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第10話 2人に忍び寄る危険(かげ)

「ただいま」


 ボクがリビングのソファで横になっていると、センパイの帰ってきた声が聞こえた。本当はセンパイに飛び込んでお迎えしたいけど、ウザい彼女みたいになっちゃう。センパイは、昔からベタベタされるのが嫌いだから。  

 お利口なボクはリビングのソファで待機することにした。


「センパイ、おかえり」


 センパイは今朝、ボクがコーディネートした黒のライダースジャケットに黒のインナーとダメージデニムでカッコいい系お姉さんスタイルでリビングに入ってきた。うん、やっぱりボクは天才だ。センパイの良さを引き立てるファッションを理解している。センパイは、基本はどんな服を着ても似合うけど、こういうカッコいい系スタイルが断然似合う。


 でも、意外と可愛い系のコーデも似合うから今度着せてみようかな。

 やばい、お母さんゆずりの着せ替え人形衝動が発動している。


 ボクは自分の中に根付いてる衝動を抑えるために、ゆっくりと身体を起こしてセンパイが座れるスペースを空ける。


「ふぅ、疲れた」


 今だ! センパイがボクの隣に座った瞬間、ボクはセンパイの膝枕に頭を乗せた。センパイがベタベタされるの嫌いと分かっていても、センパイの膝枕はボクの癒やしなのだ。


「おい、ましろ。下りろよ」


「いやだ~」


「いやだじゃない! アタシは疲れたの」


「そんなセンパイに朗報だよ!」


「なんだよ」


「今日、センパイの大好きないちごのアイス買っておいたよ」


 いちごのアイスが冷蔵庫にあると聞いたセンパイは、さっきまで死んだ魚のように疲れ切った目と打って変わって、推しのアイドルに会えた女の子みたい目をキラキラさせる。


「ましろ~、ありがとう」


 センパイは、いちごのアイスを買ったボクを神様のように崇めながら、頭をなでなでしてくれた。うむ、くるしゅうない。

 それにしても、センパイはちょろいな。300円のカップアイスで、心が動いちゃうなんて。普段はクールでガードが堅いのに。アイスをあげるからで、ころって行っちゃうなんて。今時の幼稚園児の方が、もっとお利口さんだよ。


 でも、そんなセンパイがボクは好き。あの時のまま、ずっと変わらないでいてくれて、ありがとう。


「うん? どうした、ましろ?」


 センパイは、ボクを見下ろしながら訊ねてきた。

 どうしてボクが嬉しい顔をしているか理解できないって顔をしているね。センパイは知らなくて大丈夫だよ。


「なんでもないよ」


「なんだ、そりゃ。アイスはお風呂上がりにでも頂くね。そういえば、ましろ、ハイエナさんのチュイッター見た?」


「見てないけど」


「見ろよ!」


「だって、ボクは忙しいから」


「配信以外は家でゴロゴロしているだけだろ」


「てへへ」


「てへへじゃないだろ。ほら、ハイエナさんがアタシたちの新しいイラストを描いて投稿してくれているんだ」


 センパイはポケットからガラホを取り出して、チュイッターの画面をボクに見せてくれた。う~ん、画面が小さくて見づらいな。ボクは目を細めて小さなガラホの画面と睨めっこする。


「センパイ、見づらい」


「そうか? アタシはこれで十分だけど」


「いい加減にスマホにしたら?」


「嫌だよ。アタシはこれが好きなんだ」


 センパイは大好きなおもちゃをアピールする幼稚園児のような曇りのない目で訴えてくる。そうですか。まぁ、スマホにするかどうかは本人の自由だから。ボクがいちいち口出しすることじゃないか。


 センパイは日本でも希少種のガラホユーザー。ボクがスマホを買ってあげると言っても「スマホの形が嫌い。ケータイはこれだろ!」と、おじいちゃま・おばちゃまのような言い訳をしてスマホを拒否している。本なんか、あの折りたたみの画面をパカパカさせるのが好きみたい。学生時代もセンパイはガラケーの画面をパカパカさせていたな。あの時のセンパイもかっこ良かったな。


