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46話『人はソレを――とよぶ』



「あーあ、何処を間違えたんだろう」


 月夜の中で、私は膝の上で眠る少年の頭を撫でながら呟いた。

 なんだろうか。このヘマをしてしまった気分は。最初は上手く言っていた気がするのだが。


 瞳の奥に眠らせた子供を映す。

 あれかな。

 少年この子の心底呆れ返る想いとやらに大きさに気が付いて、これは叩き壊してやらねばと意気揚々と面と向かったのが悪かったのかな?


 でもそれは仕方が無いじゃないか。

 君はさ、私に対してのやることなす事、矛盾していたもの。

 駄々を捏ねて、自分の我儘を棚上げして、怒りを私に何時もぶつけて来る君。



 私を嫌いと言って、側に置きたがる君。

 私を罵って、私を見る度に赤面する君。

 私を化け物と呼び、2人きりを邪魔されると怒る君。

 私を破廉恥と睨み、私を自分の色に染めようとする君。

 私を心から恐怖して、私を傷つけたくないと願う君。



 ほら、何処までも矛盾していて眩暈がする。

 出会った時から可笑しかったけどさ。最近は特にひどかったから、笑えもしない。


 私に本能的な恐怖を感じながら、その恐怖以上に私を傷つけたくないと怯える彼の心はどうしようもなく。

 おこがましくて理解が出来なかった。


 少年の気持ちには悪いが、最初から気が付いていたけどね。

 私が彼にしてやれることは、その想いを消してやる事だ。

 だって、そうだろう。――この子が流石に哀れだもの。


 最初こそ私なんかより、君にお似合いな幼馴染ちゃんを引っ付けようとし訳だけど。

 ほら、彼女が君に向ける瞳は、君が私に向ける瞳と酷似していたから。

 態々毎日の弁当作りを頼んで、デートのお誘いを掛けてやって、気持ちの誘導をしてやろうとしたが、失敗だった。

 君は彼女に冷たい態度を取るばかり。剰え、彼女に対して嫉妬の情を向けさえした。


 これじゃあ、今度は幼馴染ちゃんが不憫。

 だったら彼に気が付いて貰うしかない。


 ――「君は、ソレを何処で知り得たの?」


 他人には無駄に敏感なくせに、自分には鈍感な君に対して送った言葉は。問いなんかじゃない。

 さっさと自分の気持ちに気が付いて、拒絶して欲しいから送った忠告だ。

 ……この時、同時にフォローとして送った言葉が悪かったのか?

 気付かない方が良い、なんて送らない方が良かったのか?今になっては分からない。


 ――極めつけに今日の出来事。

 君の行動に飽き飽きした私が無理矢理外に連れ出した時。

 私の僅かに変わった表情を目ざとく見つけ、見惚れ始めた時は驚愕を覚えたものだ。

 この想いは其処まで人を壊してしまうのか、珍しく吐き気を覚えた。


 だから、叩き壊す事を決めた。

 君の私に対しての想いを完膚なきまでに壊してやることにした。


 私は君を拒絶する。

 気持ち悪いと心から頑張って演じて拒絶する。

 に気持ち悪さを感じていたからなのか、名演技であっただろう?


 君の最大の矛盾点を指摘して。君が抱いていた大事な最後の《|無い「限界」《誇り》》とやらも否定した。

 私に恐怖して、更には私を傷つける事を恐怖する君。

 人とはおかしなもので、そんな僅かな「恐怖」が「限界」を呼ぶ。


 でもコレも何時かは送らねばいけないと思っていた言葉だ。

 一応君の「師」になった訳だから、明日にでも指摘しようとしていた一件だ。ただ、一日早まっただけ。

 だから君を壊す一言は、すんなりと口に出た。


 ――嗚呼、だけどそうだね。

 私は一番重要な指摘を結局は、君に送れなかったんだっけ……?



