「貴族?」
自身の答えに、補足された言葉を零す。
理解できない……と言うように首を傾げるアドニスを前に銀髪は頷く。
「貴方は、この『世界』の貴族は何処までご存じで?」
「……『
問われたので、幼いころに教わったままの言葉を零す。
アドニスの言葉に、2人は微かに笑った。
小馬鹿にするように、綺麗な顔を醜い表情へと変える。
「違います」
「それは古い」
「『組織』は子供に、そんな古い教えを与えているのですね」
「殺しだけしか真面に教えられないのですか?」
見下したように、2人は笑い続けた。
アドニスは何も言わない。
別に『組織』が悪く言われようが、自分が馬鹿にされようが、興味が無い。
自分の持つ知識が古い物だとして、残念なことにアドニスには関係も無い事だからだ。
なにせ彼らは『組織』に飼われる『世界』の犬だ。
猟犬に税を払う必要もなければ、戸籍も無いし、存在もしない。
そんな彼らが貴族の仕組みなど、興味が有る筈がない。
頭でっかちなカエルあたりは知っていそうで。『標的』になれば、
なんにせよ、笑う二人を前にアドニスは無言で嘲り笑いが止むのを待つ。
何も反応しないアドニスに苛立ちを覚えたのか、2人は笑みを無くした。
そして、心底腹立たしいと言わんばかりに金髪が口を開く。
「――『貴族』とは皇帝の真似事をする不届きものです」
まさにゴミを思い浮かべるような表情と声色。
隣の銀髪もおなじだ。綺麗な顔をゆがめ切って口を開く。
「あれらは税を集め皇帝に収めると名目で、国民から税を搾取しています。確かに貴方の言った
――でも、と。金髪が続ける。
「あれらは、それを自らの懐に入れている。此方が要求するよりも倍額を自分の物としている」
銀髪が口を開く。また次に金髪。
「かの領地の民は皆飢えに苦しみ死んでゆきます」
「それら全てを我らが皇帝陛下のせいとする」
「陛下は愚かではない。民草を飢えはさせても無駄に殺しはしない」
「そんなのは愚行モノがする事だ。牝牛を殺してどうする」
「それを理解できない『貴族』と名乗る馬鹿が、無駄に税をむしり取るのです」
「こちらが貴族どもに倍額を要求すれば、馬鹿の一つ覚えのように
金と銀が交互に、交互に。つらつらと、つらつらと、言葉を零していく。
止めはしない。此処で口を挟むことはしない。聞き流すだけだ。
この男たちは心から皇帝を愛している男妾たち。
口でもはさんで、「お前に皇帝陛下を思う気持ちは無いのか」なんて八つ当たりはご免。
「そもそも」
三分ほど経ったか。そう、まるで一呼吸置いたのは、何方だったか分からない。
分かったのは、まるで合わせたようにその後に二人が。
「「そもそも、その制度はすでに皇帝によって廃止されている。
そう見事に思うまでに、同時に言葉を言い放ったと言うぐらいだ。
そこで、漸く二人は口を噤んだ。
また少しして金髪が口を開く。
「分かりましたか」
と、首を傾げる。首を傾げたいのは此方の方なのだが。
ただ一つだけ気になる事はある。
「なぜ国民から直に税を取らなかったので?」
この問いに銀髪が口を開く。
「そうですね。あなた達は税を免除されていますから知らないでしょうが。簡単に言えば、今の税の取り方は普通であれば。銀行を通して一ヶ月分の税を支払う事になっています」
「引き落としされると言えばわかりますか?」
まあ、分かりはするが……。
だが質問の余地を2人は与えてくれない。
金髪が終わったのだ、銀髪が口を開く。
また、交互に交互に。
「ですが城下から離れた領地では、ソレが浸透していない。銀行すら作られていない村もある。」
「世界は広く。小さな領土など、我々も其処までは完治できていない。