「ましろ?」


「え!?」


「どうしたんだ? ぼうっとして」


「なんでもないよ! これが例のイラスト?」


「そうなんだよ」


 ガラホの画面には「オレが応援する配信者の”しろ×クロ”の応援イラストを描いたよ! みんなも”しろ×クロ”を応援してくれ!」という投稿メッセージと一緒にイラストが添付されていた。

 イラストは配信時のセンパイとボクの立ち絵キャラが「目指せチャンネル登録者100万人」というロゴをバックにVサインをしている。


 うわぁ、たくさんのいいねとリツイートされている。

 流石、人気絵師のハイエナさん。ボクらの人気が上がったのは、ハイエナさんが立ち絵キャラのイラストを描いてくれたのも大きい。リスナーさんの力もあるけど、そのリスナーさんたちを魅了するビジュアルをハイエナさんが生み出してくれた。もう、この人には頭が上がらないよ。

 ハイエナさん、ありがとう。ハイエナさんや応援してくれる人たちのためにも絶対にチャンネル登録者100万人を達成しないと。


「なぁ、ましろ?」


「なに、センパイ?」


「前から気になっていたんだけど、ハイエナさんの描くイラストってハイトの描いていたマンガの絵に似ている気がするんだよな」


 え? まさかセンパイの口からハイトさんの名前が出るなんて。

 センパイの口からあの人の名前を聞きたくなかった。

  折角いい気分だったのに。あの人のせいで台無しだ。


「似ているかもしれないね」


 ボクはゆっくり起き上がって部屋に戻ることにした。

 ちょっと気分をリセットしたい。

 ごめんね、センパイ。センパイは悪くないから。


「アイツがハイエナさんだったら笑えないな」


 ボクが部屋のドアノブを握った瞬間、センパイが笑えない冗談を口にしていた。


「うん、笑えないね」


 ボクはセンパイと目を合わせることなく、自分の部屋へと逃げ込んだ。 

     センパイから逃げたんじゃない。あの人から逃げたんだ。いや、2人から逃げたんだ。ボクはベッドの上で後悔しながら、ゴロゴロと転がっていた。


「確かに、ハイエナさんのイラストは、ハイトさんの絵に似ている気がする」


 ボクは、ふいにハイトさんが描いていたマンガのイラストが頭を過った。あの人が描いていたキャラクターの特徴として、四つ葉のクローバーをモチーフにしたアクセサリーなどを身につけさせる傾向があった気がする。


 まさか。そんな偶然があるとしたら、本当に笑えないよ。

 ボクは布団を思いっきり被って、ふて寝した。


「ましろ、ごはん出来たよ」


「うん! 今日は唐揚げ?」


「今日は、しゃけの塩焼きとお味噌汁と肉じゃがだよ」


「えぇ~! 唐揚げは!?」


「昨日、食っただろ!」


「いやだ! 唐揚げがいい」


「わがまま言うな! そんなわがままな奴にご飯なしだ」


「そんな~」


「また今度作ってやるから」


「本当?」


「あぁ、本当だ」


「やくそくだよ」とボクはセンパイに右手の小指を差し出す。

 それを見たセンパイは「しょうがないな」という顔を浮かべて、左手の薬指を差し出してくれた。


 指切りげんまんをしてボクたちはセンパイの作ってくれたご飯をリビングで食べ始める。


「おいしい!」


「だろ。アタシの料理は何でも美味いんだ」


「そういえば、最近チューチューブの審査厳しくなっているみたいだね」


「あぁ、他の配信者で収益化が剥奪されたっていうチュイッターで投稿している見るな」


「でも、ボクたちのチャンネルは大丈夫だよ。健全な内容ばっかりだから」


「たまに危なっかしい内容もあるけどな」


 ボクらは笑い飛ばしながら、センパイの作ってくれたご飯を食べ続けた。この冗談が堅実になるなんてことを知らずに。

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