あぁ、眠いよ。
「あれ? 今、何時?」
ボクは、まくら元にあるスマホを取って時間を確認する。
朝の7時か。まだ寝ていよう。ボクは夜行性だから朝は苦手。
センパイとの配信が終わった後もファンサイトの『ましろんべーす』で声優時代のファンとリスナーさんに向けた個人配信を夜中の3時くらいまでやっていた。センパイにチャンネル登録者100万人目指しましょうって言い出しっぺのボクが頑張らなくちゃって思って深夜配信も頑張った。
そんな朝が苦手なボクは、この時間はいつも眠っています。
じゃあ、2度寝しようかな。
ボクが目を閉じようとすると、ドアの向こう側からセンパイの足音が聞こえた。センパイ、もう起きているの? そっか、今日はセンパイはバイトだった。
最近、センパイのお見送りしてないな。
センパイはボクと違って朝方だから起きたらバイトに行っちゃっている。久しぶりにセンパイのお見送りしよう。
ボクは眠り目を擦りながら、ベットからゆっくり身体を起こす。
「う~ん、やっぱりねむいよ~」
がんばれ、ボク。センパイをお見送りするんだろ。
ボクは自分を鼓舞しながら、ベッドから出ると部屋のドアを開ける。
「センパイ、おはよう……」
「ましろ、おはよう」
センパイはリビングのソファに座ってハミガキしていた。あれ? 昨日、センパイはジャージにティシャツというラフな格好だったのに。今は大きめのメンズのパーカー1枚をパジャマみたいに着ている。
センパイって大きめのパーカーを寝間着にするタイプなんだ。
いつもバイト帰りのジャージ姿しか見たことないから、ちょっと新鮮だ。
「珍しいな、お前がこの時間に起きるなんて」
「目が覚めちゃって」
でも、目のやり場に困るな。大きめのメンズパーカー1枚しか羽織っていないセンパイの長くてキレイな足が目に入る。下にズボンを穿いていないから、下着が見えちゃうのではという心配と期待がボクの頭に浮かぶ。
センパイってオンの状態だと私生活や配信中は常識人みたいな立ち振る舞いをする。たまに常識人スイッチがオフになることがある。
今はマシになったけど、同棲を始めたばかりの時はシャワーを浴びた後に裸か下着姿でリビングをウロウロしていたこともあった。
「センパイ、リビングでは服を着てください!」とボクが注意してもセンパイは「なんで?」という幼稚園児みたいな素朴な疑問を投げてきた。
昔からセンパイはボクのことを同棲の女の子又はペットみたいに自分に害のない存在と認識している傾向があった。初めて高校で出会った時に性別が男であることを教えてもボクのことを男と全然意識してくれることはなかった。今でもそれが続いている。
「うん? どうした?」
「センパイ、ちゃんと服を着てよ」
「はぁ? 服着ているだろ?」
着ているだろじゃないでしょ。そんな幼稚園児の素朴な疑問を訊くテンションで言わないでよ。ボクは、こう見えても男なんだよ。男の前で、そんな隙だらけで誘っているような格好をするなんて。それで襲われても文句は言えないからね。
「そ、そのパーカー1枚じゃなくて」
「心配するなって、ちゃんと着けてるから」
センパイ、パーカーのチャックをゆっくり下ろしてパーカーの中身を見せつけてくる。灰色のスポーツブラとドルフィンパンツを穿いていた。センパイの自己主張控えめの膨らみと、すらり長いキレイな足が露わになっている!
