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52話『二の王』4



 ドウジマは先程から無言だ。無言のままに腕を組み、顔を顰めていた。

 彼が口を開いたのは、それから一分ほどか。緋色の眼がカエルを見る。


「悪いが、この件は陛下に報告させてもらうぞ。カエル」

「いいよ」


 ドウジマの答えに、カエルは文句を垂れる事無く頷いた。


 今回の件は、アドニスが素性を特定された事から始まった。

 アドニスはコレを『組織』に裏切り者がいると判断し、ドウジマに報告。

 正直、ドウジマも話を聞いた瞬間に同じようにこの結論に至っただろう。何も言わず、無抵抗を示したのが証拠。


 だが、ここでカエルが現れ新情報を提示。

 『組織』で配給された携帯端末には発信機能が付いており、これにより受信機さえあれば追跡が可能。

 そして、その受信機を造れるのは『組織』の発明家の人間と、アドニスに挑戦状を送って来たオーガニスト『二の王』だけである、と。


 故に最初から、一連の騒動の黒幕は「オーガニスト」本人だけである。

 ――これがカエルの言い分。


 しかし、そんなに『組織』は甘くない。

 それだけで「はいそうですか」と裏切り者の可能性を排除するほど、馬鹿じゃない。


 少なくとも、今回の件で「発明家」カエル達には探りが入るだろう。

 他のエージェント達にも、ここ一ヶ月でアドニスが接触した人物全て。

 アドニス本人だって、落ち度が無かったか徹底的に調べが入る。


 そして、カエルは。彼は更に此処に、機密情報を流した事実が加算される。罰は免れない。どんな理由があろうとも。

 ただ、カエルは優秀な組織の科学者だ。命までは取られないとは思うが。


「一つ聞くが、なんで今の情報を流した?盗み聞きはこの際良い。だが、発信機については機密情報だろう」


 ドウジマの問いに、カエルは小さく鼻を鳴らす。

 腕を組んで、チラリとアドニスに視線を送った。


「会話を耳にしたらいても経ってもいられなくなってね。こいつの毒牙が『組織』に向く前に、フォローしておこうと思っただけさ」

「……」


 馬鹿馬鹿しい。僅かに眉を顰める。

 実際の所。今回の一件が皇帝に届けば、遅かれ早かれ、発信機について情報が流れて来ていたはずだ。

 つまりカエルは無駄な罰を背負ったに近い。


 だったら何故か?簡単だ。

 この馬鹿は、『組織』のエージェント達全てを守ったのだ。

 カエルのオーガニストの情報が無いままいけば、確実に『組織』に裏切り者がいると判定されていただろう。


 そうなれば、怪しい動きを見せたエージェント達は片端から粛清対象に成り得る。

 最悪は極刑。反論の余地も与えられないまま、刑執行。

 カエルは、を阻止したのだ。毒牙と言うのは少々酷いが。

 アドニスは小さく鼻を鳴らす。


「――お前らしいな」

「そうかい?」


 涼し気に笑う少年。

 こうなれば呆れるしかない。本当に昔から、カエルこいつはこうなのだ。


「ああ、『組織ここ』を我が家と見て、エージェント達は家族。お前は昔からそう見ている」


 最後に、チラリと後ろに佇むリリスに視線を送って。

 カエルは無言になる。だが、それも僅かな事だ。ぷいっと顔を逸らすと彼は言う。


「別にいいだろ?僕は君と違って、本当の家族の顔は覚えていないんだ。だったら、勝手に家族を作らせてもらうだけさ」

「……馬鹿馬鹿しい」


 カエルの言葉はアドニスには本当に酷く、馬鹿らしい物に聞こえた。

 ……これは、この幼馴染の悪癖だ。


 彼は、今の自分の居場所を家とみて、周りの人間を皆家族とする。

 カエルからすればドウジマは父親。リリスは妹。

 他のエージェント達も兄や姉。妹に弟。其れを失うのが心から恐ろしい、何より大事でたまらない。

 家族がいないから、彼は周りを家族と見て、家族を大事にする。


 ――なんて、実に愚かだ。暗殺者や諜報員に向けるような感情じゃない。


「俺達は任務で命を落とすこともある。皇帝の気まぐれで死ぬ」


 そんなモノ達を家族と見て、毎度毎度心を痛めるなんて。いつか心を壊してしまう。

 『組織』の人間に一番寄せてはいけないモノだ。

 この言葉にカエルは相変わらず涼しげに笑った。


「覚悟ならとうにしているよ。一応、訓練は受けさせられたからね。死に関しては慣れているつもりだ。人なんて勝手に自分から死を選んで行くものだ……てね」

「訓練を思い出して、未だに怒りを露にするくせにか?」

「怒るぐらいは許して欲しいね。僕からすれば沢山いた兄弟が一月で2人に減ったんだ。――十分に怒っても構わない出来事だと思うけど?」


 さらりと恥ずかしささえ感じる言葉を彼は口にする。

 これにはアドニスは呆れを通り越すしか無い。


 もういい、と言わんばかりに息を付き。

 ドウジマへと歩み寄ると彼の持つ白い封筒を奪い取る。

