「あいつら」
黄金の重鎧をまとったデメトリオを筆頭に、男たちが列をなして歩いていくのが見えた。どいつもこいつも剣や槍や盾や弓を携えているから、ちょっとした遠征レベルの装備だ。多分、壁の外へ調査に出かけるんだろう。
どいつもこいつも余裕のない面をしていた。焦った顔。不安げな顔。あるいは戦いの予感に滾ったのか気炎を上げている奴も居るが、あれは多分カラ元気だろう。外は排斥騎士団の領分だから、魔風の停止にやつらが出てくるのも理解できる。
まぁ武装して出て行ったところで何にもないけどな。外の様子は俺が確認済みだ。だがまぁ、いっちょ茶化してやろうと思い声をかけた。
「よう、ぼんくら共。んな血走った眼しなくても、しばらく風は吹かねぇし、異化獣も減るらしいぞ」
「ジョバンニ!?」とギョッとした顔をした何人かが俺を見るが、「道化師なんかほっとけ」「あいつはもう仲間じゃない」とひそひそ話で素通りをしていく。
つまんねー反応だな。感じワリィ。もっと会話しようぜ。
だが俺はその隊列の中に、ひときわデカい辛気臭い顔をした男を見つける。イヴァンだ。素肌に直接革の半鎧をまとい、筋骨隆々の身体をさらしている。その肌は炭色に変色しちゃいるが、誰よりもデカい武器を担いで歩くさまは誰より戦士然としていた。俺は横を歩くクロエに「ちょっと待ってろ」と伝え隊列に並走する。
「よぉ、でかぶつ。具合はどうだ? 最近戦う機会が無くて泣いてるんじゃねーかと思ってたぜ」
「ジョバンニか……。おかげ様でな。まだ生きてるよ」
「最近出番無かったから暇だったろ? 妹も息災かよ」
「団の宿舎で大人しくさせてる」
もっと不機嫌かと思ったが、イヴァンは思ったよりも穏やかに返事を返してきた。
「……そりゃよかったな。ところで、お前らどこいくんだよ。遠見台から報告が来てるだろ。異化獣は居ねーぞ」
「中央から団長に指令が来たんだ。大規模な調査をしろってな」
「へぇ、中央からね」
壁から遠い東の中央区はデーンブル全体を支配する貴族や人黎教のお偉いさんが居る場所だ。基本的に好き勝手に異化獣狩りをしている『金獅子』だが、命令を出す人間はいて、たまにこういう依頼も来る。
「風が止んだのは、お前に何か関係あるのか?」
「あると思うか?」
「知るか。知らないから聞いたんだ」
「あるかもしれねぇなぁ。お前らが死にたがるから、風止めてやったって言ったら、泣いて感謝でもしてくれるのかァ?」
「はっ、ぬかせよ」
なんて言いながらも、イヴァンの口端が歪む。死にたがりの法則主義者のコイツだが、流石に魔風が止まったことに悪い気はしていないらしい。
「このまま異化獣が居なくなりゃ、お前らもお役御免だな」
「ふん、異化獣は消えねぇだろ。今まで消えた事なんて無いんだ」
「分からんぞ。このまま風が止まり続けたら――」
「いなくなりますよ。いずれは、ですけど」
いつの間にか追いかけてきたらしいクロエが口を挟んだ。
「おいジョバンニ、この娘は? 知らねぇ顔だな」
「最近できた知り合いだ。頭のおかしい救世主様だ」
「おかしくないですー!」
おかしいだろうが。俺と同じでな。
「テメェ、団追放されてヒモになったかと思ったら新しい女連れやがって。聖堂のあの子が泣いてんぞ」
「リコは最近どうしてる?」
「お前が全然かえってこないって落ち込んでたよ。生きてるならいいけど……ってよ」
「もうすぐ帰るって伝えといてくれ」
「自分で伝えろカス」
俺に負けず劣らず口の悪い奴だ。
「なぁ、何の調査するんだ? 異化獣が居るかどうかか」
「どうして部外者に話さなきゃならん」
