シャワーを浴びて、スッキリしたボクがリビングに戻ると、センパイがホットケーキを用意してくれた。
テーブルの上には、湯気が立ったほわほわのホットケーキが置いてあった。
これ、もしかして焼き立て? センパイ、ボクがシャワーを出るタイミングに合わせて焼いておいてくれたんだ。
センパイ、この神対応はイケメン過ぎるよ。どんな女の子もキュンキュンしちゃうよ……ってボクは男だ!
「ほら、温かいうちに食べな」
「うん! センパイ、ありがとう。いただきます!」
ボクは焼き立てのホットケーキにかぶりつく。
うん、美味しい。甘すぎないちょうどいい甘さ。はちみつで味変すると甘い幸せ成分が口中に広がる。もう、ほっぺが落ちそう。
「美味いか、ましろ?」
「うん!」
センパイは自分の子供が美味しそうに食べている姿を見守るお母さんみたいな目でボクを見ている。これじゃあ、ボクが子供みたいじゃないか! センパイにボクを男として意識させなくちゃいけないのに……。
もう、センパイのホットケーキが美味しいのが悪いんだ!
でも、美味しい。もう、ずるいよ。
心の中で文句を言いながらもボクは黙々とホットケーキを頬張る。
「なぁ、ましろ」
「何?」
「最近、チャンネル……伸びないな」
センパイは、ぼそっと
あの夢と同じだ。まさに正夢になっちゃった。
「あぁ、悪い! 気にしないで……」
センパイが無意識に口にした
心の中は不安やモヤモヤでいっぱいになっているだろう。
確かに配信動画の再生にバラつきが多い。最悪だと1万再生以下の時もある。あの配信切り忘れ動画の100万再生を越える越えるバズり動画はない。
だけど、焦って違う方向性に進むと今まで応援してくれたリスナーさんが一気に離れる。落ち着け。焦ったら負けだ。ボクがしっかりしないと。ボクが心配や不安を顔に出したら、センパイはもっと不安で押しつぶされちゃう。
今のボクに出来ることは……。
「大丈夫! きっと伸びるよ! それを信じてがんばろう!」
少しでもセンパイの不安にさせないこと。
「そうだな」
センパイ、ウソがヘタだね。めちゃくちゃ心配です!って顔に描いているよ。まぁ、心配するなって言って、すぐに切り替えられる人間はいないよ。
センパイが1番心配しているのは、チャンネル登録者100万人達成できなくて、リスナーさんをがっかりさせちゃうこと。自分を信じてついてきてくれた人達の期待を裏切りたくないという気持ちが強い。
それに失敗したら、引退しなくちゃいけないというリスクがセンパイの不安を益々膨らませている。
センパイ、”引退”をそんなに重く受け止めてなくてもいいよ。
今なんて引退宣言しても見た目を変えて”転生”って形で活動再開する配信者なんてたくさんいる。引退なんてリスクですらないよ。
まぁ、センパイがそんなズルを絶対にしないけどね。
本当にダメなら絶対に引退する覚悟で活動している。
もう、本当にクソ真面目ちゃんなんだから。もっと気楽にやればいいのに。
でも、そんなセンパイだからボクは応援したい。
「ましろ、今後の配信どうする?」
「そうだね。『妄想劇場』も前ほど伸びてない……その代わりに雑談配信が伸びてるよ」
ボクはスマホを手に取って、チューチューブのアプリを立ち上げる。
チャンネル管理画面にあるアナリティクスを表示する。
「本当だ。でも、アタシたちが雑談するだけの配信って……面白いのか?」
「センパイ、配信で何か特別なことをしなきゃいけないってのは間違いだよ」
「そうなのか?」
「例えば、高級ステーキ食べに行った!とか、高級ホテルに泊まってみた!とか。お金をかけて作った動画が再生数伸びないなんてことは多いよ」
「マジかよ! それだけ金かけたのキツいな」
「でしょ。この原因はリスナーさんが望んでいないから」
「なんでだ? 派手な企画をやった方がリスナーは喜ぶじゃねぇのか?」
「確かに派手な企画が好きなリスナーさんだっているよ。でも、それがリスナーさんが求めているとは限らない。完全に配信者の自己満足。お金をかける、特別なことをやれば再生数や登録者が増えるというのは思い込みだよ」
「なるほど。配信って奥が深いな」
「そうだよ。配信者は常に試行錯誤をしている。リスナーさんが何を求めているのか? 正解の見えない問題をずっと解き続けるんだよ」
あれ? なんか変なことでも言ったかな? センパイが不思議そうな顔でボクを見ている。
「センパイ、どうしたの?」
「いや、ましろ、カッコいいなって」
え!? センパイにカッコいいって言われちゃった。
いきなり、心臓を打ち抜くキュン台詞が飛んできた!
