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第7話『道化師は行き先を探す』

「って事で排斥騎士クビになった。リコ、今日から養ってくれ」

「……はぁ?」


 聖堂で今から客の相手(もちろん負傷者の治癒の事だ。聖堂のシスターは娼婦じゃねぇんだからな?)をするところだったリコに、金獅子団から追い出された事を伝えに行ったら、死ぬほど嫌な顔をされた。


「何でどうして? 君、金獅子団の秘密兵器だったじゃない」

「『追放決闘』に負けた。勝ったのはイヴァンだ。アイツは強いからな」

「え、でも……、うそ金獅子大丈夫なの?」

「大丈夫だろ。まだ団員は結構いるし。いざとなったらデメトリオのオッサンが戦うさ」

「え、でも……うそぉ」


 どうやらリコは俺が負けた事が心底信じられないらしく、柄にもなくオロオロしてやがった。それからひどく不安そうな、泣きそうな顔をする。考えてる事は分かるぜ。俺が死にに行くんじゃないかって思ってるな。


「じゃあジョバンニどうするの? 壁の外……行くの?」

「それはしねぇよ。法則通りってのは嫌いだしな。そもそも【道化師】は純粋な戦闘用の法則じゃない。どこにも最後まで戦って死ねなんて書いてない」


 ――――――――――――

 法則ルウル【道化師】

 その者、おどけ、人を楽しませるべし。あるいは、人をあざけり我に返す役目を追うべし。魂を揺さぶり、真理に到達する者の手を取り、共に踊るべし。

 ――――――――――――


 って感じ。合ってるはずだ。ちゃんと聖典借りて調べてきたからからな。


「ん、確かにそうなの、かも……?」

「まぁ、これからは壁の中で適当に馬鹿やって生きるさ。でもよ、そのためにはちょっとだけ金が要てさ……な?」


 俺は黙って手を出す。さてリコはどういう反応をするだろうか。


「それで私のところに来たんだ……」


 拒絶されるだろうな。馬鹿にしないでと怒鳴られるかもしれん。

 いっそそうしてくれた方がよかったんだが、そういう事は全然なくて。リコはうーんと唸って自分の手荷物から金貨を三枚取り出した。


「はい、これで足りる?」


 マジかよこいつ。何の躊躇もなくデーンブル金貨を出しやがった。これは東の奥の商人連中も扱う信用度が高い金だ。しかも三枚? 排斥騎士の一か月分に近い金。聖堂勤めって文字通り命張ってる排斥騎士よりよっぽど儲かってやがるな。


「もっと必要だったら言ってね? 聖堂のお給料結構いいし。あ、ジョバンニ家は? 前住んでたの団本部の空き部屋だったでしょ? 帰るあてはあるの?」


「いや、それも無いな」

「じゃ、じゃあ、うち来なよ! 最近引っ越した結構大きい部屋!」


「おお、良いのか」

「うん、うん! ジョバンニが良いなら良いよ! あ、でも家わかんないよね。ええと聖堂が閉まる時間分かる? そのころ来てくれる? 一緒に返ろ?」


「お、おお……」

「絶対! 絶対だからね!」


 執拗に念を押しながらリコは聖堂の中に消えていった。

 なんだあれ、アイツ俺の事好きすぎだろ。好意はうすうす感じてはいたが、あれほどあからさまだと照れる気にもならんな。


「しばらくリコに厄介になる。それで団の事は忘れて……、何するかな」


 リコから渡された金をもって俺は考える。

 とりあえず何を買うか。酒か、飯か、あるいは女か……。


 俺はもう排斥騎士じゃない。

 戦わなくていい。

 戦うのはあいつ等だ。戦闘のための【法則】を押し付けられて、それしかできない筋肉馬鹿ども。


 多分死ぬだろう。イヴァンたちだけじゃなく異化変異が進んでるヤツラは多くいる。

 死んだらまた東の中央区から補充が来るんだ。戦闘系の法則を持った、それしかできない荒くれが。


 そして戦って、また死んで、その繰り返し。

 俺は関係ない。

 関係ない。


 関係は、


「——必要なのは、剣だな。できれば大量。それに食料。あー、三枚じゃ足んねぇかもな……」


   ◇◆◇



 デーンブルの外壁は、西の果てから吹き付ける魔風から人を守るために、北と南に長く伸びている。まぁ伸びてると言ってもずっとまっすぐじゃない。それぞれ内側にゆるくカーブを描き、奥へ奥へを伸びて、やがて途切れている。


 その区切られた東側が、いわゆる人類生存域。魔風吹きすさむこの世界で人が自らの生命活動が保証するために作った石と土の境界線の内側。行ったことはねぇから聞いた話だが、そこには農地があって食料を生産してるらしい。中央に住む人間は戦いとは無縁で、穏やかに暮らすという。戦うのは壁の近くに住まう俺たちだけってわけ。


 そして外は荒野だ。魔風が吹く死の大地。


 つまりここは、西に向かって突出したU字の先端に位置する砦の街だ。異化獣はここを襲う。

 なぜだか分からねぇが、ここだけを襲う。執拗に襲う。殺しても殺しても狂ったように同じところを狙い続ける。そういう習性だ。


 逆に言えば、ここだけしか狙わねぇ。だから金獅子団みたいな、比較的小規模な武装集団だけで防衛が可能だった。


「近づいてくるのは、竜型が三頭、熊が十二匹、あと蛇がたくさん……、まぁ大量だな」


 リコからもらった金を大量の剣や槍に変えた俺は壁の外側に居た。

 空はどんよりと濁り、まだら模様の雲が凄い勢いで飛んでいく。


 西から東へ吹く毒の風が今日も強い。


 西の果てを睨みつける俺の身体が、絶えず瞬きを繰り返し、その輪郭がぼやける。

 魔風の悪影響を【幻想霧身ミストミラージュ】が攻撃だと判断し自動で避けやがるんだ。このおかげで俺の身体には魔風変異が及びにくい。


 よく考えれば、最初からこうすればよかったんだ。

 わざわざ外に出てたらすぐに死んじまう雑魚どもと群れる必要なんて欠片もなかった。俺は俺単独でいつまでも外に居られるし、いつまでも戦えるじゃないか。


「あの雑魚どもが死にに来る前に、異化獣根こそぎ殺しきりゃいいんだよ」


【怒りの矛先をヤツに向けろ】アンガーターゲット&ヘイトソング

 飛ばす得物さえあれば、俺一人で大軍とだって戦える。


「気に入らねぇもんは気に入らねぇんだ。クソみたいにむしゃくしゃする。この気分の悪さはどうしようもねぇ。別に人助けとかどうでもいいんだよ。ただ気分が悪いからこうしてるんだ。だからよ、クソども、俺のストレス発散にちょっとばかり付き合えやァ!」


 俺の号令によって、金貨三枚分の鋼の塊が異化獣の群れに降り注いだ。


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