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第6話『追放決闘』

「で、だァ? てめぇら何で俺を追放したいんだァ? 怒らないから理由ワケぇ言ってみろよオラ!」

「全部だよ、全部! てめーの全てが気に食わねーんだよ。腰抜け!」


 先陣を切ったのはイヴァンだった。元々大男なコイツは、四肢が揃うと完全に俺を見下ろすほどだ。奴の黒ずんだ身体から生える丸太みてーな両腕が斧を背負い構えを取る。


「【爆砕戦斧アトムブレイク】、テメェら退いとけ。巻き添えになるぞ」


 イヴァンの周囲に周りの空気が揺らめくほどの闘気が満ちる。法則ルウル【剛斧闘士】の十八番オハコ【爆砕戦斧】闘気を纏ったその刃は触れるものすべてを粉砕する破壊の力だ。


「行くぞオラ、ちゃんと死ねよジョバンニィ!」

「はっ! やってみろよ肉達磨ァ!」


 コイツはでかい図体に似合わず速度がある。酒場の床が砕けるんじゃねーかと思うほど力強い踏み込みと共に暑苦しい顔が迫ってくる。だがんなもんに気を取られてる時間はないぜ。射程に入れば即イヴァンが握る戦斧がぶっ飛んでくるからだ。

 戦闘中は【幻想霧身ミストミラージュ】で存在を希薄にしている俺だが、どんな攻撃もすべて無効ってわけじゃねぇ。俺の身体は、確かにそこに在る。ただ霞のように存在が薄まっているだけ。


 だから触れるものすべてを粉々に砕くイヴァンの刃は有効なんだ。


「当たるかよ間抜けェ!」


 であるから俺はひらり身体を一回転、攻撃をかわす。視界がぐるりと回り、イヴァン、天井、まわりのギャラリーども、床、反対側のギャラリーと順繰りに移り変わる。


 その視界の最後に、弓につがえられたいくつもの矢が見えた。


“矢よ矢! 落ちろ曲がれ折れて腐れ!”


 反射的に発動させた戦場の脚本ルール【怒りの矛先をヤツに向けろ】アンガーターゲット&ヘイトソング。それに影響され矢は俺に向かわず四方八方に散っていく。その中の数本は射手に返してやった。イヴァンの馬鹿やろうにも向けてやったが、斧で全部叩き落としてやがったが。


「くっ、たばれ道化師がぁ!」


 続いて切りかかって来たのは剣を持った男だ。ひょろりとした間抜けずらの飲んだくれで、身に宿した法則は【剣闘士】。まぁまぁありふれた法則だ。そいつが両刃の剣グラディウスを突き出し突進してくる。


「不意打ちすんなら叫ぶなよ能無し。テメェがくたばれよ! "見つけた馬鹿者愚か者。殺気立っては危ないぞ。よく見ろ馬鹿が、そのなまくらは、己の手を切る。持ち手が逆だァ!”」


 瞬間、剣が跳ねた。俺の口上による戦場の脚本ルールが男の腕に強制的な動きを強要したんだ。不規則に収縮した腕の筋と健が手に持つ刃を跳ねあがらせ、剣は逆に男の肩に突き刺さった。


「ぎゃあ!」


「ははっ、どうしたどうしたァ⁉ テメェらの本気はその程度かぁ? 俺を追放してよォ、ぬるま湯みてぇな仲良しこよしの自殺志願者で異化獣狩るんだろぉ!? 生き急ぐならそれ相応に頑張れオラ! 気合見せろや‼」


 床に落ちた矢を数本拾いあげ、振りかぶる。


"矢よ! 疾くと走れ‼”


【怒りの矛先をヤツに向けろ】アンガーターゲット&ヘイトソングを使う俺ならば矢を飛ばすのに弓は不要だ。手を離れた矢は、次の行動を起こそうとしていたすっとろい数人の腕を容易く打ち抜いた。


「弱えぇ、弱ぇえ‼ テメェらそんな弱さで俺に歯向かうとはふざけてんなァ‼」


「クソっ、やっぱ戦うと強ぇ……」

「誰だよジョバンニは避けるしか能がない腰抜けだって言ったヤツ⁉」

「馬鹿! 話してないで戦えよ!」


 有象無象の雑魚、ゴミ、無能。

 どいつもこいつも圧倒的に弱ぇ。お前らそんなに弱いのに、何で戦おうとするんだよ。


 群がるボケカスどもを吹き飛ばしながらも俺は悲しかった。こんなに雑魚なのに、こんなに馬鹿なのに、何でわざわざ危険な壁の外で戦って死のうとするんだ。一生引きこもって普通に暮らしときゃ良いじゃねぇか。


「イヴァンもだぞテメェ、それから後ろで座ってるパルカァ、テメェもう動けねぇんだろ? こないだの戦闘が最後の戦いだって言ってたもんなァ! ≪白化アルベド≫が進んで戦う気力すらそがれたかァ!」


 拾い上げた両刃の剣グラディウスを振りかぶって投げる。座ったまま曖昧に微笑むパルカ、狙ったのはその喉元だ。直撃コースで必殺の一撃だが、あれが当たることは絶対にないだろう。


