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第2話『道化師は舞う』

「さぁさ、紳士淑女の皆々さま、雑魚による雑魚な戦場に、【道化師】様の登場だ! 哀れな兄妹、イヴァンとパルカ。ふたりの最後の花道は、残念ながら俺が預かった! シケた悲劇はお呼びでない。今にふさわしきは笑える話。どうか、どちら様も我が演劇、御観覧ごかんらんあれ!」


 風にって風になって、俺は戦場の真ん中に躍り上がる。


 法則ルウル【道化師】の技能の一つ。【幻想霧身ミストミラージュ】は俺という存在を希薄にし、重さまでもを失わせ有象無象が戦う上空に押し上げる。その上空で、俺は大声で宣言する。


「上演中のクサイ悲劇は俺の我がままで中断だ! 次なる演目はァ——【道化師】ジョバンニ演出による筋肉だるま(兄)と単細胞(妹)の即興喜劇コメディア・デラルテ、化けニワトリを添えて、だ‼」


 俺の声は打ち鳴らす銅鑼の如く場に響きわたり、団員たちのみならず、鶏の異化獣コカトリスもが上空を仰ぎ見る。


 法則ルウルは、人の生き方を規定すると同時に、法則に合った力をいくつか与えてくれる。俺の法則は【道化師】ならば、道化師らしく我がままに、俺が気に入らないこの状況を手前勝手にひっかきまわす力だ。


「なんだァ……?」

「おい、副団長だよ。昼行燈の道化師様が今さら出てきやがったぞ」

「ケッ、何しにきやがった幽霊ヤロー! 静かにイヴァンの最後見守っとけよ!」

「てかてめぇ、後方待機だろ。出てくんなー」

「失せろぼけー‼」


 排斥騎士団『金獅子』の中からも、声援と野次が混ざった歓声が上がる。つうか、罵声と歓声、十対一だ。圧倒的に嫌われてるぜ俺。


「あー、すまん、副団長ジョバンニがいったァ。しょうがねぇ、大楯隊は今のうちに体制を立て直せ。ついでに射手隊、用意。狙いは適当でいい、数ゥ出せ‼」


 まずは、イヴァンとパルカに群がったコカトリスの一団をどうにかするかと思った時だ、ちょうどいい所でデメトリオの号令が聞こえた。それに合わせ団員の中で【強弓射手】および【魔弓士】の法則を持つ奴らが矢をつがえ始める。


 だが、コカトリス共もそれを察知して動き出した。奴らは鳥頭のくせに知恵がまわる。一方的に弓で狩れない理由がこれだ。こっちをよく見てやがるから逃げ足が速いんだ。不意打ちならともかく、狙われてるとわかってる矢なんぞ当たらねぇ。


 だが、俺が居れば話は違ってくる。


「口に力を、言葉に意思を——」


 俺は俺に課せられた法則ルウルに則り、力を行使する。


“——鶏よ鶏、目潰れ耳腐り、蛇と混じった崩れ鳥。右へ左へどこへ行く。行き先忘れろバカな鳥、朝日はこっちだ”


 俺の吐く言葉が法則ルウルを通して、戦場の脚本ルールに書き換わっていく。その脚本は強制力を伴って、場に存在するすべての登場人物を絡めとる。


 いくぜ。ちゃんと従えよクソ鶏。


“まわれぇ————右ィ‼” 


「ギュガァ⁉」


 号令とはつまるところ、命令だ。俺の放った言葉通りに、コカトリスの群れが指示した方向にぐりんと一斉に顔を向けた。それで足が止まる。その場に縫い付けられ、意思外の行動を強制された鶏どもが憎々し気に俺を睨んだ。


「はっ、ただの役者風情が、はしゃぎすぎなんだよ馬鹿やろう」


 重ねて俺は告げる。


“頭がたけぇ! 全体、伏せ‼”


「ギュウ‼」


 可愛いもんだ。鶏どもが一斉にその場で地に伏せた。


 後方からデメトリオの「放てェ」という命令が聞こえ、俺の身体を素通りし、空に三十を超える矢の雨が現れた。俺はそれを一瞥いちべつし、矢を対象に新たに脚本ルールを告げる。


“——矢よ、矢よ! 従順で愚昧な放たれしモノたちよ! 盲目、猪突、考えなく、射手の手離れどこへ行く。獲物はそこだ。そこなのだ。はしれ愚かな子供たち。【怒りの矛先をヤツに向けろ】アンガーターゲット&ヘイトソング!”