「いえ、発展させない――方が正しいですね」
「一応。
「しかも。一応、初代皇帝から。その領地を任された貴族どもですから。その領地に住む者達は、彼らの言葉を疑わないのです」
――分かりましたか?と、銀髪。
つまり、領地の国民たちは貴族の言いなりになって、皇帝の話を聞かないと。故に皇帝が上げた制度が浸透しない。簡単に言えば、こうか。
それは王が一人しかない『
その為の貴族制度の様だが。それでも世界を見渡すには不十分。いや、裏目に出たか。
だが、どうせそんな街や村は貧しい。
一つや二つ、見捨てても構わないと判断され、皇帝も今までは、目を瞑っていたのだろうが。
ついに貴族はやり過ぎてしまったと――。
『牝牛を殺すより、飼い主を殺した方が効率的』
つまり、ソレが「ジョセフ皇子の側近を殺した理由」
少なくとも、今貴族たちは震えあがっている事だろう。
真相を知らないのだ、貴族だけとは限らないが。
アドニスが理解したところで、金髪が口を開く。
「でも、ご安心を。……『ゲーム』終了後。『貴族制度』は完全に廃止致しますので」
それはとても嬉しそうに言う。
彼らが言いたいことは既に理解した。
だのに、聞いても無いのに2人は機嫌よく答える。
その情報。ただの殺し屋に言っても物なのか。
疑問に思ったが、胸の内に留めて置くことにする。――この2人、余程貴族が嫌いらしい。
「理解出来ましたか?」
再び金髪が問う。
まあ、彼らが言いたいことは、十二分に理解はした。
アドニスは口を開く。
「分かりました。つまり殿下に従った『貴族』は愚か者という訳ですね。だから殺されて当然だと」
この発言に、金と銀は初めて笑みを浮かべた。
面倒だったので、簡単にまとめただけだったが、彼らは気に入ったらしい。
「はい、その通りです。アドニス」
銀が言う。
「貴族だけでなく、自称投資家連中もです。投資家と言ってもジョセフ様に付いたのは粗末な連中ばかり」
金が言う。
「皇帝陛下に痛手はありません」
銀が言う。
「「むしろ、これで陛下の暮らしは、より良いものとなる」」
金と銀が言った。
アドニスは小さく息を付く。
もうこれ以上彼らと話す気はなかった。
それでも目の前の男妾たちは一方的に続ける。
「これでジョセフ様についていた民草も目が覚める事でしょう」
「むしろ感謝する事でしょう。憂いが減ったのですから」
「ジョセフ様の名を上げていた国民たちは、所詮『貴族』に騙され貧しい暮らしを強要されていた者達ですから」
「これで喜んで皇帝の名を呼び、彼を讃える事違いないでしょう」
アドニスがうんざりしているとも気が付かず、続ける2人。
『貴族』が居なくなったところで何か変わるのか?
別に、税は無くならないだろう。
そう思ったが、口にしない。減税ぐらいはするかも。そう考えておいた。
しかし、ここまで皇帝酔心しているとは。
前の二人を見て、アドニスの頭に浮かぶのは同僚のアーサーだ。アイツも同じぐらいの皇帝信者。
まあ、こんな『組織』に居るのだ。自分含め、皆が少なからず皇帝信者だと自覚はしているが。
そんな、アドニスの考えも全く気付かず。前の二人は笑う。
愛する陛下でも思い出したのだろう。うっとりと。
「――それではアドニス。他に質問はありませんか?」
ふと、突然思い出したように問いかけてくるのだ。
アドニスはもう何度目かも分からない溜め息を付く。
もともと問いかけたかった質問は2つだけ。答えを得た以上、もう質問はないが。
2人の様子を見て、何かを求めているその顔に気が付いてしまい、仕方が無く口を開く。
「ありません。――ああ、皇帝陛下万歳……」
前の二人は、ソレは機嫌よさげに笑みを浮かべ、拍手を送るのであった。