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22話『ソレは遊び』3



「ふ、ふざけるなぁ!!」


 静まり返った部屋の中。

 誰よりも一番に我に返り、声を振り上げたのは意外にもマリオだった。


 いや、彼が一番に我に返るのは仕方が無いだろう。

 何せ部下の中で、随一に優秀だと判断していた存在が「勝てない無理」と拒絶し。

 そう言わしめた化け物が今、浮きながら此方を見下ろしているのだから。

 マリオの顔は恐怖に染まりあげ、身体は震え、ズボンの中心に染みが広がっていく。


「いいがら、だずけろぉ!!」

 余りに情けなく声を振り絞る男の前で、シーアは口元を押さえて笑みをこぼした。


「いやいや、あんた嘘でしょぉ?きっもーい」

 そう言いながらも相変わらず。興味のない紅い瞳にマリオを映し撮る。


 ふわりと彼女の身体がマリオから離れたのは直ぐの事。

 彼女は空中に浮き。その様子に、多くのエージェント達は腰を抜かし青ざめ。

 残りの数人だけがそれでも彼女を睨み上げていた。


 アドニスはドウジマたちと同じようにシーアを睨む。

 やっと頭が冷静になって来た。


 今この瞬間、シーアと言う存在は危険でしかない。

 ただ何時もの様にナイフを握る様な事はしなかった。

 無理だからだ。この女には勝てっこない。頭が理解して拒絶している。


「くく……ふふ、あははははは!」

 その中で、シーアだけが声を漏らして笑う。

 楽しそうにお腹を抱えて、「けらけら」笑っている。


 彼女は空中で部屋の中を一回りすると、くるり。身体を一回転。

 その刹那。彼女の身体は常闇の中へと姿を消した。

 僅かな悲鳴に、息を呑む音。


 女の姿が消えたのだ。当たり前の反応。

 アドニスも同じ。警戒しつつ、あたりを見渡す。

 アレは穴に消えただけだ。あの女は絶対にまだ直ぐ側にいる。


「……くく、あはははは!!」

「――!」


 笑い声が後ろから聞こえたのは10秒程経ってから。

 アドニスが振り向く暇も無く。その細い手は彼の首元へと伸びて来た。

 長い腕が首元へと絡まる。その手に何かの袋をぶら下げて。

 高らかに笑いながら。シーアは赤い瞳をアドニスに向ける。そして。


「そうだとも!この少年はね。私に負けちゃったんだよ?」


 笑いながら。当然のように、先程のアドニスの言葉を肯定した。

 少年に抱き付き、思いっきり胸を押し付けながら。

 にたにた、にたにた。


「――っ!!!」

 抱き付かれた途端、顔が赤くなっていくのが分かる。


 また、あの感触が背中に広がったのだ。

 この女、買い物をしたと言うのに、何も

 なのに、変わらず無駄に胸を「ぎゅうぎゅう」と押し付けてくる。


 赤く染まるアドニスにシーアは関係なく言葉を続けた。


「でもね。この子は、私の御主人様なんだよ!」


 だなんて、とんでもない出鱈目を。大声で。


 ◇


「なぁ」

 アドニスの表情が一気に変わった。


 何を言っているこの女は、と言わんばかりに目を大きく広げ視線を飛ばす。

 だが「違う」と否定する前にシーアは続ける。


「私はね。取引したんだよ!行く場所が無いからね」

「おい、何を――」

「私の身体を好きにしていいから、側において欲しいってね。少年は快く引き受けてくれたよ!」

「……はあ!!?」


 とんでもない言葉を紡ぐ。

 ニタリと笑って。アドニスの身体に自身の身体を密着させて。

 くるくる指で紙袋を回しながら。


 戯言だ。

 確かにシーアはそんな事を言ったが、彼女の身体にはやましい気持ちで触れたことは一度たりも無い。

 彼女が勝手にくっ付いてくるだけだ。この女が破廉恥なのだ。ソレは確か。

 だのに、まるでアドニスが身体目的で、彼女を側に置いているような言い方をして。


 ニタつく彼女の顔が目に映る。


「お前、何を――!」

「昨日だって、はげしぃくんだから!」

「お前また!」


 彼女の口から出るのは、昨日と全く同じ。誤解しか招かない一言だ。

 周りが僅かにざわつく。

 それでもシーアは、留まる事を知らない。


「今日もさぁ。し・た・ぎ……。態々買ってくれたんだぁ。」

「――っ」


 手にしていたランジェリーショップの袋からピンクの下着を取り出して。

 見せつけるように、胸元へ。


「私に似合うかなぁ、少年。君の好みだよね?」


 だなんて、戯言をほざきながら。周りの視線を一身に浴びて。


 視線の中。シーアは遊ぶようにアドニスの背中から正面へ。

 まるで周りにように、身体を反り返らせた。


 彼女のなまめかしい身体が、露わになる。

 男が理想とする完璧な身体付きボディ

 それが、つややかにアドニスの身体に纏わりつく。


 誰かの生唾を呑む音が聞こえる。

 妙に、冷ややかで、殺気が籠り浴びせられる視線の中で。

「にたり」

 彼女が笑む。心底小馬鹿にするように。まるで心から遊ぶように。

 アドニスに笑いかけていた。



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