「さて、ご飯作るか」
アタシは役目を終えたブラッキーを携帯灰皿へと押し込んだ。
やば、タバコ臭いかも!? アタシはティシャツとジャージの匂いを確認する。ほんのりタバコの臭いが強い気がする。
「どうしよう、ましろに怒られる」
アイツ、タバコの匂いが嫌いなんだよな。アタシと同居する時、アイツが出した条件は、たった1つ。「タバコはベランダで吸うこと」。
部屋にタバコの香りを持ち込むことは絶対にダメ。
アタシが「どうしてダメなの?」と訊ねると、ましろは「タバコが嫌いだから」と答えた。
それだけだった。本当にそれだけなのか?
でも、アタシには他に理由がある気がしてならない。
だけど、それ以上詮索する程のことじゃない。そう思って訊くことをやめた。
前に仕事帰りにタバコを吸って帰ってきた時、ましろは「これでタバコの臭いを消して!」と消臭スプレーを渡されたことがあった。
「そんなに臭いか?」と訊ねると、「タバコ臭いよ! そんなタバコ臭いセンパイ、きらい!」と本気で怒っていた。それからタバコを吸った後は、徹底的に消臭するようになった。
だから、ベランダには消臭スプレーが常備している。
しかも、香りも指定されていて柑橘系じゃないとダメらしい。ましろのお気に入りの甘酸っぱい香りの消臭スプレー。アタシも柑橘系の香りが好きだから、このスプレーは気に入っている。そういえば、アイツ昔から柑橘系の香り好きだったっけ?
「まぁ、いいか」
アタシはティシャツとジャージに染み込んだブラッキーの香りを柑橘の香りで上書きした。念入りに消臭して、タバコの臭いが消えたか再チェックする。
「うん、これで臭いは消えた」
これで部屋に入っても怒られない。毎回こそこそ消臭しているアタシって、まるで浮気の証拠を隠滅する彼氏みたいだ。
「いや、アタシは女だよ」と1人ツッコミを入れてベランダの引き戸を開けて、部屋へと戻る。
「ましろ、お待たせ」
「センパイ、遅いよ~」
部屋に入るや否や、ましろはアタシの匂いを嗅ぎ始める。
おいおい、チェックしなくても、ちゃんと消臭してきたぞ。
「うん、タバコ臭くない! 合格!」
ましろは、小さな顔の横に親指と人差し指をつけてOKサインを出す。
よかった。とりあえず大丈夫みたいだ。
「なぁ、毎回臭いチェックしないとダメ?」
「ダメ! タバコ臭い人は許しません!」
「だけど……」
「ふ~ん、この部屋は誰の部屋だったかな?」
ましろの奴……痛いところを突いてくる。
「ましろの部屋です」
「そうだよね。居候のセンパイが家主に口答えしちゃダメだよね」
「はい」
「では、ボクの後に続いて言ってみよう。ボクの言うことは……」
「絶対」
「よろしい。これからもボクと約束は、ちゃんと守ってね。センパイ、早くご飯作ってよ。もうお腹と背中がくっついちゃうよ」
ご機嫌になった
「はいはい、すぐに作るから」
「早く~死んじゃうよ」
ミルクを催促する腹ぺこの子猫か、お前は。まぁ、今日の配信も頑張ったご褒美に美味しいクロナ特性の唐揚げを作りますか。
アタシは、唐揚げ好きのましろのためにストックしていた下処理済みの鶏もも肉が入ったジップロックを冷凍庫から取り出す。
「さて、あとはサラダでも作るか」
「センパイ、サラダはいらない~」
「ましろ、野菜もちゃんと食べろよ」
「いやだ~、野菜美味しくない」
お前、幼稚園児か。母親と幼児のようなやり取りをしながら、アタシは晩ご飯を作る。下処理済みの鶏もも肉を解凍も大丈夫だし、早速揚げるか。
アタシは唐揚げを揚げながら、今後の『しろクロちゃんねる』の活動について考えていた。このチャンネルのメインは、アタシとましろの雑談配信だ。その他に、リスナーちゃんから募集したお題に沿った手中エーションボイスや妄想劇配信をやっている。元声優のましろや、元声優志望のアタシにとってやりやすい内容だし、リスナーちゃんからの反響も良くてメインコンテンツになっている。
ほとんどがましろのリスナーのエロいシチュエーションボイスが多い。あまりエロすぎると、動画配信サイト『チューチューブ』のセンシティブ判定に引っかかってしまう。
まぁ、ましろの本格的なエロボイスは、アイツのファンサイトで買えるみたいだからコアなファンはそこで購入しているらしいけど。
アタシのリスナーちゃんから、たまにドS系のセリフを言って欲しいというリクエストが来る。毎回、『チューチューブ』にBANされないかヒヤヒヤしながらやっている。アタシもリスナーちゃんのリクエストに出来る限り全部応えたい。
だけど、センシティブ判定に引っかかったらチャンネルの収益化を外される可能性がある。再生数と登録者数を増やすために過激でエロい内容の動画や配信に手を出して収益化剥奪された配信者をたくさん見ている。
折角、チャンネル登録者10万人達成して、収益化出来たのに。欲に目が眩んでチャンネル自体がダメになったら意味がない。
そんな今後の活動方針をぼんやり考えていると、アタシが揚げていたはずの唐揚げが減っている。
「こら、ましろ! 何やっているんだ!?」
「味見だよ。唐揚げが美味しく出来ているかチェックしてるの」
「ただのつまみ食いだろ」
「違うよ~!」
ましろはホッペを膨らませて言い訳をしてくる。そんな幼稚園児みたいな言い訳が通用するわけないだろ。
「で、お味はどうでしたか?」
「うむ、今日も美味しく出来ているぞ」
「それは大変よろしかったです。今、盛り付けてお持ちしますので少々お待ちください」
「は~い」
ましろは小走りでリビングのテーブルに着くと、アタシの作ったご飯が来るのを今か今かと待っている。アタシは木彫のお皿に出来たての唐揚げとポテトサラダを盛り付けて、ましろの前に置いた。
「わぁ! 美味しそう」
「そうか。じゃあ、食べよう」
「いただきま~す!」
ましろは、ホッペいっぱいに唐揚げを頬張りながら、目をキラキラさせている。リスみたいで可愛い。毎回同じ唐揚げなのに、初めて食べた時と同じリアクションで食べてくれる。こんな美味しそうに食べてくれると作りがいあるな。
「センパイ? どうしたの?」
「いや、美味しそうに食べてるお前が可愛いなって」
アタシが素直な感想を口にすると、ましろの頬が急に赤くなり始めた。
おい、ましろどうしたんだ?
「せ、センパイ! 不意打ちはずるいよ!」
「え? 何が?」
「な、なんでもない!」
なんで怒っているんだ?
おい、ホッペにご飯粒ついているぞ。
子供かよ。
「ましろ、ご飯粒ついているぞ」
アタシは、ましろの口元についていたご飯粒を取って食べた。
ましろは慌てて口元を隠しながら、さらに顔が赤くなる。
うん? どうしたんだ?
「も、もう、センパイ! 何するの?」
「いや、ご飯粒を取ったんだよ」
「せ、センパイのバカ!」
「誰がバカだよ!」
「もう知らない!」
なんで、アタシが怒られるんだ?
ましろに叱られた理由が分からない。
ましろは、アタシを無視してご飯の続きを食べ始める。
アタシ、何か変なことしたのか?
まぁ、いいや。
アタシは、ましろのことを気にしないで唐揚げを口へと運ぶ。
「うまい、アタシは天才だ!」