「言おうとした……。言おうとはしたんだよ?」

 膝の上で、眠る彼の頭を撫でる。

「でも、少年、君さ。私を見る君の眼が、あまりに――不憫だったから」



 私の言葉でむせび泣く、彼の姿を思い出す。

 自分でやった事なのに流石に酷い申し訳なさを感じたよ。

 私は君の為にと心を鬼にして、本音をぶつけただけなのにね。


 君の姿を見たとたん、作り上げていた怒りは粉々に崩れたんだ。

 人間にはもう少し優しくしなくちゃ、って思い直して。

 贖罪心から君がもし10日の内に私に対しての「恐怖」拭う事が出来たなら。

 君の気持ちを汲み取って、君の抱くその想いを受け入れてあげようと定めた。



「すごいね、少年。本当に、凄いね」

 その結果。君は悔しさ1つから私に一太刀を浴びせた訳だ。

 君は不服そうだったけどね。私は十二分なほどに一太刀と言えると思うよ。



 だから、ご褒美ぐらいはあげるさ。

 鍛錬の継続。いいよ。多分君、十分なほどに人間の領域を超えてしまっているけど、付き合ってあげる。

 心を読むな?分かったよ。何度も約束を破る女に、まだそんなにしつこく何度も命じて来る約束。今度こそ、破らずにいてあげる。

「色のない」君が久しぶりに見せた色だ。受け入れてあげる。



 ――私は彼の頭を撫でる。

 でも、彼は一番大事な気持ちは分からなかったようだ。



 なんでかな、あれかな、やっぱり最後まで演じ切るべきだった?

 君の気持ち悪さに呆れかえって、憤慨する【ヒュプノス】シーアと言う神をさ。

 そうすれば、君はその大きな矛盾に悩み苦しむ必要も無いのかな?



「少年。君は今辛くないかい?」



 ――ねえ、少年

 私は、強者が弱者の命に従う必要はないと言ったけどさ。

 それは対等な立場の場合に通じる言葉なんだよ?


 私は今、君の元に厄介になっている居候に過ぎない。

 君の命令には逆らえない「弱者」だ。

 私の言葉が矛盾していることは、気が付いていないのかい?


 ちがう、気が付いているよね。君は賢い子

 気が付いていて、私の言葉を真に受けたんだ。


 私に嫌われたくないから、馬鹿みたいな言葉を受け入れたんだ。否定も出来ないんだ。

 というか、約束を簡単に破る女をずっと側に置いておく神経が可笑しいか。



 ――少年は何時も怯えている。私と言う存在に。

 傷つけてしまう事を、嫌われることを

 ……自分の側からいなくなることを。

 私を嫌いと言葉にしながら、少年は必死に私に縋り寄る。


 少年は何時も矛盾を抱えて過ごしている。

 何時も心の何処かで、私を想って過ごしている。



 君は私の側に居たくてたまらないんだ。

 君は私を見る度に見たことも無い、切なげで艶やかな色を帯びる。

 君は私と2人きりでいる事を心から望み、邪魔するものには嫉妬の眼差しを向けてばかり。

 君は私を自分と同じ黒の色に染めようとする。君の好きな色だ。

 君は私を傷つけたくないと、どうしようもない矛盾に悩まされた。



「だめ、ダメだよ、少年。そんなの下手したら『ゲーム』の支障になってしまうよ?」


 ――私は、君の頭を撫でる。

 矛盾を抱えたまま、今は満足げに悔しげに眠っている彼を、哀れに感じながら吐息をつく。



 私は彼が抱く、その想いを知っている。

 馬鹿な子だ。哀れな子だ。

 向ける相手を間違っているよ。


 だって、ほら私は君のその想いには決して返すことは出来ないんだ。

 私は人じゃないし、君一人だけにはどうしても想いを抱けないんだよ。

 私はそんな存在なんだ。



 ――私は哀れな君の頭を撫でて、月を見上げる。



 人は、誰かを想って、想い悩む。

 側に居るだけで幸福を感じて、その幸福が欲しくて更に側に居たくて。

 時には理不尽に怒って、どうしようもなく唯一人を自分だけの物にしたくて。


 ――笑って、泣いて、悩んで、怒って。想って、嫌って、大事にして。


 私は、それをなんと言うか知っている。

 ヒトがそれをなんと呼んでいるか知っている。

 吐息を一つ。



「ふむ、本当に人間って気持ち悪いね。私なんかに想いを寄せるなんてさ……」



 どうしようもない矛盾を抱える、その複雑な気持ちを。

 誰かに想いを寄せる行為を。



 ――ヒトはソレを、《恋》と呼ぶ。




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