 そう宣言すれば、たちどころに矢たちの軌道が大きく変わった。


 急場で放たれた矢の狙いは甘い。数は多いが、多くはコカトリスには当たらず見当違いの場所に落ちようとしていた。だが、俺の言葉に操られ急激に進路を変える。


 あるものは地に落ちる寸前、息を吹き返し飛びあがり頭上から再び獲物を狙い、またあるものは、燕のようにジグザグに宙を舞い、さらに射勢を増し飛んでいく。


 それらの先にいるのは、無防備な背中をさらした鶏たちだ。


「ギュアァ——‼⁉」


【強弓射手】の貫通矢は獲物の肉をごっそりと消し飛ばし、【魔弓士】の放った炎の矢は刺さると同時に爆炎をまき散らしてその身を焼いた。異化獣たちはそれで統率が乱れる。


 泡を喰ったようにコカトリスたちがイヴァンとパルカのそばを離れていく。それを確認し、俺はボロ雑巾の如くとなった二人の傍に降り立った。


「よ、死にぞこない。元気か?」

「……な、お前、道化ぇ」

「苦戦してたようだから、副団長様が助けに来てやったぞ」


 俺がそう言ってやれば、イヴァンの顔が傑作級に歪む。


「ハァ……? テメェ、おまえ、今何やったか分かってんのか」

「おう。もちろんだ。不細工筋肉だるま馬鹿兄妹が死にかけてたから助けてやったのさ」

「はぁぁぁあああ⁉ おま、何を、ふ、ふざ——」


 酸欠の魚みてーにパクパクと口を開け閉めしてやがる。

 ああ、言いてぇことは分かるぜ。戦葬を邪魔しやがって、ってことだろ。


「い、いつ助けなんか頼んだ!」

「あ? 違ったのか? 聞こえたんだがなァ。『妹だけでも助けてー』ってよ」

「ちがう。これはパルカの奴が、出来るだけ痛みが無く逝けるように——」


 馬鹿が、身を挺して守っていたパルカは兄貴の身体の下で意識を失っていた。ボロボロのひでぇ姿だが、一応生きてはいるらしい。


 イヴァンが必死に守ってやがったんだ。本当は死なせたくないはずだ。だが法則が、世の中の常識が、こいつらに死を強制している。俺はそれが気に食わない。


「ロッソ兄妹、戦葬は中止だ。お前らはまだ死ぬな」

「はぁ? てめーが決めてんなよ、くそが」

「俺が気に食わねぇ。死ぬな」

「だーかーらぁ‼ なんでてめぇが決めんだよぉ!」

「うるせぇ、いいから死ぬな」


 つうか、下らねぇんだよ。戦葬なんてな。


 排斥騎士の寿命は短い。人生のほとんどを魔風吹きすさむ壁の外で過ごすから、魔風症にかかって身体がだんだんと変わっていく。異化症状が進んで行きつく先は、この鶏の異化獣コカトリスと同じような世にもおぞましい化け物になる定めだ。


 でもだからってまだ生きてる間に死ぬなんてな。いくら法則のままに生き、そして死ねって教えがあっても、胸糞わりぃぜ。


「テメェが、身体が異化して戦えなくなってきてるってんなら、妙案があるぜ」


 俺は口に力を、言葉に意思を乗せて、イヴァンに語り掛ける。


“——戦士や戦士。うるさく粗野な無法者。なんて野蛮で愚かな獣。おお、その匂い。臭く、むさいぞ、その顔面。暑苦しさは千里駆け、壁の街へも届きゆき、娘たちすら曇らせる”


