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36話『その行動も』




「ねえ、どうかなあ?少年」


 古びた試着室。シーアがカーテンを開けて出て来た。

 今度は花柄の水色のワンピース。

 先ほどの赤い物と違って、シンプルな足首までのロングスカート。ただ、相変わらず胸元が空いている。

 そんなスカート部分を僅かに摘まみ上げ、彼女は優雅にクルリと舞った。


「……知らん、好きにしろ」


 その彼女の前で、アドニスは冷たく言い放つ。

 視線を彼女の足元に送れば、更に数種類の衣服ワンピース

 彼此もう30分立つのだが、もう既にうんざりだ。


「えー、なにそれー」

 シーアがカーテンで身体を隠し、顔だけを覗かせ、ニタリ。


「少年。私を君の好みの色に染められるんだよ?嫌なの?」

「吐き気がする。そもそも、なんで胸元が空いた服ばかり選ぶ」

「少年の、ため♡」


 最後、絶対に語尾にハートが付いていた。

 アドニスは目を細める。いや、2日前と全く同じなのだ。

 谷間を強調させ、年頃の少年に色目を使うと言う悪戯。

 それはもう、酷く楽しそうに。


 ただ、此方に関してはアドニスだって慣れた。

 二日前は思わず取り乱したが、今日は鼻で笑って、ニヤリ。


「――貧乳には似合わんな」

「……そうか、お気に召さなかったか」


 カーテンが閉まった。

 今一度思う。ガッツポーズをとっていいのなら取りたいと。


 あの日、一週間前に何気なく口にした「貧乳宣言」

 二日前。同じように此方を玩具にしたシーアにアドニスは同じ言葉を口にした。

 なんであるんだよ、とツッコミを入れたくなる露出が高い……。

 いや、際どいビキニを着た彼女を前に怒りと羞恥のままに言ったのだ「この露出狂!貧乳が来ても似合わないんだよ」――と。


 シーアは怒る様子は見せず、無言でカーテンを閉め。無言で、あの赤いワンピースを選んだ。


 どうやらと気付く。

「貧乳」という言葉は、シーアに想像以上に。そして、唯一ダメージを与えられる言葉であるらしい。

 これが一週間。ある意味手に入れたシーアに対しての切り札である。


 後が怖いので連続して使う気にはならないが。

 だがいつも弄ばれ続けるのだ。これぐらいの抗いと嫌味は赦されるべき。


 そんな事を考えていると、またカーテンが開いた。シーアが姿を現す。


 今度は白。

 砂時計型の形をしたウエストの細さを強調した太ももまでの長さのワンピースアワーグラス

 長い脚がスラリと伸びているが、胸元は完全に隠れている。

 それでも、形の良い胸部は豊かに露わになっているのだが。


 まあ先程より断然マシである。

 しかしと、アドニスは腕を組んだ。


「お前、なんでワンピースばかり選ぶ?別にトップスとかスカートを別々に選んでもいいんじゃないか?」

「楽だろ?」


 ……以上の様だ。


 しかし、表情はニタ付いている。アレは完全に此方を揶揄やゆの顔。

 つまり、大胆な格好をしてアドニス此方の反応を楽しんでいると。

 結局懲りていないらしい。


 アドニスは小さく眉を顰めて店内へと足を向けた。

 シーアが不思議そうに見送って、数分。彼は数着の衣類を手に戻ってくる。


「これ、コレを着て見ろ」


 シーアに押し付ける衣服。

 それは黒いロングスカートと、黒の半袖のブラウス。そして、グレーニットのカーディガン

 シンプルながらも女性らしい衣類だ。細い手が受け取り、まじまじと見つめる。カーテンが閉まった。


「ふん、私の好みじゃないなぁ」


 カーテンの奥から声が掛けられる。

 服を脱ぐ音が聞こえ始め、アドニスは腕を組んだまま溜息。


「お前、やっぱり露出度が高い服が好みか?」

「うん?私気に入ったモノが大体露出度が高いだけさ」


 嘘を付け。露出系を選び出したのは2日前からだろう。

 と、心から思った訳だが此方は言わない。コレはもう終わった、終わらせた問題だ。話を続ける。


「それにお前の服は派手過ぎる。なんだ、今日の服は結婚式でも行くつもりか」

「あはははは。少年、お姉さんが教えてあげよう。花嫁以外は、あそこ迄の真紅は着ないよ」

「例えだ、例え。目立って仕方が無い」

「そんなに派手?それに、まだ数着しか持ってないじゃん」

「――今回で10着目だ」

「あれ、そんなに?はて。……一週間で一万回敗北を味わうとは、君は中々のドMだ」


 シーアの一言に、アドニスはまた眉を顰めた。

 実はこの彼女の服を買うのは今日で10回目だ。

 二日前に一度と言ったが、其れより前に、別に数着買わされている。

 正確に言えば、ほぼ1日置きに。勿論、鍛錬で負けたから。


 まず一週間前のシーア襲撃日の翌日、初めての一回。

 5日前、鍛錬が始まったその日に3着。4日前に3着。3日前、1着。で、2日前に1着。

 まあ、此方に関しては、最初の数日は「千回に一着」じゃなくて「二百回に一着」ととんでもない約束だったからなのだが。三日前にシーアが「君の懐事情が心配だ」なんて抜かして千回に繰り上げられ、今に至る。