「獣が居るかどうかは、遠見の報告で事足りるじゃねぇか。そのほかに何かあるのか?」
「……知るか、と言っただろう。そもそも俺たちだって混乱しているんだ。団長は何も言わん」
「ほー、あの話したがりのデメトリオが何も言わねぇか」
視線を隊列先頭のデメトリオに向ける。
後ろ姿からは何を考えているのかは分からなかった。
「もういけ、俺たちは仕事だ」
「おい。待てよ」
追い払うように手を振りイヴァンは行ってしまう。
「ジョバンニさん。私たちももう一回、外に出ましょう。あの人たちと一緒にですよ」
「ん。なんかあるのか」
「えっとですね。あの人達が調査するなら丁度良いので……」
◇◆◇
「これは……」
外の景色を見たデメトリオが絶句した。
魔風が吹かない外の様子は以前のそれと何もかも変わってしまっているからだ。
草木もまばらな荒野だった土地には、早くも新しい草木が生えはじめ、腐った水が澱んでいた川には綺麗な水が流れていて。そこに差す、雲に邪魔されない日差し。
飽きるほど見てきた魔風吹く荒野とは別の景色に、金獅子たちも動揺を隠せないでいるようだった。
「まったく違う場所だな」
「風が運ぶ雲がないからか、遠くまで見渡せる」
「こんなに開けてたのかよ……」
「魔風の影響がなければ、この土地はこうなんですよ」
どよめく奴らを前に、率先してクロエが先を行った。「おい嬢ちゃんあぶねぇぞ」なんて声も聞こえるが、救世主サマはそれで引くタマじゃないな。気にせずどんどん先へ進んでいった。
「んー、自浄作用はきちんと働いてますよね。これなら耕作地にもできるかな? 川もきれいだし、水源も復活してますね。皆さん、あっちの丘の方へ行ったことは?」
「あの子は誰だ?」
「道化師の連れらしい」
「一般人が外に出ていいのかよ?」
「さっきジョバンニが団長と話してたから良いんだろ」
本当はいいわけ無いんだがな。デメトリオのおっさんには、「アイツどうも中央と関わりがあるヤツらしい。風が止まる事を知ってたんだ」程度の話をしただけだ。
おっさんは
「じゃあ良いな。好きにしたら良いんじゃないか」
なんて、どうでもよさそうな返事をするばかりだ。相変わらずやる気のないうえに、何を考えてるのかわからん。
「あ。みなさーん、こっち来てください!」
丘を登りきったクロエが俺たちを呼ぶ。その丘は壁の先にあって、魔風をいくらか弱めていてくれた『風遮りの丘』だ。排斥騎士は基本的にあの丘を越えてきた異化獣を相手にする。
あの先からはさらに強い風が吹いていて、誰もがいけなかった。唯一俺だけは越えたことはあるが、それでも魔風が視界を遮り見通せなかった場所だ。
「へぇ……」
それを越えたら驚いたね。一望できる広い土地が広がっていた。
さらに石作りの建物と、ところどころ砕けた壁が点々と残っているじゃねぇか。殆どが壊れていたが、それは確かに人工物だった。
「大昔の街と壁ですね! 昔の人が作ったけれど、異化獣に壊されて放置されたんだと思います。あれを修理したり、建築資材にして新しい街を作れば、もっと人が生きられる場所が増えますよ。後は、水場の確保と、木材の調達もして……。んー、時間との勝負ですね」
顎に手を当てブツブツと呟きながらクロエはまだまだ先に進もうとする。それに団の一人が声をかけた。
「嬢ちゃん、あんた」
だがクロエは、それに振り向きもせず答えた。
「風が止まったからってそれで満足しちゃいけません。仕事は山積、でも時間は有限! 早く早く早く。とにかく急がないと。いまから始まるのは、人類生存をかけた一年なんですから!」