「は? お、おい。お前何を」


 俺の法則ルウルから生まれし技能、【怒りの矛先をヤツに向けろ】アンガーターゲット&ヘイトソング。その効果はあらゆるものを告げたセリフ通りに動かす、支配の力だ。


“狩りの後のお前には、街の娼婦ですら逃げまどう。臭い臭い粗野な戦士、誰もが認める猛き戦士! その猛りを受け止めるのは、鶏の尻がふさわしい。そら、鶏が逃げるぞ。お前の花嫁だぞ。デカいだけで早漏はやいお前にはそれがお似合い”


「て、てめぇその力ァ、俺に——!」


“今こそ怒れよ性欲の怪物、股間振り上げ突撃だ!”


 その言葉が、戦場の脚本ルールがイヴァンの崩れかけの身体を無理やりに動かす。


「——んががああああああッッ‼‼ か、身体が勝手に! クソ、ジョバンニてめぇ、覚えてろよォぉおお!!」


 イヴァンが走る。欠けた四肢をものともせず、獣のような四足歩行で。途中、落ちていた大斧を咥えた。そして飛び込む。先に居るのは、ひときわ大きなコカトリス。


「んむむ、んむむむむ——‼」


 一閃。疾風のように駆け抜け、刃と一体化したイヴァンが群れの長を仕留めた。

 コカトリス程度とはいえ、群れ長の羽毛は鉄の固さに匹敵する。だがその剛毛を、斧はたやすく切り裂いた。身体ごと突っ込み、致命的な一撃を繰り出したイヴァンは返り血で真っ赤に染まったまま草原を転がっていく。


「長が死んだぞぉ、全隊突撃ィ、一気に首狩れ!」


 好機と見たデメトリオが団員たちと共に魔鶏に襲い掛かる。剣、槍、大斧。思い思いの武器を振り上げ突き出し、咆哮を上げ、首を狩る。次々と討ち取られていくコカトリスたち。そしてしばらく経って、戦いの趨勢は決したように見えた。


「よ、ナイスガッツだイヴァン。さすが法則【剛斧闘士】は違うな。操ったとしてもあの攻撃が出来る奴はそうそう居ないぞ」


「……ジョバンニてめぇ」


「なんだよ。文句あんのか? 手柄くれてやっただろうが。ついでにまだ戦えるって証明付きでな。これだけ出来るなら、まだ死ななくてもいいだろうが」


「ふっざけんな! テメェのそのクソ技、二度と俺に向けんなダボが‼ 死ねぼけ——もが、ぬが、ふんぬがぁ‼」


 イヴァンが咥えた大斧を俺に向けてぶん投げる。とんでもないガッツだが、残念ながらそれは当たらねぇ。俺の法則のうち、自動的な技能【幻想霧身ミストミラージュ】は俺の意思にかかわらず、身体を揺らがせ、斧をすり抜けさせた。


「外れ……、怒るなよ。死ぬよりはいいだろうが」

「うるせぇ。俺の死に場所にテメェがとやかく口出すんじゃねぇ。いつもスカスカスカスカ透けやがって、幽霊ヤローが。その他人事ひとごと感が気に入らねぇんだ」


「これが俺の法則なんでな。魔風障害もすくねーし、お前らが嫌うのも分かるが。まぁ、気にすんなよ。団の仲間だろ?」


「テメェみたいなふざけた野郎、仲間でもなんでもあるもんかよ」


 コカトリスはすべて討ち取られ、イヴァンとパルカは生きている。

 ふたりの戦葬は失敗だ。俺が失敗させた。

 だがそれをイヴァンは気に入らないらしい。


「死ね! くたばれ幽霊やろう! 人の心が分からねぇクソ道化師‼」


 団員たちに担がれ、馬鹿がありったけの罵倒を残し去っていく。砕けた四肢の破片も集めてるようだからこの後は聖堂行きだろうか。


「はっ、命の恩人にずいぶんな言いぐさだぜ」


 死ぬより良いだろうが。生きてりゃなんかいいことあんだろ。たとえもう戦えなくたってな。とはいえ、俺の考えは、この世界じゃ異端らしいことは、まぁ、知ってはいるんだけどよ。



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