センパイ、またタバコ吸いに行っちゃった。
もう、ボクはお腹空いているのに。
「もう、タバコとボク、どっちが大事なの!?……やば、これって面倒くさい彼女じゃん」
ボクは、恥ずかしくなってソファにあったネコのクッションで顔を隠した。やばい、メンヘラ彼女みたいなことを呟いちゃった。
恐る恐る、そっとクッションの隙間からベランダを覗くと、センパイはこっちに気付かずタバコを吸っている。
センパイがいなくてよかった。こんなキモいところを見られたら、センパイに嫌われちゃう。ボクはソファの上でゴロゴロしながら、ベランダにいるセンパイの後ろ姿を見つめている。
ねぇ、センパイ知っている? どうしてボクがこんなモヤモヤするのか?
センパイの唐揚げが、まだ食べれないから? 違う。
ボクのご飯よりもタバコを優先したから? 違うよ。
ボクの苦手なタバコを吸っているから? ちょっと違うかな。
正解はタバコの煙に隠されたセンパイの本当の気持ちだよ。
その意味がボクの頭を過る度に、ボクの心はどうしてもモヤモヤしちゃうんだ。
そのタバコ、あの人が好きだったタバコだよね?
センパイの同級生の○○○さん……。いや、思い出したくない。センパイの心に住み着いているあの人の名前なんて。高校時代は、よく三人で一緒にいたよね。ボクはセンパイと二人きりなりたかったのに、いつもあの人がいた。いや、本当はセンパイが○○○さんと2人きりになりたかったんだよね。
だから、ボクはセンパイと二人きりにさせないため、出来る限り3人の時間を作ったんだよ。ごめんね、ウザかったよね。
でも、あのまま2人きりにしたら○○○さんにセンパイを取られちゃう。それは絶対嫌だった。
ボクはキモい自分の黒歴史を思い出しながら、ベランダでタバコを吸っているセンパイの後ろ姿に目を向ける。
センパイはタバコを表情変えずにカッコよく吸っている。センパイがタバコを吸う姿は絵になる。バリバリ仕事が出来るお姉さんが仕事から解放されて一息ついている感じ。
センパイ、タバコがマズいって顔に書いてあるよ。本人は顔に出してないつもりだけど、ボクにはそう見えるよ。あの時も○○○さんが吸っている隣で「○○○が吸っているタバコ、試しに吸いたい」って言って咽せて涙目になっていたのに。今は平気に吸っている。タバコなんて全然吸えなかったはずのセンパイをここまで変える程、○○○さんの存在がセンパイから消えないんだね。
「センパイそんなに、あの人を側で感じたいの? その、ボクじゃダメなの?」
ボクはセンパイのことが好き。人としてもだけど、1人の女性としても好き。初めて会った時から、ずっと。
出会ってから10年も経つのに、この気持ちは変わらない。センパイに出会ってから色んな女性と出会ってきた。声優時代にはキレイで可愛い女性声優さんとたくさん共演もした。オタクの人が羨む清純派声優とも何度も共演した。
でも、彼女たちは共演者で恋愛対象には一切ならなかった。どんな素敵な女性が現れても全くときめかなかった。
今後、どんなに素敵な女性が現れてもセンパイ以上にボクをときめかせる女性は現れない。
センパイは、あまり男受けしない見た目をしている。黒髪のウルフカットで、切れ長の目が印象的でカッコいい系女子。宝塚の男役を務める女優さんのような中性的な顔立ちで何回も男と間違えられたことがあるらしい。雑誌のモデルさんみたいにスレンダーでスタイル抜群。
だけど、女の子らしい体の凹凸はない。胸が小さいことがコンプレックスという可愛い一面を持っている。ボクは女の子の胸の大きさなんて気にしないけど、世の男の大半は胸が大きさにこだわりがあるみたい。センパイ、世の中のマザコン野郎の意見なんて気にしなくていいの。
でも、センパイは男っぽい見た目のせいで女の子扱いされないことを気にし続けている。そんなことを気にしちゃうなんて十分女の子らしいけどね。
ボクなんて今まで男だと思われたことないのに。
子供の頃から肌が色白で筋肉がつきづらくて華奢な体型。おまけに女の子っぽい顔立ちとアイドル声優みたいなアニメ声。この見た目と声質で女の子と勘違いされ続けている。
この見た目で得したの声優時代だけだった。女性アイドル声優として事務所が売り出してもオタク達は誰もボクを男だと気づかなかった。
そのおかげでボクはたんまり稼がせてもらったし、当時のファンの方が今は『しろクロちゃんねる』のリスナーになってくれている。
だけど、子供の頃はそんなことばかりしかなかった。女の子より可愛いボクは嫉妬した女の子からいじめのターゲットにされた。
女の自分よりモテる男子が許せなかったみたい。それが、男子からも”おとこおんな”とバカにされてズボンを下げられたことも何回もあった。
「あれ?」
ボク、泣いている? ダメだな。嫌なことを思い出しちゃった。
今、大好きなセンパイと一緒に同居して配信活動が出来ている。こんな幸せな生活を送っているのに。
それにボクの計画も上手くいったことだし。今日のチャンネル登録者10万人達成記念配信で次の100万人達成できたらボクのお願いを何でも聞くという約束。リスナー全員の前で約束させられた。ボクの計画通りだ。
センパイって昔からクールでカッコいい見た目なのに、意外と単純なんだよね。ボクがちょっと煽っただけで、簡単に乗せられちゃうんだもん。本当におバカさんなんだよ。
でも、そんなおバカさんな部分もセンパイの可愛い魅力だから大好き!
ボクがチャンネル登録者100万人目指すことを渋ったら、どんな条件でもその場の雰囲気で飲む。しかも配信中にやればリスナーさん達の期待を裏切ってはいけないという雰囲気がセンパイの真面目さを加速させてボクのお願いを断りづらくさせる。
その結果、センパイはボクのお願いを聞く羽目になる。
センパイは変わってない。昔から誰にでも優しくて義理堅い。それに変に真面目で困った人を放っておけない。
その優しさにつけ込まれて頼まれ事を断れなくて抱え込んでしまう。
「センパイ。もう少し楽に生きようよ」
ボクはベランダでタバコを吸っているセンパイの後ろ姿に話しかける
センパイ、あなたはあの頃のまま素敵です。そして、ボクのあなたへの想いもあの頃と変わりません。
ボクは登録者100万人達成した時のお願い。それはボクがセンパイと出会った時から叶えたかったこと。あの時から言えなかった大事なお願い。
今までボクは、そのお願いから目を逸らしてきた。
センパイとの関係性を壊さないために。
このままセンパイと先輩後輩の関係をずっと続けるも悪くない。
でも、この居心地の良い関係を壊してでも、ボクは別の関係を作りたい。正反対の考えを持つわがままな2人に今日まで、ずっと苦しませられた。
そろそろ、決着をつけなきゃ。じゃないとボクがもたない。
「センパイ、一緒に100万人達成しようね」
ボクはベランダから見えるタバコを咥えたセンパイの後ろ姿に語りかける。ボクのことを1ミリも考えていない後ろ姿に、ちょっとモヤモヤするけど。
「また、あの人のこと考えているの?」
センパイが忘れられないあの人は、センパイだけじゃなくてボクまでも苦しめる。ボクらがこの苦しみから逃れるためにも、早くボクのお願いを現実にしなくちゃ。