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ギルド追放煽り道化師とポンコツ冒険者たちの即興喜劇(コメディア・デラルテ)
ギルド追放煽り道化師とポンコツ冒険者たちの即興喜劇(コメディア・デラルテ)
千八軒
異世界ファンタジー冒険・バトル
2024年12月20日
公開日
3.4万字
連載中
ネオページ契約作品! 毎週月、朝8時更新予定

西の果てから生物を変異させてしまう『魔風』吹きすさむ『壁の街』デーンブル。
その街に住む人間は、たった一つだけの法則(ルウル)をその身に宿し生きていた。
【道化師】の法則を持つジョバンニ・レディクルは、街を襲う変異した魔物、異化獣撃退の任につきながらも、この世界と法則の在り方に疑問を持っていた。

法則(ルウル)のままに生き、法則(ルウル)のままに死ね

その教えに疑問を持たず、生き死んでいく人々を彼は苦々しく睨みつける。
なぜ生きない。なぜ抗わない。気に食わねぇ。

そんなジョバンニの元に、一人の少女が現れる。
クロエ・アストルガ
法則【黎明のともしび】を持ち、自ら救世主だと名乗る少女と【道化師】ジョバンニが出会った時、千年吹き続けた【魔風】が止んだ。

「そろそろ、こんな世界変えちゃいましょう!」

暁光さす魔風世界を舞台に新しい秩序を求める冒険が始まります。

第1話『法則のままに死ね』

 名前はジョバンニ・レディクル。

 身体と魂に刻まれた法則ルウルは【道化師】だ。


 珍しい法則ルウルだよ。魔風吹き荒れる辺境異化領域いかりょういきデーンブルじゃ、【戦士】や【魔法士】派生の法則ルウルならありふれてるが【道化師】は珍しいんだ。


 この世に生きるヤツは誰しも、ただ一つだけの法則ルウルをもって生まれてくる。『法則ルウルに従い、法則ルウルの望まれるよう生きよ』ってのが、人黎教じんれいきょうの教えだ。