「アタシ、間違ってた。アタシたちが面白いって思うことがリスナーちゃんが面白いとは限らない。だから、配信者は面白いんだな! そんな深い分析が出来るなんて、お前カッコいいよ!」
あぁ、そっち。キュンとして損しちゃった。
まぁ、どんな意味でもカッコいいって言ってくれた事実には変わりないか。
「ましろ、何笑っているんだ?」
「な、なんでもない!」
「そうか。でも、どうして雑談配信が伸びたんだろ?」
「それはラジオに似ているからだよ。ラジオってその人のプライベートの部分が見えたりすることあるでしょ。配信者の配信外を知れることがリスナーさんには嬉しいんだよ。センパイも好きな声優さんのラジオで意外な一面が知れて嬉しかったことない?」
「ある! 推し声優の意外な素顔が知れて嬉しかったなぁ。よし、アタシたちは雑談配信に力を入れよう!」
もう、センパイってば単純なんだから。いい意味でピュアだけど、この世間知らず加減がボクは心配だよ。変な詐欺にころって騙されそう。 ボクがしっかり見てないとダメだね。
確かに雑談配信はリスナーさんと1番近く繋がれるコンテンツ。
お金をかけずに誰でもできる反面、超むずい。
毎日、面白いネタがないか探し回って、つまんないネタでもどうやってリスナーを笑わせるかって頭をひねる。
配信内容が一瞬でも退屈だと思われたら、即・離脱。下手したら登録解除だってある。雑談配信はローリスク・ハイリターンであるけど、簡単にハイリスクー・ローリターンにだってなりえる。
そんな危険を冒しても配信者は自分のチャンネルを伸ばすために雑談配信に力を入れている。
***
「おい、ましろ!」
ボクがセンパイとチャンネル今後について真剣に話していると、ボクの中に住む悪魔ちゃんが声をかけてくる。
「ちょっと、今センパイとチャンネルの打ち合わせしているんだから!」
「まぁ、待てよ。チャンネルも大事だけど、お前の恋についての話だ」
「え?」
「配信のことばかり考えていると、あの計画が失敗するぞ」
「そうだよね」
「まぁ、登録者100万人になることが計画の第一段階だから仕方ないか」
「そうなんだよね」
「だからと言って、あっちもおろそくにすると計画の最終段階まで行けないぞ。嫌だよな?」
「う~ん、それはいやだ! でも、どうしたら……」
「耳を貸せ」
悪魔ちゃんはボクの耳元で良いアイディアについて囁く。
「マジで! それって最高じゃん!」
「だろ!」
悪魔ちゃんのアイディアは、まさに悪魔的だ。
チャンネルのためと見せかけて、センパイを合法的にデートに誘う方法。
***
「リスナーちゃんがアタシたちの雑談配信が見たいなら、そっちに全フリするのもありかもな」
あれ? センパイからいい前振りをもらっちゃった。これはチャンスだ。
「じゃあ、センパイ。雑談配信ネタを探しに行こう!」
「だけど、今の時期って……」
「海でしょ! ボクらが海デートに行きました!なんて絶対リスナーさん喜ぶよ! センパイ、海に……」
「行かない」
「えぇ! なんで!」
「だって……」
センパイは腕で必死に胸の小さな膨らみを隠している。
あぁ、なるほど。水着になりたくないんだ。
確かにセンパイはスレンダーで胸は控えめだよね。
でも、それが悪いなんて誰が決めたの?
モデルさんみたいなスタイルで、めっちゃいいのに!
だけど、本人からしたら嫌なんだよね。自分の
「センパイ、大丈夫だよ。海デートって言っても水着で泳いだりしないよ。ただ、海を見に行くだけ」
「本当か?」
「うん! だって、ボクも水着を用意するも面倒くさいし!」
こう言えば、さすがのセンパイも水着にならなくちゃいけない=海に行きたくないという気持ちが薄れるはず。正直、言えばボクはセンパイの水着姿は見たいよ。ボクだって健全な男だし。
でも、嫌がるセンパイに無理矢理水着を着せる程、ボクはバカじゃないよ。それに楽しみは後に取っておこう。そう遠くない未来でボクの願いが叶うと信じて。
「あれ? もしかして泳ぎたかった?」
「いや、別に……」
センパイ、水着にならなくていいって、ほっとしているクセに。
もう、センパイってわかりやすい! そんなウソがヘタクソな所も昔のままで嬉しい。
「よし、決定! センパイのバイトがお休みの日に行くから予定空けといてよね。あ、そんな予定もないか!」
「うるせぇ!」
よし、合法的にセンパイを海デートに誘えたぞ!
ありがとう! 悪魔ちゃん! この海デートでボクはセンパイをメロメロにするよ!