――ある、男の話をしよう。
ある所に強さだけが取り柄の世界が存在する。
その世界では魔法なんてモノはない。
精霊だとか妖精だとか、そんな神秘は無い、科学が発展した世界。
虫と植物と、動物……。
そして、人間が頂点に立つ、至って普通の
その世界で唯一異常と呼べるものがあるとすれば、
人間の身体に《限界》と言うものが存在していないと言う事だ。
鍛えれば鍛える程その者は強くなる。
限界が無いから何処までも強くなれる。
死ぬほど鍛えれば、神の領域だって越えられる狂った世界。
でも、人間である以上それは決して訪れない。
それは仕方が無い事だ。
身体に限界は無くても生き物である以上避けられないものがある。
――それは、老いて死ぬと言う事実。
生きているのなら避けようもない、どうしようもない事。
いつか受け入れなくてはいけない平等。
加えて人間には心と言うものが存在する。
心と言うのは、身体よりも脆く弱い。
つまりだ。
身体に《限界》が無くても心が《限界》を決めてしまう。
どれだけ身体を鍛え、精神を鋭く成長させても。
老いる程に人は自分から「もう無理」だと《限界》を定めてしまう。
《限界》を決めてしまった人間は驚くほどに弱り、それ以上は強くはなれない。
この世界は。
人間は生きている限り何処までも最強で、
生きている限り決して強くなりきれない矛盾した世界……。
でもそれはきっと正しいのだ。
心があって、生きているからこそ、必ず訪れる人らしさ。
――そんな世界で、その男は生まれ落ちた。
《限界》のない世界で、結局は自分から《限界》を定めていく世界で、
その男は唯一、永遠に《限界》を持ち合わすことなく生まれ落ちた。