 教えには誰も逆らえない。基本的にはな。

 俺だってそうだ。望む望まないに関係なく、いつの間にやら道化師らしく生きる羽目になってる。人一倍信心は無いはずなんだけどな。


 の一番外側、第三隔壁裏側にある風防街に俺は捨てられていた。親は分からない。事情も知るかよ。


 生まれてすぐの俺を拾った風防街の法則婆さんは、俺の法則ルウルが【道化師】だと宣言した。デーンブルで確認された初めての【道化師】らしい。


 ————————

 法則ルウル【道化師】

 その者、おどけ、人を楽しませるべし。あるいは、人をあざけり我に返す役目を追うべし。魂を揺さぶり、真理に到達する者の手を取り、共に踊るべし。

 ————————


 人黎教じんれいきょうの聖典にそう書いてあるらしい。


 人を楽しませる? 具体的には誰を? どうやって? 大道芸でも覚えたらいいのか? あいにくそんなものに詳しい法則持ちの知り合いはいないが。


 法則に合った生き方をしろってのが人黎教会の教えだ。デカくなった後につく仕事もそれに準ずる。【道化師】な俺はどうやって生きるのが正しいのか。


 街の大人たちは迷った挙句、無難な選択をした。


『適した職業が分からないなら、人がやりたがらない事をやらせればいい』


 戦士系の【法則】をもって生まれりゃ、嫌でもつかなきゃいけない職がある。

 西の果てから吹いてくる魔風のせいで変異した哀れな命を刈り取る処刑人だ。壁の外でまどった化け物を取り除く。

 名は排斥騎士オミッター


 俺はそれになった。まだ十歳の時だ。

 それから八年が経ったけれど、俺はまだ自分の形を保っていた。


   ◆


 毒の霧が立ち込める平原に雄叫びが響く。


「オオ、ウォォオオオ! このクソ鶏が、いい加減死にやがれよォ!」


 威勢のいい大声と共に大斧が、化け物鶏の太い首を打ち落とされた。


「イエーイ! 肉肉肉ぅ! 肉差し出せェ! いや、美味しくするには先に血抜きしなきゃいけないんだったぁ! なら先に首出せェ! 首首ィ! キャハ、キャハハ‼」


 甲高くてきったねぇ叫び声と共に、双剣が乱暴に振り回されるのが見える。剣筋はめちゃくちゃで首どころか胴体までバラバラに寸断していく力任せの技だ。


 ふたりの戦士が戦っている。


 対するのは大人の背丈ほどもある、バカでかい二本の首と毒々しい色をした蛇の尾をもつ紫色の鶏だ。

 戦士ふたりはそれを屠っていく。奴らは『無謀・無策・力任せの馬鹿』のイヴァンとパルカのロッソ兄妹だった。


「「ひゃっはー! にくにくにく、今夜は鶏鍋だァ‼」」


 鶏は鶏でも、異化獣いかじゅうの肉なんて食えるかよ馬鹿。好き放題戦場を荒らしやがる脳筋ふたりを見やりながら、俺は傍らでニヤつく趣味の悪い金ぴか鎧に身を包んだオッサンに声をかける。


「おっさん。あいつらヤバくねェか。突出しすぎだろ」

「ん。そうか? そうかね。まぁ、そうかもしれんな」


 おっさん——、排斥騎士団『金獅子きんじし』の団長デメトリオはたいして興味が無いような顔をして馬鹿が暴れ回る戦場を眺める。


「ん、なるほどヤバい」


 奴らの大暴れを見ても、おっさんの顔には大した感情は浮かばない。心底どうでもいいと思ってやがる腑抜けた顔が張り付いたままだ。


「ん。石化ブレスも浴びたな。ふふ、本格的にヤバい」


 言葉に反して、顔はちっとも焦ってねぇ。排斥騎士のひとりやふたりどうなっても良いと日頃から思ってやがるのは知っちゃいるが、さすがの冷淡さだ。


「助けに行かなくていいのかよ。聖堂のシスターでも 死んだ石像までは解呪してくれねぇ。石になった後砕かれたら、あいつら死ぬぞ」


「ん。まぁ、そうか。まぁ、そうだな。ん。お、見ろジョバンニよ。イヴァンめ石化しかけている事に今さら気づいたぞ」


 ハッハー! 今さら遅いがな! バカだなアイツ! と指をさして笑いやがる。


 ——クソが。てめーそれでもあいつ等の団長かよ。排斥騎士に情けは無用とは言うが、さすがに情が無さ過ぎるだろう。


「助ける気はねぇのか」

「無いな。お前はヘソまげて来なかったが、今日はあいつらのだからな」


 せんそう、戦葬。

 言葉が意味になって俺の頭で像を結ぶ。


「あ? ……出発前に雑魚どもがやたらと盛り上がってやがると思ったら、そういう事かよ」


「戦葬前は皆で飲みあかして送り出すのが、我ら排斥騎士オミッターの流儀だ。お、ま、え、は来なかったがな」


「んな、クソ下らねぇ宴会誰が行くかよ」


 心底嫌な気分。道ばたで腐った行き倒れを見つけた時のそれだ。


「あいつら、死ぬ気かよ」


 戦場のイヴァンとパルカは、と見ればなるほど満ち足りた顔で戦ってやがった。


「いぃぃやっはぁ! 腐った鶏を一羽二羽ァ、それに加えてもう一羽ァ! ……いつの間にか足石化してやがるが、気にしねぇ、ヒャア‼」


「キャハ、キャハハハ‼ やば、兄貴、それウケる! お? 剣一本どっかいったよ。どこにも無いよォ」


「おお妹、見ろ! 俺も足ィやられて動けねぇよ。お前も、剣どころじゃねぇな。腕も石になってもげてんじゃねぇか! ねぇのは剣じゃなくて腕だろ。ぎゃはは‼」


「あ、ほんとだ! ヤバい! 振り回しても敵が切れない! どうしよ」


「ぎゃはは——、『シンの地に帰る時が来た』ってやつだな、妹」

「きゃは、死ぬ死ぬしぬぅ‼ ……はぁ。やっとなんじゃない兄貴ィ」


「ふん、長かったな妹よ」

「長かったよねェ兄貴、ああ疲れた」


 そう言い合ったイヴァンとパルカのロッソ兄妹は、やがて暴れるのを止める。


 化け物鶏の血肉が散らばる草原に背中合わせで座り込んで、静かに回りを眺めやがる。ふたりの周囲にはまだ化け物鶏——変異した鶏の異化獣——『毒鳥コカトリス』が群れをなして取り囲んでいるにも関わらず、だ。


