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第5話『道化師追放……?』

「ジョバンニ、今時間あるか? ちょいと話がな」


 『金獅子』の拠点になっている酒場で強めの酒を喰らって阿呆みたいに死んでた時だ。団長様たるデメトリオが俺を呼んだ。いつも通りの片頬だけ上げた気味が悪い笑顔。何か含みがありそうな雰囲気だ。


 なんだ、どうしたオッサン。ついに隠居して団を譲る気にでもなったか?


 アンタもう爺だもんな。よくぞその年まで排斥騎士して生きてこられたもんだ。でももう駄目なんだな。足くせぇし、尻にできものできてるしな。腰も痛ぇって言ってたし。


 はっはー、いよいよ俺が団長か。そしたら団長命令であのクソバカげた自殺もどきは禁止してやるぜ。とウキウキでデメトリオの後をついていく。


「来たか。道化師」


 そこには、手足を治してもらった大声馬鹿ことイヴァンとバルカの兄妹を筆頭に、団のメンバーがずらり勢ぞろいしていやがった。


「どうした。お前ら雁首揃えて」


 酒でボケた頭でふらふらしていた俺だが、その剣呑な雰囲気にさすがに居住まいをただす。奴らの冷え切った視線を見るに、気持ちのいい話じゃねぇ事は間違いないからだ。


「いやまて、言うなよ。当ててやんよ。……ははん、わかったぞ。さてはお前らおっさんにクビを言い渡されたんだな。お前、無様晒したもんなァ」


 場を和ませてやろうと思って、意識的に軽口をたたく。


「身体はどうだ? 普通に立って歩いてるじゃねぇか。もう死のうなんて考えんなよ。後は俺たちがやっとくからよ。そこに座ってるパルカと一緒に壁の奥の方にでも隠居してだな――」


「黙れよカス」


 道化師らしい軽快なトークで緊張を解いてやろうと思ったのに、イヴァンは険しい顔をしてやがる。それにつられて周りの奴らも睨みやがる。どいつもこいつも殺気立った目でだ。


「嫌われ者のお前に頼むことなんてあるかよ、クソが。俺はお前がもう許せなくなったんだよ」


 そうだそうだ! と回りの肉ダルマどもも同調する。妹のパルカだけがいつもの馬鹿っぽいテンションを抑えて暗い顔をして座ってやがったが。一方俺の傍らに立つおっさんがぽりぽりと顔を書きながら言う。


「こいつら、お前を団から追い出したいらしくてな」

「——へぇ?」


 なんだか知らねーが、愉快な空耳が聞こえやがるぜ。

「俺を『追放』したいと……そう言ったのか、お前ら」


 急激に頭と身体が冷えていく。精神が研ぎ澄まされ心の揺らぎが限界まで少なくなる。戦闘用の思考と心だ。酒の酔いなんていっぺんに冷めたぜ。こいつ等がふざけた事を言いやがったせいでな。


「これ、『追放決闘』だよな。お前ら意味わかって言ってるのか……?」


 姿勢を下げ、藪睨みでボンクラどもを威嚇する。体格的にはそれほど恵まれてねぇ俺だが、目つきの悪さとくぐって来た修羅場の数では団の誰にも負けはしない。


 『追放決闘』という儀式は俺たちの団内でのもめ事を解決するための特殊なやり方だ。意見を通したい奴が、反対意見を持つ奴と戦って、勝った方の意見が通るというシンプルな奴。その結果、負けた奴は団から追放っておまけがつく。


 このボケナスどもは、法則の生き方を頑なに守ろうとするから、排斥騎士団から追放されたならば、ひとりで壁の外に出て戦うことになる。戦闘用の法則をもっていたとしても、たった一人で異化獣と戦うのは無理があるから、大体すぐ死にやがるんだ。だからつまり、『追放決闘』で負ける事は、実質的な死だ。


「この間は、不意を突かれてボコられたけどよ、油断さえしてなきゃああはいかねぇぞ。俺の法則【道化師】はあらゆる攻撃を避けられるんだがなァ?」


「けっ、知ってるさ。てめぇが幽霊野郎だってことはよ。だから今回の団追放の決闘に参加するのは、俺だけじゃねーんだよ。ここに居るヤツラ全員よ」


「へぇ……」


 なるほどなるほどな。

 だからか。うじゃうじゃと雑魚が群れてやがると思ったぜ。


「テメェら、マジなんだ? 覚悟はいいんだな?」


 ドスを聞かせてイヴァンの後ろに並んでる有象無象に語り掛ける。今問うているのは覚悟だ。お前ら、マジで俺とヤる気なんだな? 命を賭けて、と。


「え、あ。いやその」


 流されただけなんだろう根性の無い数人が「おい、ヤバいって」「ジョバンニ怒ってるぞ……」なんて言いながら後ずさりやがる。


 動揺が広がってんな。『追放決闘』は、法則の力を使っても許される。つまりは俺の【道化師】の力をフルに使えるわけ。


「一対多は俺の得意とする所だ。悪いな、デメトリオのおっさん。明日からうちの団員は俺だけだ。新しい使い捨てのゴミを探しに行かなきゃいけなくなるぜ」


「面倒だなぁ。また中央に人買いに行かなきゃいけない」

「外にいやがる異化獣共も喜ぶだろうぜ。美味い肉が大量に投げ込まれるんだから」

「異化獣は飯食わんがな。変異した化け物だから、生態系もない」


「ははっ、だそうだぜ? じゃあお前らの末路は壁の向こうで野ざらしだな」


 俺の挑発に、ヤツら色めき立つ。


 境界領域デーンブルは戦闘用の法則持ちの吹き溜まりだ。

 中央生まれでも、法則を持ってりゃいずれ端に流れる運命で。

 いつも誰かが怒鳴って、殴って罵りあって馬鹿馬鹿しい。


「来いよカスども。どいつもこいつも、きっちりトドメさしてやるぜ」


 俺の挑発に、やつらが思い思いの武器を手に取った。

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