「うわぁ! センパイ! 何してるの!?」
「だって、お前がちゃんと着ているか?って訊くから」
「だからって……」
「ましろ。アタシの下着姿で動揺するなよ? お前、童貞か?」
「バカなこと言っていないで、早く隠して」
「いや、ましろちゃんが見たいかと思って」
センパイ、ボクがなんで怒っているのか理解できないまま、ゆっくりとパーカーのチャックを上げる。
「センパイ」
「なんだ、ましろ?」
「もう少し女の子らしい恥じらいを身につけた方がいいよ」
「はぁ? なんで?」
「なんでじゃないよ! 男の前で、そんな隙だらけな態度は良くないって言ってるの!」
「男……どこにいる?」
センパイは目の前にボクがいるのに、わざとらしく辺りをキョロキョロ見渡すジェスチャーを見せてきた。
ほぅ、そういう返しをしてくるんだね。そんな古典的なボケでこの場を乗り切ろうと思っているんだ。低血圧のボクでも、ちょっとプッチンしちゃいましたよ。
ボクはセンパイのパーカーのチャックを掴むと、ゆっくり下げ始めた。
少し下げてから、センパイの肌が見えてボクは我に返って慌てて手を止めた。しまった。ボクはなんてことをしてしまったんだ。
慌ててセンパイの顔に視線を向けると、思ったより取り乱した様子もない。
「やるじゃん」
「こうやって、襲っちゃうよ」
「お前にこれ以上進む度胸あるか?」
センパイは真剣な目でボクを見つめる。
ましろ、お前はそんなひどいことをする奴じゃないだろ?と訴えている気がする。
「ご、ごめんね。センパイがボクをいじってくるから調子に乗っちゃった」
「アタシこそ、ごめん。ましろの言うとおり、気をつけるよ」
センパイは優しいな。ボクが本気でやったと思っていないから、こう言ってくれているんだ。ボクが男として見られないことをコンプレックスに思っていることも覚えていてくれたんだ。
センパイの優しさのおかげでボクの中にあったイライラが一瞬で消えた。
「分かれば、よろしい。バイト頑張ってきてね」
「ありがとう、ましろ」
朝のご飯を食べ終えたセンパイは自分の部屋で準備をし終えて出て着た。
「ちょっとセンパイ!」
「なんだ、ましろ?」
「その格好でバイトに行くの?」
「あぁ」
白のティシャツと黒のジャージ姿のセンパイは真面目な顔で答える。
いやいや、ありえない。家では許すけど、外ではだらしないセンパイは許されない。
「だめ! 着替えて」
「バイトに行くだけなんだから」
「だめ! そんなカッコ悪いセンパイを仕事に行かせられません」
「お前は彼女か!」
「も、もう早く着替えて!」
ボクはセンパイに照れがバレないように部屋へと押し込んだ。
そして、ボクがセンパイのコーデを速攻で選んであげた。
黒のライダースジャケットに黒のインナーとダメージデニムでカッコいい系お姉さんへとの姿に変身させた。
うん、やっぱりセンパイはカッコいい系の服が似合うな。
ボクがコーディネイトしてあげなかったら、危なくティシャツとジャージで出勤するところだった。もしかして、ボクが寝ている間はこんなだらしない格好で出勤していたのかな?
「センパイ」
「なんだよ」
「今日の夜からセンパイの出勤コーデをボクが選ぶことにします」
「はぁ?」
「だって、ボクが止めなかったセンパイはずっとジャージ出勤するつもりだったんでしょ」
「バイトに行くだけなのに、ジャージじゃダメか?」
「だめ!」
「わかったよ」
「よろしい。じゃあ、いってらっしゃい!」
「いってきます!」
センパイは照れ笑いを浮かべながら、バイトへと行った。
1人きりの部屋でボクはさっきのセンパイの言葉が頭を過った。
「彼女か……」
センパイは冗談のつもりで言ったと思うけど、ちょっと嬉しかった。
本当は彼氏って言って欲しいかったな。
でも、まだセンパイはボクのことを男として意識してなさそうだ。
あの余裕を崩してボクにメロメロにしてやりたい。
「いいよ、センパイ。これからボクがその余裕を崩していくから。覚悟してよね!」
センパイのいないリビングでボクは、センパイ攻略宣言をする。
久しぶりの早起きも悪くない。この勢いで朝配信でもやろうかな。
ボクは個人配信準備をするために自分の部屋へと戻る。
だけど、急な眠気が襲い始めた。
「やっぱり、ねむい~」
どうしよう、朝配信やめちゃおうかな。
今日、センパイをお見送り出来たボクはえらい。
だから、このまま寝ちゃおう。
そう自分を褒めてボクは二度寝することにした。