かの王には望みと言う望みはない。
どうして王になりたいのか、特にない。今の王に不満はない。
王になってどんな世界にしたいのか。分からない。王の器でないと分かっているから。
だから、彼女は王になりたいと言う望みも、掲げる
ただ、望みはなくても願いはあった。
愛した夫を失った時、心から欲した物があった。
その願いの為に、彼女はこの殺し合いに参加する。
◆
――始まりは、その一族に嫁いだことからだったのだろう。
かの王が愛した男。その一族は人より秀でた才が存在していた。
まずは1代目に当たる、男。義父に当たる彼は生まれながらの天才。
今の皇帝が即位するよりも前に、彼は『世界』に貢献し、その実力を露わとした。
拳銃を作り。ラジオを作り。電話を作り。数多くの物を考え付き生み出していく。
その才は、暴君と名高い皇帝も認め、一目置く存在であり。『世界』から重宝される事となる。
そんな天才から産まれた
ラジオから彼はテレビを作った。
大きすぎる電話を持ち運べるようにしよう。
洗濯機、冷蔵庫、車、ゲーム機……それら全てが彼の発明品だ。
父の作った発明をより良い物に。
大きく重すぎる拳銃を、子供でも扱えるように小さく。
人を殺す武器から、町を壊す武器を作り出す。
父が作った兵器がより人を殺しやすい様に。
これが、かの王が愛した男。
自分の作った発明品に、心から子供の様にはしゃぎ喜び。
自分の作った兵器に、毎晩頭を抱え懺悔し泣く。
頭が良く。酷く心優しい青年であった。
義父と比べれば、心は弱いのかもしれない。
優し過ぎるくせに、どういっても科学者で偏屈。
そんな男を、かの王は心から愛したのだ――。
平凡でとりえのない自分を彼が選んだのは奇跡に近いと、彼女は言う。
優しくて偏屈な彼の元に嫁いだ彼女は、誰よりも幸福な時を手にした。
無口な義父は酷く優しくて、何処までも優しい彼は暖かくて。
生まれ落ちた我が子は何よりも可愛くて。
幸せだった。
何よりも幸せな日々を彼女は家族4人で、取り留めのない日々を過ごした。
でもある日、問題が生じる。なんてことはない。
愛した男は義父を超える頭脳を持ち、同時に余りに優し過ぎたのだ。
◆
義父は沢山の基礎となる物を生み出し。
それら全て、義父は王だけに捧げた。
王が望むから、王が面白いと望んだものを。
周りが衰退しようと構わない。
彼は十二分程に、現皇帝の恐ろしさを直感で気が付いていたから。
だからこそ、我が身と家族を大事し、皇帝に逆らうようなことはしなかった。
造り上げたモノは王だけに献上し、自らは慎ましく暮らし身を隠す。
それが義父であった。
だが、夫は違う。
最初は父と同じように皇帝に身を捧げていた彼は、父から家督を継いだ瞬間から変わってしまった。
商人の長の座を手に入れたと途端、突然国民に無償で発明品を贈る様になる。
新しい機械を国民に、新しい武器を民衆に。
彼は言う。
だって、不平等だから。
文化を築けず。抗う術もない彼らが余りに哀れであったから。
国民の為にと、その頭脳を『世界』に捧げる……そう決めたのだ、と。
彼女は直ぐに理解した。
彼は、皇帝よりも「平等」を取ったのだ……。
それがどれほど危険な事か、理解したうえで。彼は己の行動を続けた。
義父が必死に止めたのに、夫は絶対にやめようとはしない。
愚かと言うか。馬鹿だと思うか。
家族を危険にさらして迄、無関係の人間の「未来」を望むなんて。
でも、かの王はそんな愚かしい行動を、夫が取り続けても止めはしなかった。
そんな夫が何よりもの誇りで、何よりも愛していたから、止めなかった。
それでも家族がいれば幸せだと、心から信じていたから。
止めればよかったのだろうか。
嫌われても、その頬を張り飛ばしてでも、止めるべきだったのだろうか。
今となっては、もう分からない。
――馬鹿らしい幸せは、暴君の前では続かなかった。
皇帝には犬がいる。良く躾けられた、狂暴な猟犬たちだ。
かの王の夫の仕出かした事はすぐ様に皇帝の耳に入る事となる。
どれだけ逃げても、もう遅い。
どれだけ後悔しても、もう遅い。
かの王の前で夫は捕まった。
皇帝は裏切り者を許さない。
皇帝は反逆者を許さない。
武器を売ると言う行為は、そのどちらにも当てはまる。
かの王は泣く。
泣いて許しを請う。
夫を返して欲しい、どうか、返してください……と。
見かねた義父が、皇帝に一つの提案を出した。
大切な息子を救うために、小さな命を差し出す。
これで『
◆
――救ったから、何だと言うのだろうか?
きつく唇を噛みしめる。
一つの命を救うために起こした行動。
あの子の命一つで、一族は永遠の平和を手に入れ。
でも結果、優しかった彼は壊れ切ってしまった。
自分の代わりに我が子が犠牲となった事実が受け入れられなくて。
今までの優しさが嘘の様に酒浸りとなり、周りに暴力を振るう様になった。
泣いて。喚いて。閉じこもって。苦しんで。
最後は自らの行いを悔いながら、命を絶つ。
残されたものはどう思う。
同じように壊れ切る。
壊れに壊れ切って、失ったものを取り戻そうと足掻き始め。
愛する亡き者の決意を胸に、皇帝の怒りも罰も忘れて、同じ志を掲げて壊れた未来を進む。
どれだけ悔いても、もう遅い。
『二の王』は老いて、しわくちゃになった手を見下ろす。
悔いても、悔いても、もう彼には幸せの日々は戻ってこない。
謝っても、謝っても、もう彼には温かな日々は戻ってこない。
他人の
家族を失う辛さを、また味わうなんてことはさせたくない。
それはもう嫌と言う程に身に染みた。
――ならば、老い先短い自分が出来る事は何に成るか。
そんなもの……考える間も無い、決まっている。
だから『王』は武器を取った。
なに。掲げる物はなくとも、彼には幼いころからの夢がある。
子供心の愚かな夢。
誰もが皆憧れる「正義の味方」
悪を許さず、悪を倒すヒーロー。
一度だけで良い。彼はこの余韻に浸ってみたい。
別に、本物のヒーローに成りたいわけじゃない。
ただ、そう。
自分が作り出した武器で、世界を恐怖に染め上げる「
――実に、『ゲーム』に参加するには十分な動機では無いか。
ただ、子供の頃の夢の為。この馬鹿げた『ゲーム』に挑もう。
◆
『かの王』に皇帝に対しての恨みはない。憎しみも無い。
逆切れを起こし、反旗を翻す様な気持ちも僅かにも無い。
むしろ感謝しよう。
最高な迄の「怪物」を送り込んでくれたのだ。
ゆえに、彼は『王』を名乗る。
「未来」の為じゃなく、ただ自分自身の為だけに。
真っ向から、人間のフリをする「怪物」に挑戦を叩きつける。
勝機はある。勝つ自信はある。
これが彼の掲げた正義。
さあ、『ゲーム』を始めようじゃないか。
――これが、『