「みなさん、こんまし~。あなたのお耳の恋人ましろだよ~!」
:こんまし~! ましろん! かわいいよ!
:ましろちゃん、天使!
:ましろんから癒しゲッツ
相方のましろがいつもの挨拶するだけで配信チャンネルのコメント欄がいっぱいになっている。
可愛いは正義。男勝りなアタシが一生言ってもらえない言葉。
アタシと真逆のましろにぴったりだ。
ましろの立ち絵は茶色のセミロングで少女マンガに登場するキラキラ主人公のような大きな瞳と程よい肉付きのスレンダー体型。衣装は丸襟の白ブラウスに赤のリボンタイ、下はチェック柄のフリルミニスカート穿いている。ワンポイントで四つ葉のクローバーの黒い髪留めをしている。
可愛い。アタシもこういう可愛い衣装の立ち絵が欲しいな。
アタシの立ち絵は、ましろと真逆のカッコいい系だ。黒髪ロングの切れ目で中性的な顔立ちに細身のホストみたいな体型。衣装はゴシック調ジャケットとパンツを穿いている。ワンポイントで白い四つ葉のクローバーのネックレスをしている。四つ葉のクローバーは絵師さんのこだわりみたいだ。
ましろの知り合いの絵師である”ハイエナ”さんがアタシをイメージして生み出してくれたアタシの分身。この立ち絵に全く文句もないし、このキャラに何も不満はない。
ただ、時々アタシの中に死にかけている女が「可愛い見た目にして欲しかったよね」と耳元で囁いてくる。黙れ。誰も可愛いアタシなんて求めていない。リスナーちゃんがアタシに求めているのは……。
「ほら、センパイもあいさつして~」
「おぅ。みんな、こんクロ~。キミのお耳の王子様クロナだ」
カッコいい王子様だ。
:クロ様! こんクロ!
:わたしの王子様!
:クロ様はわたしの永遠のお耳の浮気相手です!
アタシは乙女ゲームに登場するようなキザな男を思わせる口調で挨拶すると、賞賛のコメントが流れ出す。
リスナーちゃん達が求めているのは、こういうアタシ。辛い現実では滅多に出会えない甘い言葉を耳元で囁くクールな王子様。
クールな王子様を演じているつもりは全くないけど、リスナーちゃん達はアタシのことを王子様と思っている。
こんなアタシを受け入れてくれるリスナーちゃんがたくさんいる。
嬉しいな。
アタシのリスナーちゃんは可愛い。この立ち絵のおかげでアタシはイケメンアイドルのような扱いを受けている。リアルなアタシを見たら、がっかりするかもしれないな。
おっと、いけない。今は配信中だ! 配信に集中しないと。今日は大事なお知らせをみんなにしなくちゃいけないんだ。
ましろ、早速発表してくれ! アタシは、ましろに目で合図を送る。
「OK、センパイ」とましろはアタシにウィンクする。
「じゃあ、今日も『しろ×クロチャンネル』始めるよ。配信の前に、みんなに大事なお知らせだよ! みんなのおかげで、『しろ×クロチャンネル』が登録者10万人達成だよ~! みんな、ありがとう!」
:ましろん、10万人おめでとう!
:8888
:ましろん、やったね!
「リスナーちゃんのおかげだよ。ありがとう!」
:クロ様、おめでとうございます!
:10万人、達成ですね!
:@ハイエナ クロちゃん、ましろちゃん、おめでとう!
