広い部屋の中に、その男はいた。
暗い中。その場には彼しかいない。
古びた机の前、古びた椅子に座る。
机の上には
画面が更に大きく光を放ち。音を立てて画面に8つの数字が浮かんだ。
少しして、一つの数字が点滅する。「5」の文字。
「おい、コレはどういう事だ?」
声が響く。色は怒気と困惑に染まり、唯の一言で在ろうとも震えているのが分かる。
その上、問いに答える者はおらず。響き渡る声が消えると、その場は静寂に包まれた。
机でも叩いたか、激しく何かを叩きつける音。
『どういうことだ。コレは!!』
もう一度、同じ声。次は怒号。
溜息が一つ。
画面が点滅する。「4」の文字。
『馬鹿ね。分からないの?』
今度は女の声。淑やかで美しく。
しかし、心から呆れかえるような声。彼女は続ける。
『記事の通りよ』
何か、紙の様なモノを投げ捨てる音。
言葉からして新聞。溜息交じりに言霊を続ける。
『どう見ても皇帝の仕業だわ!』
声の端々から苛立っているのが良く伝わってくる。
また、画面の別の数字が点滅する。今度は「3」
『――せ、宣戦……布告。……でしょうか?』
今度は男。気弱そうな、優しげな声。
だが、此方もまた困惑の色。
「4」が浮かぶ。
「でしょうね」
「4」が肯定すれば。再び、その場が静まり返った。
誰も何も言わない。静寂が流れる。
『あのさぁ。これって、どういうつもりの宣戦布告なのぉ?』
それを壊すのは、幼子の様な少女の声。画面を見れば、別の数字が点滅。「9」
コレに返すように。画面が点滅して、数人の溜息が聞こえる。
「あれぇ?ボク馬鹿にされてるぅ?」
「8」が不満気な言葉を上げる。
たが、その声に不満さは一ミリも無い。
むしろ子供が悪戯して
更に、機械の向こうで腹立たしそうに息を吐く音が数個。画面がチカチカ点滅する。
それでも、「9」はクスクス笑いを止めはしない。
『やめなさい。レベッカ』
「8」が名を呼んだ。
レベッカ。名を呼ばれた少女は、ピタリと笑うのを止める。
凛とした。落ち着いた声色の彼女は静かに続けた。
『皆も落ち着きなさい』
ぴしゃり。圧が掛かる。
その凛とした圧は、機械向こうからでも十二分に伝わり。場の殆ど全員が、彼女の前で押し黙った。
怒りを露にしていた「5」も、苛立ちを露わにしていた「4」も、恐怖を露わにしていた「3」も。
この場を、かき乱そうと目論んでいた「9」も、クスリとも声を漏らさなくなる。
画面を見つつ、彼は思う。
この女の存在に勝てる者は、そういないのだろう、と。
流石「優勝候補」。「女帝」と呼ばれる女だ。
コレを壊したのは、また別の存在だった。画面が光る。
『――恐れながら、疑問を一つ』
画面を見る。点滅する数字は『六』。男は小さく首を傾げる。はて「6」は女であったけ?
名前を思い返すに男であった筈だが。そんな男とは裏腹に「6」が続ける。礼儀が正しい口調で。一度間をおいて。
『『九の王』の言葉は、正しい。――皇帝陛下は何をお考えなので?』
しかし。怒りが隠し切れない声色で。
彼ら……。『10の王』に問いただしてくるのだ。
息を呑んだ『王』は、誰か。
ガタリ。椅子か机か。木造の何かがズレる音が響く。
『――すまない。先日出来た私の協力者だ!無礼を働いた』
今度聞こえるのは、更に別の男の声。画面の点滅を見ればそこには「6」の文字。
声からして50代あたりか。落ち着いた声色なれど、焦りが見え隠れしている。
協力者?男は首を傾げる。この『ゲーム』でそんなものが許されるのか?
