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第4話『黎明のともしび』

 俺だけが信じられずにいた。ハズなんだが……


「あなたは、神様を、信じてますかぁ?」


 聖堂からの帰り道におかしな女に声をかけられた。ぼろ雑巾みたいな薄汚いローブを着ていて、見るからに頭のおかしい女だ。


 くすんだ赤毛を適当に肩のあたりで雑に切り落としているが、前髪は伸ばしっぱなしなせいで顔の半分程度が隠れている。そのわりに髪束の間から覗く目は限界いっぱいまで見開かれ、薄暗い闇の中でもギラギラとした光を放っていた。さらに、半笑いの口からはハァハァと荒い息が漏れている。


 デーンブルの壁の内側に異化獣は居ないが、悪い人間は居る。夜の風防街で若い女が一人でいるのは不自然で、こんなあからさまに怪しい人間がまともとは思えなかった


 この世界ではたまに【詐欺師】とか、【殺人者】みたいな法則を持った人間も生まれる。まぁそういう法則持ちは秩序を乱すから、だいたい子供の頃に殺される。だが、最初の法則選別から漏れて野放しになった奴がいないとも限らない。


 この女がそういう類の人種ではないとは言い切れなかった。


「ねぇねぇ、あなた、神様、信じて無いですよねぇ……?」


「なんだよ、いきなりだなアンタ」

「ねぇねぇねぇねぇ、か、み、さ、ま、はぁ? 答えて、答えて、答えてくださいよぉぉ……、お願い」


 あるいはもしかして魔風で頭おかしくなった女なのだろうか? 元伐採騎士だとかで。だが、魔風症の二段階目≪白化アルベド≫は、思考が曖昧になって心の動きが鈍くなるというもんだ。それ以外の症状は確認されていない。


 であるならば、この女は正気だ。

 正気のまま、法則の神を信じていないのか? と聞いている。

 怪しい。これ以上なく怪しい奴だ。

 なので俺は最大限の警戒する事にした。


『法則の神なんか糞喰らえ』


 それが俺のまごうこと無き本音で、騎士団内でも公言している事だったが、この怪しい女に伝えるのはリスクが高い。


 リコとの馬鹿話で考えた異端を見つけて裁く法則の人間、仮に【火あぶり職人】が居たとしたら、もしかしたらこういう頭のオカシイ奴かもしれないからだ。


「あんた、何でそんな事を聞くんだ?」


「ん? んー……、んふふ。その顔、その雰囲気、もしかして警戒してますぅ? いきなりで驚きました? それは仕方ありません。何故なら私はスペシャルな人間ですから。型に嵌らない人ですからぁ。いきなり貴方の信仰を問うぐらいのサプライズはしてしまうのです! 怪しくないですよぉ。だからあなたの本音を聞かせてください!」


「質問の答えになってねぇな……」


 さらにちょっと支離滅裂じゃね? 女はいまいち訳の分からない事を早口でまくしたてるとその場でローブのすそを翻しくるくると回る。そして再び、


「貴方は、神様を顔をしてます!」


 と決めつけやがった。


 ……なんだこれ。聖堂でリコ相手に、法則の神への冒涜をした俺への罠なのだろうか? 「早く回答してくださいよォ」と、しつこく絡んでくるが、どうも黙っていてもどこかへは言ってくれそうには無い雰囲気もある。


 これは延々絡まれるやつだと察した俺は、嘘をつくことにする。

 ここはきっと慎重な回答が求められる場所だろうからな。


「信じてるぜ? 法則万歳。世の中は法則のおかげで秩序が保たれている」


「!! う、嘘――!! それ嘘! 絶対嘘。認めない! そんなの絶対信じないです――!! やだぁ――!! 信じてるのやだ—!!」


 ……そしたら発狂した。正体不明の前髪女の発狂だ。


 顔をぶんぶんと降って必死で否定しやがる。あまつさえ、よく見たらコイツ涙目になってやがる。その反応があまりに極端だったから俺は面食らう。


「『法則ルウルに従い、法則ルウルの望まれるように生きるべし』……だろ? 普通はそうだろうが」


「! ひどい! 巷で噂の【道化師】さんならそんな型に嵌った考えしてないと期待したのに! かすかな望みを託して遠いところからやって来たのにぃ……、騙されたぁ!」


「……おいやめろ。まるで俺が異端者みたいな言い方をするな」

「異端者が良かったんですぅぅうう!!」


 女は、まぁ若くはあるんだろう。リコを同じくらいの年に見える。だが、世間的には大人な年齢だ。そんな女がびぃびぃと俺の服の裾を引っ張りながら泣きわめきやがる。


「期待したのに! 信じて無いと思ったのに! もう最悪だよ。絶望ですよ! おば様の馬鹿ぁ! やっぱり私だけじゃないですかぁ!」


 と恥も外聞もなく喚く……、いや聞き捨てならない言葉を聞いたな。

 私だけ? と言ったか今。


「落ち着けよ。どうやら俺の事を異端者にしたいらしいがな、まぁ違うんだけどよ。そういうあんたはどうなんだ? 信じてるのか? 神様をよ」


 軽くカマをかけると、よくぞ聞いてくれました! みたいな顔をして女は。


「はい! 私信じてません! 法則なんか糞喰らえです! この世界はおかしいです。不自由です。一刻も早くぶっ壊さないといけません!」 


 と言い切りやがった。


「イライザのおば様は言いました。『仲間を探しな。あんたを西の果て、シンの地まで導いてくれる仲間をね』と! デーンブル外縁壁で噂の悪口屋さん、【道化師】さんなら、なんじゃないかと思ってましたのに!」


 そこまでいって女はよよよと崩れ落ちる。俺の服にすがり付いたままだ。


「うええ……、期待外れでしたぁ。今はまだ、世界の法則支配が強固です。精神への影響が抜けません。でもでもぉ【道化師】さんならことわりの外に居てくれると思いましたのにぃ……」


 法則支配。精神への影響。またわけの分からない事を言った。


「もうすぐ、『止風しふうの刻』が来ますのにぃ。旅立ちが近いですのにぃ……、ど、どうしましょう……」


 事情はサッパリ分からなかったが、どうやらこの女は困ってるらしい。

 なんか泣いてるしな。鼻水も出てやがる。きたねぇな子供かよ。

 まぁ俺には関係ないんだけどな


「よく分かんねーけどよ、まぁあんまり気ぃを落とすなよ。じゃ俺忙しいからもう行くな? じゃーな」


 厄介ごとはごめんだ。

 項垂れたままの女を残したまま俺はその場を後にする。


「うええん、おば様ともはぐれるし、仲間は見つからないし、異化獣は怖いし、助けて私の法則【黎明のともしび】!! あなたの事は大っ嫌いだけど、今だけ助けて!!」


 どうやら奴も変わった法則持ちらしいな。


 この世界では法則に人生が支配される。どうやらあの女も変わった法則を持ったせいで苦労をしてるらしいなと思った。




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