 そのままクルリと背を彼らに向けると、部屋の出口に足を進めるのだ。


「おい!アドニス!」

「話は終わった。俺は『任務』を遂行してくる」


 後ろからドウジマの制止が聞こえたが、無視。

 彼もアドニスの一言で察しがついたのだろう。

 緋色の眼を細めて、口をきつく噛むと、小さく息を付いた。


 反対に、意外というべきか。引き留めたのはカエル。


「あれ、行くのか?」

「言っただろう。『任務』だ、って」

「だったら今丁度新しい武器を持って来たんだ。こないだの狙撃銃の威力と制度を上げたモノでね、ついでに持って行けば?」

「いらん、ナイフが有ればいい」

「それと。じゃじゃーん。コレ、小型飛行機って言ってね、自動追尾して敵を殲滅してくれるロボットなんだけど――」

「いらん。――お前、昔からそういう玩具……好きだよな」


 先程とは打って変わり、まるで子供の様にはしゃいだ様子の楽しげな声を上げる。

 そんな、幼馴染にアドニスは溜息交じりに最後は苦言にも似た言葉を贈った。


「そういうお前は、昔からこういう玩具は得意なくせに嫌いだった」


 まるで、嫌味を返す様にカエルは言う。

 彼の言葉にアドニスは僅かに動きを止めて、しかし振り向くことなく。

 その部屋を後にするのであった――。


 ◇


「お前たちは昔から変わらないな」


 アドニスが去った後、ドウジマが声を上げる。

 足元でケースに入った玩具にしか見えない、新しい武器とやらを触るカエルに声を掛けた。

 元から彼はコレを見せたいと言って、今日ドウジマに合う予定だったのだが。


「アドニス相手にあそこ迄軽く接する事が出来るのは、お前ぐらいだろうな」

「そう?昔からアイツとはあんな感じだよ?皆が怖がり過ぎなんだ」

「……怖がり過ぎは納得だが、普通は盗み危機はしねぇぞ?」


 手元の玩具を組み立てながら、カエルは笑う。

 彼が2人の会話を耳にしたのは本当に偶然だ。それでも本当は聞かなかったことにして、去るのが普通だろう。


 何せ相手はアドニスだ。

 あの強さも相まって『組織』内では「不機嫌であるなら誰であろうと殺す」とか噂が有り、彼に近づくエージェントは結構少ない。

 最近はヒュプノス厄介ごとを引き連れてしまったので、更に。


 盗み聞きなんてすれば、アドニスの不機嫌さは極まるだろう。

 いや、アドニス相手じゃなくても盗み聞きなんてしないのが普通だろうが。


「ははは、ドウジマは分かっていないなぁ」

 しかし、カエルはカラカラと笑う。


「……アイツだからこそ、盗み聞き出来たんじゃないか。他のエージェント達なんて恐ろしくて出来やしないよ。アイツ等命令無しで動き回るモノ」

「――は?」


 ドウジマはカエルの言葉に首を傾げた。

 それは、今まで黙って側に居たリリスも同じだ。

 端末機械で操作をし、宙を飛ぶ機械を見上げながらカエルは笑った。


「なんだ、リリス。気が付いてない訳?そんなんじゃ、あの黒服の神様に負けちゃうよ」

「――え?」

「アドニス、取られちゃうって事。――いや、あれはもう遅いかもねぇ」


 なんて、酷く意地悪気な表情を浮かべて。

 リリスは顔を赤くさせ、わなわな震えてそっぽを向くわけだが。


「なによ、黙って聞いていたら!」

「そうやって、無駄に黙って一歩引くのが悪いのさ。アイツは押しが強いのがお好みらしい」

「う、煩いわね!」

「その自慢の身体で襲う事も出来ないのかね」


 ここで、リリスがバコンと一発。

 2人の様子を尻目にドウジマは苦笑を浮かべる。


 こんな『組織場所』であるが、2人は実に兄妹らしい。

 嫌、正確に言えば、此処にアドニスを入れて3人か。


 この3人の教育係であったドウジマだからこそ、思える事だ。


 同じ孤児院で育った同期と言う事で、この3人は意外と仲が良い。

 といっても、アドニスは僅か一年の訓練でエージェントに認められて、早々に院を去って行ったので期間は短いが。

 だが、生き残った子供たちの中でも彼らは意外と仲が良かった記憶がある。


 年齢は同じでも『組織』に来た時は別々だと言うのに。

 ――確か、リリスは赤ん坊の頃。カエルは3つにもならない頃。それでアドニスは9つ……だったか?


 そうなると、10歳になるまで彼らは、兄妹の様に過ごしたと言う事になる。

 だから実際の所、カエルの悪癖はドウジマには理解できる所があった。


 昔のことを思い出して、父親代わりを務めていた男には笑みが零れる。


 何時も「ゲーム」を嫌々するアドニスの隣でカエルが羨ましげに見つめて、その二人をリリスが後ろから黙って見守っていたものだな、なんて……。


「たく……こんな暇、無いんだがね……」


 変な感傷に浸りながら、同時に今後の事を思い出し、ドウジマは溜息を付くのだ。



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