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第8話 妄想は現実に?

 ご飯を食べ終わったアタシたちは、夜ご飯の後片付けをしている。

 アタシが茶碗洗いをして、ましろが洗い終わった食器を拭いてくれている。家事全般はアタシの担当だけど、ソファの上でゴロゴロしている家主ましろに声をかけると、渋々手伝ってくれた。


「ましろ、早く洗い物を拭けよ」


「もう、うるさいな。ちゃんと拭いているよ」


「お前が、早く片付けないと洗い物が置けないだろ」


「もう、お母さんみたいだよ」


「誰がお前のお母さんだ!」


「センパイ、食器洗い機を買おうよ。そうしたら、センパイも楽になるよ」


「ダメだ!」


「なんで?」


「なんでも機械に頼ると何も出来ない人間になっちまう。アタシはそんな人間になりたくないんだ」


 正直、食器洗い機は欲しい。そうしたら、アタシがやる家事の分量が減って楽になる。

 その分、残りの力を別の家事へのクオリティアップに持って行ける。

 だけど、居候のアタシが楽するために便利家電を、ましろに買わせるわけにはいかない。アタシから家事がなくなれば、この部屋でのアタシの存在意義がなくなる。それにアタシの家事スキルが機械に負ける気がしない。


「センパイ、その考え方はお婆ちゃんみたいだよ」


「はいはい、どうぜアタシは古い人間ですよ」


 アタシが、ましろに聞こえるくらいの声で憎まれ口を叩く。


「……そんなセンパイも嫌いじゃ無いけどね」


「うん? なんか言ったか?」


「なんでもないよ」


 洗い物をしていた水音が、ましろの言葉を掻き消してしまう。

 ましろが何かを言っていた気がするんだけどな。

 また、ろくなことじゃないだろうと気持ちを切り替えてアタシは洗い物の続きをする。


 洗い物を終えたアタシたちはリビングのソファに座ってリラックしていた。ましろはアタシの膝に頭を乗せてソファで横になっている。

 いくら家主とは言ってもこんな横暴が許せていいわけではない。

 アタシだって配信後に夕食を作って疲れているのに。全然リラックス出来ないだろ。

 ムカついたアタシは、ましろの頭を膝からそっと下ろす。

 下ろされたことに気付いたましろが一拍置いてから、飼い主の膝に乗りたい子猫みたいにふわりと、また頭を膝に乗せてきた。


「ましろ、下りろよ」


「いやだ~」


「重いだろ」


「重くない~」


 しょうがないな。こんな下らないやり取りを繰り返して結局アタシが折れて、ましろを膝枕し続ける羽目に。アタシってそんな役回りばかりだな。


「センパイ、なでなでして~」


「いやだよ」


「いいじゃん、早く~」


「ったく、しょうがないな」


 こんな生意気な後輩だけど、アタシを救ってくれた恩人だ。

 これくらいのわがままを聞いてやらないとバチが当たるかもしれないな。飼い猫を撫でるようにましろの頭を撫でた。ましろは撫でられた嬉しさからニヤケ顔をアタシに見せる。お前は可愛い奴だな。


「そうだ、ましろ」


「何、センパイ?」


「今後の配信内容について、ちょっと話していいか?」


「うん」


「これからアタシたちはチャンネル登録者100万人を目指して活動していく。チャンネル登録者を増やすためには配信や動画が大事になるだろ。今まで同じ配信だとリスナーちゃんたちが飽きたり、新しい登録者が増えない気がする」


「そうかもしれないね」


「だろ、だから今までと違うこと始めないか?」


「例えば?」


「ゲーム実況配信とか」


「センパイ、ゲーム出来る?」


「……できない」


「だよね。前にゲーム実況やってみたけど、ボクもセンパイもゲーム下手すぎてリスナーさんからめっちゃバカにされたの忘れた?」


 あれはアタシたちの黒歴史の1つだ。アタシとましろが『しろ×クロちゃんねる』を開始したばかりに”スーパーモリオワールド”というRPGゲームに挑戦してみた。小学生の子供が出来るくらいの難易度なのにアタシたちは最初のステージもクリア出来ずに4時間も配信をしたことがある。リスナーからは「クロちゃんたち、ゲーム配信やめた方がいいよ」、「ましろたちの雑談が聞きたかったのに」とゲーム配信を辞めることを勧めるコメントが止まらなかった。