「——法則ルウルのままに生き、法則ルウルのままに死ね」


 俺の隣でつぶやかれたデメトリオの言葉は、この世の真理を表している。


「ロッソ兄妹はここで脱落だ。まぁ長くもった方だな。ハハハ、ご苦労。さて向こうはクソ鶏どもが片付けてくれるだろうが、俺たちはこっち——守るべきはデーンブルの壁だ」


 デメトリオの視線はすでに別方面で戦っている団員の方を向いていた。これから二人が迎える結末には興味がないらしい。そして指示をだす。


「盾持ち隊を上げるぞ‼ 群れを押し込め。壁を壊されれば、多くの人間が死ぬからな。吐息ブレスに触るなよ。死期でもないのに石化したやつは、漬物石の代わりだ。よし、隊列、前ェ!」


 デメトリオの指示を受けて、ロッソ兄妹の戦いを遠巻きに見ていた排斥騎士団全体が動いた。大楯を構えた一列に並んだ集団、それが前進する。イヴァンとバルカが攻撃オフェンスであるなら、そいつらは防御ディフェンスだ。


 大楯を構えたむさ苦しい男どもが身を寄せ壁を作り、ドンドンと地を踏み鳴らし、これから行われる戦いを鼓舞する。


 大楯隊の前には、異形の鶏が奇声を上げながら迫っていたが、男たちはひるまない。コカトリスは大きく嘴を開け、石化の毒を吐きかけようとする。


「来たぞ、盾ェ上げろォ!」


 号令に合わせ、男たちが一斉に楯を掲げる。鋼鉄の大楯は戦場において最も頼りになる存在だ。異化獣の触れればたちまち呪われる魔毒の吐息は完璧に防がれた。一糸乱れぬ連携。今の吐息で石化したものは居ないだろう。


「次ィ、槍出せ。とりあえず後退させろ‼ 壁が近い」


 続いて長大な槍が突き出され、肉薄しすぎた鶏を串刺しにした。数羽の突出した鶏がその餌食になり、ブクブクと泡立つ紫色の体液をまき散らしながら断末魔の咆哮を上げた。


 そんな戦いが、イヴァンとパルカが囲まれている戦場とは無関係に進行していく。もはや誰も二人の事を気にかけない。兄妹の死は確定しているからだ。法則の導くままにやつらは逝く。


【剛斧闘士】【双剣舞姫】の法則通りに、異化獣と戦って、戦って、戦いぬいて死ぬ。デーンブルにおける、排斥騎士の大方の末路通りに。


 排斥騎士団はみな、コカトリスと大楯隊の攻防を注視している。だが、その中で俺だけがいつまでもロッソ兄妹を見ていた。


 兄のイヴァンが、妹のパルカを庇っていた。半ば石化した身体だが、肉のままの箇所には痛みが残る。パルカがあのギザギザの生えた凶悪な嘴に生きたまま啄まれるのが嫌なんだろう。


 いっそ全身石化させられてしまった方が楽なのに、クソ鶏どもは無抵抗な獲物を嬲る気だ。集団で群がり鋭い嘴で突き、ついばみ、肉を抉る。大きな身体で妹を守っているイヴァンの背が血に染まる。


 ひどい光景だ。ふたりの人間が壊されていく。

 異形の獣によって蹂躙されていく。


 見届けるのが筋なのだろう。これが戦葬せんそうなのだから。徐々に身体を蝕むクソ魔風に侵され、もう戦えなくなった排斥騎士オミッターを、法則ルウルの教えの中で死なせてやる、俺たち流の。すなわち、戦葬なのだから。


 事実デメトリオもそうしているしな。



 だけどよ。でもなぁ。


「胸くそ悪ィ。おい、デメトリオのおっさん。俺はイヴァンとパルカを助けに行く。援護しろよ。死んだら困るだろ」


「……は? 正気かジョバンニ」

「正気さ。真面目に馬鹿やるのが【道化師】だ」


 何か言いたげなデメトリオを残して俺は跳ぶ。

 イヴァンとパルカの最後の戦場へ。


 俺は【道化師】だからな。

 人をあざけり、馬鹿にするのも法則の内だ。

 素直に死なせてやる気には、ならねぇんだよ。

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