「誰がマゾだ。それに一万回もまだ負けてないだろう。まだ、精々四千回程度だ!」


 負け続けているのに変わりないが、負け惜しみで苦言を盛らす。

 それより今問題すべきは、そんな彼女の選ぶ服の事。話を戻した。


「――そんな事より、問題はお前の選ぶ服だと言っているだろう」

「ええー。何が不満?」

「買った9着のうち4着が無駄に派手で、5着が独特過ぎる」


 シーアが選んだ服を思い起こす。

 今日の赤い服と言い。彼女が選ぶのは赤や緑、青と言った原色やら。

 白地や黒地でも、形が独特的で特徴的なワンピースばかりなのだから。

 腹立たしい事に全て似合っていると言うオマケつき。


 いつか本物のドレスや、ファンシーなドレスゴスロリを着始めるんじゃないかと心配しているのだが。

 なんにせよ。嫌がらせを除いても、独創的な主観の持ち主なのは違いだろう。

 アドニスからすれば、これ以上は「止めて欲しい」「困る」の言葉しかない。


「別に良いじゃないか」


 しかし、シーアはサラリと答える。

 悪びれる様子なんて僅かにも無い。


「なにが良い、だ。側にいる俺の迷惑も考えろ」

「着たい服を着て何が悪い」

「だめだ少しは押さえろ……」


 暗殺者の事を考えてくれ。

 この言葉は最後まで口には出せなかった。

 そっと、視線を斜め上に逸らす。

 カーテンの向こうからシーアが、クツクツ笑って続ける。


「目立つのは私だけさ。君は気にしなくて良いと思うが?」

「側にいる俺も目立ちそうなんだよ」

「何だ、君。さっき好きにしろとか言いながら小言が多いじゃないか」


 思わず口を噤む。

 しかし、直ぐにコホン。咳を零した誤魔化した

 丁度カーテンが開いたのはその時。


 先程アドニスが手渡した一式を纏ったシーアが姿を現す。

 彼女は確認するように、自分自身を見下ろし、ニタリ。アドニスに笑いかける。


「ご満足かい?」

「――」


 先ほどと違って、至ってシンプルな装いだ。だが、十二分すぎるほどに似合っている。

 彼女が纏うのは庶民の服でしかないのに、その場だけが清廉な空気に変わったかのような雰囲気。

 黒い服はやはり彼女の白さを際立たせ、美しさを強める。


 見惚れるアドニスは少しして我に返った。



「――」



 ただ、何も言えなかった。

 口元に手を当て、目を逸らす。頬が赤くなるのが分かる。

 何を言えばよいのか分からなくなったのだ。

 違う。どうしても「似合っている」の一言が出て来なかったと言うべきか。


 そんなアドニスに、シーアは目を細める訳だが。


「君ってさ。好きだよね?」

「は!?」


「――黒色」


 思わず息がつまった。

 ああ、だが続き聞いてそっちか、そう胸を撫でおろす。

 シーアは笑ったまま、アドニスに指を差した。


「ほら、君。頭からつま先まで真っ黒でしょ?」


 言われるがまま、自身を見下ろす。

 といってもアドニスの格好は何時もと変わりないのだが。


 黒いジーンズに黒いシャツ、その上から黒い上着コートを纏っただけの物。

 これは彼からすれば仕事服であり私服だ。

 まあ、真っ黒と表現されれば、ぐうの音も出ない。

 他の衣服も黒中心であるし、新しく買う服も黒が殆ど。


 別に色に指定は無い職場なのだが、そうだなと思う。


「……ああ、黒は……結構好きな色だ」

「つまり、結局君は私を好きな色で染めたって訳か!」


 思い切り吹き出した。

 咳込み、顔を背けて俯く。

 口元に手を当てて、ギロリと一睨み。


「ち、ちがう!なんでそうなる!ただ、俺は、お、お前には――」

 黒が似合と思ったから――なんて言えない。

「お前が、派手が、過ぎるから……」


 だから、口籠る様にポツリ。


「…………君は口うるさいなあ!露出が高いと言ったり、派手だと言ったり。もう、少年が私の服を選んだらどうだい?私はそれでもいいとも!」


 僅かに間を開けて、シーアは眉を吊り上げ珍しく不機嫌そうな表情を浮かべた。


 そのまま、試着室に脱ぎ捨ててある衣服を抱え上げ外へと出る。

 側にある「試着が終わったらお入れください」と書かれた籠の中に服を投げ入れて、改めてアドニスに向き合った。

 後ろ手に組んで、彼の顔を見上げ覗き込む。


「ふん、いいさ。今回はコレで。こういうお洒落もまた楽しい」


 美しい顔がまたニタリと笑う。

 気が付くと、シーアの手に中には財布が握られていた。

 ポケットを確認するが、財布はない。

 どうやらたった今抜き取ったらしい。


 ただ、怒る気も今は起きない。どうせ、購入するのはあの一式だけだろうし。

 そんな真っ赤な顔のままの此方に背を向けて、彼女は紅いドレスを片手に、楽しそうに店のカウンターに向かうのだ。

 なんだかんだ言いながら、あの服を気に入ったのだろうか。


 アドニスはシーアが離れてから顔を覆っていた手を下ろす。

 無駄に高鳴る胸を押さえ、一度深呼吸。

 つくづく思う。


「あ、少年。丁度良い時間だ、おやつにしよう!」


 無邪気に手を振るあの女は。

 そこら辺の任務より、よほど手ごわい。

 最後に、もう一度口元に手を添えて。


「というか、俺は何をしているんだ……」


 そう小さく呟く。




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