「センパイの心配もわかるよ。でも、ボクは無理に変えなくてもいいと思うよ」


「どうしてだ?」


「『しろ×クロちゃんねる』はボクたちが楽しそうに雑談や妄想ドラマをやっているのがウケているんだよ。リスナーさんたちもそれを楽しみにボクたちの配信や動画を見てくれているんだよ」


 ましろの奴、こんな冷静にリスナーを分析していたのか。

 いつも自分のリスナーを適当にあしらっているだけかと思っていたのに。ましろが配信者として頼もしく見える。


「だから、無理に変えなくて大丈夫。無理に方向性を変えて失敗した配信者はたくさんいる。ボクらは今のまま頑張ってみよう」


「そうだな。今まで通り、妄想ドラマや雑談配信中心に配信していくか」


「うん、あれが1番再生回数稼げているからね」


 妄想ドラマ配信はアタシもお気に入りの企画だ。

 アタシたちがリスナーにお題を振って、そのお題に沿ったラジオドラマ風の声劇(せいげき)を披露する。例えば、学園ドラマの告白シーンってお題を送った時は「憧れの先輩からのドS台詞の告白」なんて奴もあったな。リスナーちゃんから無理難題なドラマシチュエーションを送られることもあるけど、アタシは凄く楽しい。一度諦めたアタシの夢が違う形で叶った気がするから。

 だから、この企画をアタシはずっと続けたい。


「ただ、リスナーちゃんたちのリクエストが偏っているよな」


「センパイ、王子様キャラやイケメン役ばかりだよね」


「うん。たまにドSな上司や先輩ってオーダーも来るけど、リスナーちゃんはアタシに罵って欲しいか?」


「う~ん。どうなんだろ? でも、それをして欲しいリスナーさんがいるから需要はあるんじゃない?」


「そうなのか。あと、ましろと恋人シチュエーションが再生回数が多いよな」


「ボクの可愛い彼女役が可愛いからね!」


 コイツはすぐに調子に乗るな。ちょっとムカついたアタシは、ましろの頭を小突いた。


「調子に乗るな」


「いたい!」


 そんな強くやってないだろ。お前は大げさすぎるんだよ。


「本当はアタシたち、逆なんだけどな」


「ねぇ、センパイ」


「うん?」


「逆バージョンやってみる?」


「え?」


「ボクが彼氏役で、センパイが彼女役でやってみようよ」


「大丈夫か? アタシの女役なんてウケないだろ」


「まだ企画段階だよ。試しにやってみてイケそうな配信してみよう」


「あぁ、わかった」


「じゃあ、ボクがセンパイに告白するね」


ましろはゆっくり起き上がり、真剣な瞳でアタシを見つめる。冗談だとわかっていても、その視線に妙な緊張感が走った。

なんか、ドキドキしてきたぞ。


「クロナさん、好きだ。付き合ってくれ」


 ましろの奴、こんな低い声が出せるんだ。いつものアイドル女性声優みたいな可愛い声じゃない。中性的なイケメンのような低めの声でシンプルな告白セリフ。悪くない。音だけ聞いたらだけどね。


 声はイケメンだけど、目の前の可愛い顔のましろに言われても背伸びしている可愛い後輩にしか見えない。おしいな。


「センパイ、ボクのイケメン役はどうだった?」


「音だけだったら悪くないかな」


「そっか」


「でも……」


「でも、何?」


「何でもない! もうこんな時間だ。明日、バイトだから寝るな」


「ちょっと、センパイ!」


 アタシ、ましろの告白を聞いて少し嬉しかった。

 ウソだとわかっていても「好きです」なんて、ここ何年も言われていない。リスナーちゃんからは「ファンとして好き」なら何回も言われてきた。


 でも、女としてのアタシじゃない。今のましろの告白は女であるアタシに向けられた言葉。それが少しだけアタシの心に響いた。


「アタシ、ましろのこと……」


 いや、ないか。ましろは、あくまで可愛い後輩。

 アタシが告白され慣れていないから、ドキッとしただけ。

 さぁ、明日もバイトだから寝なくちゃ。

 寝ようと思っても、告白台詞を言ったましろの姿が頭を過ってしまう。

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