「みんな、ありがとうな!」
「みなさん、ありがとうね!」
アタシたちはリスナーちゃんにお礼を言いながら、配信終了画面へと切り替える。
配信が終了したと確認したリスナーちゃんたちが次々と配信画面が退出していく。
リスナーちゃんたち、今日もありがとう。キミたちのおかげでアタシたちは、また大きな目標を掲げて活動することが出来る。
みんなに「応援して良かった!」、「あなたたちを推し続けて良かった」と言わせる配信者であり続けるからね。
アタシは、改めてチャンネル登録者100万人を目指すことを誓ってリスナーちゃんたちの帰りを見送った。
よし、みんな帰ったかな。
配信画面にリスナーちゃんが誰も残っていないことを確認すると、アタシは配信画面を閉じた。
配信終了っと。いや、まだ安心できない。
アタシは、ましろと配信マイクをミュートにし忘れていないか念入りに確認する。『しろ×クロちゃんねる』を始めた当初、配信機材に慣れてないアタシは、時々配信マイクのミュート忘れたことがよくあった。
そのせいで、アタシとましろのオフ会話が数分配信されるという放送事故の過去があった。配信活動をするまでは、配信マイクの切り忘れないなんて、配信者が再生数を稼ぐためのヤラセだ。本当に配信マイクを切り忘れる配信者なんているわけないと思っていた。
でも、実際にマイクのミュート忘れという初歩的なミスをやらかして、切り忘れは全部がやらせじゃないかもと反省した。それから配信終了後は、マイクのミュート忘れがないか入念に確認するように気をつけている。
マイクはちゃんとミュートになっている。アタシたちは、マイクのミュートを確認できると空気の抜けた風船のようにゆっくりと配信用の椅子にもたれる。
「センパイ、お疲れ様」
「ましろ、お疲れ様」
さて、パソコンの電源を落とすか。配信を終えたアタシたちは、ただのましろとクロナに戻る。
仕事モードから一気にプライベートモードに切り替わると、アタシは思いっきり伸びをする。今日も無事に配信が終わって良かった。
いや、無事に終わったと言えるのか? チャンネル登録者10万人達成をリスナーちゃんと楽しくお祝いするだけの配信の予定だったのに。
ましろがアタシを焚きつけたせいで、チャンネル登録者100万人を目指す羽目になっちゃった。まぁ、あの目標を宣言しちゃった以外は何事もなかったか。さて、配信機材を片付けてないと。アタシはリビングのテーブルに広がっているパソコンや配信マイクを仕舞い始める。
「ましろ、マイクをしまって……」
ましろは、配信機材を片付けずにリビングのソファの上で寝転がっている。ましろは右へゴロゴロし、左へゴロゴロ。
お前はリラックスしている家ネコか!