 パルカの前にはいつだって、イヴァンが立っているからな。


「妹は法則に従い戦って命を終える事を望んだ! 俺はそれを叶えたかった‼」


 叩き落された両刃剣グラディウスが粉みじんの塵芥に変わる。あれに当たったらと思うとぞっとするよな。葬式と死体の後始末が要らねぇのはお得だがな。


「テメェが邪魔したせいで妹は戦って死ぬ機会を失った。永遠にだぞ!」

「ハァ⁉ 俺のせいかよ。だぁかぁら、戦って死ぬ以外の余生の過ごし方、考えろっつてんだよボケがァ‼」


「テメェが決めんなよっ! クソボケ! それに『法則に従え、望まれるままに生きろ』だろうがこのカス‼」

「あァ⁉ それが、そもそも間違えっつってんだよ、石頭ァ‼」


 適当にその辺に落ちてた短剣を拾いあげ【怒りの矛先をヤツに向けろ】アンガーターゲット&ヘイトソングで投擲。迎えうつイヴァンはそれを易々と打ち砕く。


「テメェはいちいちひと言多いんだよ、黙ってろよ道化ェ!」

「耳がいてェのは、図星だからだよアホが!」


 投げる、投げる、投げる。

 砕く、砕く、砕く。

 俺とイヴァンの罵声の応酬の合間に最中に投げられた物体が、ことごとく塵に変わる。


「俺の新調したばっかりの武器がぁ!」なんて声が後ろから聞こえるが知った事かよ。そもそも『追放決闘』を始めた時点で死ぬか生きるかだ。金や装備の心配なんかしてる場合か?


「あの日の戦闘はよかった。戦って戦って、戦い抜いて。パルカも満ち足りてたんだ。なのに頼んでもねぇテメェがしゃしゃり出てきやがって、妹の尊厳台無しにしやがったァ!」


「石にされて化け物の餌が本望だったかよぉ、テメェらの趣味もたいがい終わってんな!」


「違うだろう! 戦って死ぬことに意味があるって言ってんだよ!」

「ああ⁉ んなもんに意味なんてあるか! テメェらみたいな雑魚には特になァ!」


 投げるつける得物がついに無くなった俺は、近くにあった椅子やテーブル、果ては食器の類にまで戦場の脚本ルールを付与する。


 俺の言葉によってそれらは凶器となって酒場の広間を舞う。蝗の大群の如く飛ぶかかる家具や食器やその他もろもろを、迎え撃つイヴァンは戦斧の一振りで消し飛ばしやがった。


「俺だってそうだ、もうあれでよかったんだよ!」

「あのイモムシみてぇなみじめな最後がお望みかよ。あの姿は傑作だったがな!」


 投擲するものが無くなった俺は床を蹴り駆け出した。速度は限界まであげ、極めて低空で。床すれすれを疾駆しイヴァンに肉薄する。


「テメェ異化症末期のくせに、元気すぎんだよ! それだけ元気ならまだ生きろやクソがよぉ!」


 手中には最後の小剣。俺だってなぁ、近接戦闘もそれなりにできんだよ。


「どう生きようが、俺たちの自由だ!」


 イヴァンの身体が近づく。半裸の肌が見える。そのほとんどに波打つ炎のような歪な黒い模様が見えた。異化症の第一段階≪黒化ニグレド≫の身体変化だ。


 ≪黒化≫は魔風による変異症の中で最も早く出て、最も進行が早い。身体がクズ鉄みたいに変わって、鉛のように重くなる奇病。イヴァンは末期だが、これだけ症状が進んでるのに俺と同等にやりあえるのは驚異的だ。


 ヤツが斧を構える。迎え撃つ気だろう。


 だが、こっちにその気はねェよ。近づく素振りで攪乱して背後から一刺しだ。テメェはパルカの前から動かねぇだろ? と思ったのが悪かった。直前にガギンッと鈍い音が響く。イヴァンが踏み込み、戦斧を振り下ろしやがった。とっさに得物で受けたが、ガッチリ組み合ちまった。せめぎ合いはマズイ。


「珍しいじゃねぇか、幽霊野郎が真正面から来るとはな?」

「投げるもん、なくなったんだよクソ」


 刃のプレッシャーがのし掛かる。じりじりと態勢が崩される。

 くそ、力で筋肉だるまに勝てるかよ。この野郎。


 いったん離脱を、とも考えるが組み合ったが最後イヴァンの馬鹿力のせいで動けそうになかった。


「鶏どもに遅れをとったのは、パルカと一緒に逝くためか?」

「ああ。そうだ。妹はどのみち、長くねぇからな」

「俺とマジでやりあって勝てるなんざ、テメェぐらいだよボケ」

「がはは! だろう。無敵のイヴァン様は強いからなァ」


「そうだね。兄貴は強いんだ」


 イドンの背に隠れて座るそばかす娘のパルカ。チビの癖にやたらと五月蝿くてすばしっこかったそいつ。パルカも身体も至るところが黒に覆われている。虚ろな目をしてふらりと立ち上がった。白化アルベドが進行してるからか、表情も前みたいな溌剌さが失せてんな。


「アタシと兄貴は一心同体。兄貴が死ぬ時はアタシも死ぬし、逆もそう。だからあの時で良かったんだよ。なのに邪魔して、さ」


 パルカは愛用の曲刀一振りを握っていた。それは首狩りの剣だ。近づく。だが俺は動けない。馬鹿兄貴の斧を受け止めるのに精いっぱいだからな。今手を離せば、頭の先から両断されちまうよ。


「ほとんど動けないアタシだけどさ。あんたの首を掻き切るくらいはできるよ」


 首に刃が添えられる。これを引かれれば、俺は終わりだろう。


「……クソがよ。俺がいなくてもよ、


 俺の捨て台詞が決着の合図だ。


「勝負ありだ! 『追放決闘』はイヴァンの勝ち。今日をもってジョバンニは金獅子団から追放だ!」


 有象無象のカスどもから、大きな歓声が上がった。

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