか。

 家族を失う辛さを、また味わうなんてことはさせたくない。

 それはもう嫌と言う程に身に染みた。


 ――ならば、老い先短い自分が出来る事は何に成るか。

 そんなもの……考える間も無い、決まっている。


 だから『王』は武器を取った。

 なに。掲げる物はなくとも、彼には幼いころからの夢がある。


 子供心の愚かな夢。

 誰もが皆憧れる「正義の味方」

 悪を許さず、悪を倒すヒーロー。


 一度だけで良い。彼はこの余韻に浸ってみたい。

 別に、本物のヒーローに成りたいわけじゃない。

 ただ、そう。


 自分が作り出した武器で、世界を恐怖に染め上げる「怪物」を倒す。


 ――実に、『ゲーム』に参加するには十分な動機では無いか。

 ただ、子供の頃の夢の為。この馬鹿げた『ゲーム』に挑もう。


 ◆


 『かの王』に皇帝に対しての恨みはない。憎しみも無い。

 逆切れを起こし、反旗を翻す様な気持ちも僅かにも無い。


 むしろ感謝しよう。

 最高な迄の「怪物」を送り込んでくれたのだ。


 ゆえに、彼は『王』を名乗る。

「未来」の為じゃなく、ただ自分自身の為だけに。

 真っ向から、人間のフリをする「怪物」に挑戦を叩きつける。


 勝機はある。勝つ自信はある。

 これが彼の掲げた正義。

 さあ、『ゲーム』を始めようじゃないか。



 ――これが、『二の王オーガニスト』の物語。



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