男の疑問は周りの王にも同じく気持ちにさせたらしい。
ざわつく様に画面は点滅し、「3」が問いただした。
「えーと。協力者?ソレは、『ゲーム』の……ですか?」
先と変わらず、気弱で優しげな。しかし、不服を混ぜた声。
「3」が皮切りに、他の『王』達からも次々に文句が上がっていった。
『全くだわ。我々の戦いに、いったいどんな部外者をまきこんだわけ?』
『ルールを破る気か!ああ、なんて苛立たしい!素性も何もかも伏せているくせに!』
といっても煩く騒ぐのは「4」と「5」あたりだが
あとはそんな様子を見て「げらげら」わらう「9」あたりか。
「8」。そして男と「10」は沈黙。事の成り行きを見守る様に押し黙る。
先ほども記したが、今この場には『ゲーム』に参加する。『10の王』がいる。
皇帝を王から引き下ろすべく立ち上がった、10人。
王が仕掛けた理不尽な殺し合いを行う『
その全員が、今この場に揃っているのだ。
しかし。どうした物か。
騒ぎ立てる他の『王』の前で、男は顎をしゃくった。
煩い。心の底から煩いとげんなりする。この『王』達の糾弾に。
今、この場に居る『王』が騒いでいる原因は「6」――。『六の王』にある。
もっと詳しく言えば、つい先程声を露わにした『六の王』の側にいる女。名も知らない彼女が原因。
今日は『ゲーム参加者』の協議でとして、こうして集められたのだが。
皇帝の言葉が嘘では無いとすれば。断言しよう。
その中で『六の王』と呼ばれる存在は男だ。断じて女じゃない。
つまりは、先程の『六の王』の女。彼女は完全に部外者である。だから、
これ以上騒ぎが大きくなれば、誰かが
「参加者に相応しくない。失格だ」
と、言いだしそうな雰囲気。「6」も何も言えない。
『そもそも、王様の情報が嘘だったんじゃないの?敵に情報流す?――普通』
そればかりか。「9」が皇帝を疑う反応を示し始めた。
元から自分達に与えられた他の『王』の情報――。
この情報とは自分達から皇帝に脅される形で流した物だ。
『ゲーム』が正式に決まった数日後。各『王』の元に、皇帝の使者が遣わされた。
命じられたのは一言。
「自身の流したい情報を流せ。嫌と言うなら、この場で縛り首だ」
その言葉と共に手渡された書類。
名から出身地。どのような王になりたいか。今現在いる場所。主にどの様に戦い進めるつもりか。
等など、そんな自身の秘密を流すための機密データ。
記載されたものは綺麗にそのまま、他の『王』に流されたという訳。
といっても、「6」の様に名があからさまな偽名と男と言う情報しか流していないモノもいるが。
『……聞き返しますが、自分で書いた情報です。記載されていた情報に出鱈目がありましたか?』
「9」の疑惑に「8」が問い直した。
『王』の情報には自分のモノも記載されていた分、確認できるはずだ。
誰も何も言わない。記載された情報は言い逃れ出来ない程に、自分で記したものだったからだろう。
そもそも、唯一の情報すら疑い始めれば、完全に無法地帯となり下がりそうなもの。
アレでもゲームには平等を心がける皇帝だ。
そんな彼が此方に不利に成り得る、偽りの情報を流すはず無いのだが――。
取り敢えず。「8」。ここは彼女に任せるべきなのだろうが。
だが、彼女は僅かな声を上げる事もしない。
そもそも、こんな下らない会話をしている暇があるのか。
一番の問題は別にあるだろう。そう思いつつ男はテーブルの上。
手元の2つの新聞に目を落とす。目に映るは其々の記事。
1つ「宗教団体、謎の火災。死者数不明」
2つ「ジョセフ皇子、事故死」
『
今、話題にすべきことは此方だろう。
どうやったかは分からないが。コレが原因で、わざわざ自分に接触してきたのではないか?
女ごときで話を変えないで欲しい。どうせ皇帝が協力者を認めた。事実はそれぐらい簡単な物だろうから。
小さく溜息を付いて、この場を設けた「8」を見る。
何か言うべきか。いや、男は口黙る。声も漏らさず、現状を見極める。
暫くは、この煩い『六の王』批判に付き合うかと、もう一度溜息を零そうとした時。
『――だまれ』
低い。今までの誰よりも圧が掛かる声が、響くのだ。
◇
彼は画面を見る。点滅する数は「10」の文字。
いままで、自身と同じように一言も声を発さなかった存在。
男は、ふと目を細めた。
この『王』は良く知っている。
本名を「グーファルト」
一年ほぼ前に唐突に名を上げ。瞬く間にその名を轟かした人物。
皇帝の『
「自由ある国」を掲げ。
掲げる理想の為ならば、何をしても厭わないスタンス。
しかし、何故か彼の名を尊ぶ民衆は後を絶たない。
今では、あの暴君と唯一渡り合えると噂される、産まれ付いての『王』
『10の王』の中で、『八の王』に並び「優勝候補」と名高い人物。それが彼だ。
画面が揺れる。カメラモードに切り替えたか。
ノイズが走り、数秒。一人の男が映った。
歳は30程か。長い銀髪。銀色の切れ長の鋭い眼。
見間違えるわけもない。こうも、堂々と姿を現すとは。流石と言うべきか。
画面の向こう。古びたソファに腰かける。『
『下らねぇ話を続ける暇があるなら、先の話に戻れ。俺達より今は
低い声で、迷いもなく。口沿いするのである。