「ましろ、早く片付けろ!」
「つかれた~」
ましろがソファを転がったせいで、ティシャツの裾が捲れ上がってしまった。ティシャツの下から、ましろのおへそが顔を出す。
雪のように白い肌はアイドルの水着グラビア写真のようだ。そんな姿を見せながら、ましろはアタシの片付け命令を拒否する。
お前は、へそ天するネコか! しかも自分のスタイルの良さを見せつけているのがムカつく! コイツ、お腹周りに無駄な贅肉がついてない。アタシと同じ食事しているはずなのに。何が違うんだろ。アタシは自分のお腹を触りながら、ましろのウエストを凝視する。
「センパイのえっち!」
「バカ、誰がお前の身体なんか見てるか! 早く片付けろ」
「はいはい」
ましろは面倒くさそうに起き上がると、リビングのテーブルに広がっているマイクを片付け始める。
コイツ、配信ではあんなに、あざと可愛い配信しているのに配信外だと、のんびりしているよな。オンとオフの差が激しすぎるだろ。こんな姿を、ましろのリスナーが見たら悲しむよな。いや、「素のましろんも可愛い!」、「オンでもオフでも、ましろんは天使」って言うかもしれない。
アタシのリスナーちゃんは、オフのアタシを見てどう思ってくれるかな? もし、見たいと言われてもアタシは見せたくない。
オフのアタシはオンのアタシよりカッコ悪い。配信は嫌な現実から離れられる場所。リスナーちゃんは貴重な時間を嫌な現実を忘れるために使っている。それにアタシたちの配信を選んでくれている。
「さて、片付けも終わったし、ご飯にしようか」
「やった~! センパイ、唐揚げ作って!」
「また唐揚げか? お前、唐揚げ好きだな」
「センパイの唐揚げが好きなの!」
う、嬉しいこと言ってくるじゃないか。ましろの奴、抑えるところは抑えているからな。相手がどんなことを言われたら、喜ぶかを瞬時に判断出来る。お前、キャバクラ嬢に転職した方が稼げるぞ。
「毎回、唐揚げを頼むわがままな奴には唐揚げ作らないぞ」
「センパイ、ごめん! 許して~」
ましろは上目遣いで瞳をうるうるさせながら、アタシに訴えてくる。
そんな目で訴えられたら、断りづらいだろ。
「冗談だよ。美味しい唐揚げ作ってやるから、待ってな」
「やった~!」
そんなにアタシの唐揚げ好きなのか。
あれだけ自分のリスナーをキャバ嬢のように手のひらで転がしていた小悪魔もアタシが作る唐揚げの前では、子供に戻ってしまう。
さて、お子ちゃまなましろちゃんのために唐揚げを作りますか。
「そうだ、ましろ」
「何?」
「あのさ、100万人登録達成した時のお願いって……」
「ないしょ」
ましろは人差し指を口元に添えて悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
コイツ、自分が可愛いて分かっているから腹が立つ。
そんな子供っぽい所は変わっていない。ましろの良いところは、あの頃のままで嬉しい。親心みたいな奴かな。また、とんでもないわがままを押し付けられる未来が見えるな。
でも、アタシは、ましろのどんなわがままが来ても応えてやる。
「チャンネル登録者100万人になったら教えてあげる。それよりも、センパイ、お腹空いた~! 早く唐揚げ作って~!」
マイペースな奴だな。普段は人をおちょくるくせいにご飯が欲しい時だけ「ご飯、ちょうだい」ってすり寄ってくる。本当にネコみたいな奴だよ、お前は。
「わかったよ。あ、わるい。ちょっとタバコ吸ってきていい?」
「もうしょうがないな。早くしてね」
「あぁ」
ましろに平謝りをして、アタシはタバコを吸うためにベランダへと急ぐ。
「あれ? ブラッキーは……あった」
ジャージのポケットから『BLACK×LUCKY』というロゴのタバコの箱を取り出す。アタシは、ジッポライターでブラッキーに火を点けて煙を肺に送り込む。ふぅーっと煙を夜空へと吐き出す。クセの強い苦い香りが広がる。『BLACK×LUCKY』という可愛い名前から、ほど遠い香りだよな。
このタバコと出会ったのは高校の頃だ。あの時、”アイツ”が美味そうに吸っていたな。
この匂いを嗅ぐ度に”アイツ”の顔が過ってしまう。アタシは末期の患者だな。
「あぁ、まずい」と口にしながら、アタシはアイツが愛したタバコをやめられない。
やめてしまったら、アタシの心が壊れてしまうかもしれない。こんなタバコに依存している姿をリスナーちゃんが見たら幻滅するんだろうな。やめなきゃいけない。頭で理解できていても、やめられない。可哀そうな中毒者だよ、アタシは。
このタバコの匂いがアイツが側にいれくれているという安心感をアタシに与えてくれる。どこにいるか分からないアイツのことを。アタシはブラッキーをやめることは出来ない。
だって、このタバコは忘れられない”初恋の香り”なんだから。