「ハイエナさん、ありがとうございます!」
リスナーちゃんだけじゃなくて、ハイエナさんまで喜んでくれている。よかった。
この目標を達成できたのは、アタシ達の力だけじゃない。
アタシ達をチャンネル開設当時から応援してくれるリスナーちゃん、1人1人のおかげだ。どんだけ頑張って配信をしても聞いてくれる人が誰もいなかったら、ただの自己満足だ。
「いや~、センパイ。嬉しいね。みんな喜んでくれているよ」
「あぁ。ここまで登録者が増えるとは思っていなかったよな」
「まぁ、ボクがいるから10万人は余裕だったけどね」
ましろの奴、強がり言いやがって。そんな強気発言なましろの瞳には、うっすら涙が浮かんでいる。ましろはチャンネル開設時は「ボクたちの配信、見てもらえるかな?」と配信外で弱気発言をする時もあった。
いくら、元人気声優だった自分でも配信者として通用するのか、心配だったんだろうな。
ましろは2年前まで声優だった。ただの声優じゃない。アニメ好きなら誰でも知っている人気作品にたくさん出演していた。
ラブコメ作品の可愛い後輩役が多かったましろは、可愛い声で「先輩、好きです」とオタク達を虜にしていた。アタシもましろが出演していたアニメを見たけど、目の前にいるリスナーを蔑んでいる奴とは同一人物には思えなかった。
ましろは声だけじゃなくて見た目も可愛い。
雪のように白い肌に栗色のセミロングでアニメキャラみたいな大きな黒目。
そして、細身のスレンダー体型。まさにアニメキャラが飛び出してきたようなビジュアルをしている。
ハイエナさんが描いた立ち絵と全く変わらない姿をしている。
昔より雑誌が売れない出版不況と言われている中、ましろの写真が掲載されている声優雑誌が1日で完売してすぐ増刷が掛かったっと当時ネットで話題になったらしい。
今でもオタクの間で、ましろが載っている雑誌が高値取引されているというウワサも聞く。
今の声優は昔よりもビジュアル重視される傾向があるけど、ましろはただのアイドル声優じゃなかった。可愛いアイドルのような見た目だけじゃなく実力も兼ね備えたていた。大御所声優と共演した時も、ましろの演技は負けていなかったとアタシは思う。
そんな人気絶頂だったのに、ましろは突然引退した。
その理由は、ましろ本人しか知らない。アタシにも教えてくれない。
まぁ、ましろが言いたくないことを聞く権利はアタシにはない。
ましろは声優引退後に配信者として活動することになってアタシを誘ってくれた。チャンネル開設当初は、ましろの声を聞いて元人気声優ましろが配信者として復活したと話題になった。
ましろファンを切っ掛けにアタシ達の配信を聞いてくれるリスナーちゃんは増えていった。
それからも新規のファンもついて、もうましろは人気配信者の仲間入りだ。ましろよりも素人のアタシが足を引っ張らないか。正直、不安だった。
コメント欄にも「ましろんのソロ配信だけでいい」、「一緒にいる子、いらなくない?」という、ましろのファンの正直な気持ちが書かれていた。
アタシも、そんなコメントを目にする度に、ましろの足を引っ張っていると申し訳なさが増していた。
だけど、ましろは「センパイを見てくる人は必ずいる。諦めないでやろう」と励ましてくれた。
ましろに励まされたおかげでアタシは辞めずに配信者を続けることが出来た。
その結果、ましろファンしかいなかった『しろ×クロちゃんねる』に女性リスナーが増え始めた。
しかも、ましろのファンではなく、アタシのファンだと公言してくれるリスナーちゃんだった。
最初は男女比は10:0で男性リスナーしかいなかったのに、今ではほぼ男女比が半々になっている。
アタシとましろのリスナーが半々で視聴してくれるようになった。
このチャンネルは、ましろだけのチャンネルじゃない。アタシもここにいて大丈夫。この結果がそう言ってくれている気がする。アタシも少なからず配信者として通用するようになったのかな。
「クロ様の声、癒されます」「クロ様のクールな形式、もっと聞きたいです!」 みたいなコメントを見るたびに、アタシは自然と笑顔になった。リスナーちゃん達の応援のおかげで、アタシもましろもここまでやっていたんだ。
「センパイ、なんか顔がニヤついてるよ。どうしたの?」
「いや、何でもない。リスナーちゃん達のコメントを見てたら、嬉しくて」
:クロ様、そんな表情も素敵です!
:クロ様、可愛いって思っちゃった……どうしよう!
:@ハイエナ クロちゃん、可愛いよ!
「ハイエナさんまで、アタシをいじるなよ!」
「センパイ、照れちゃって可愛い! 普段クールぶってるのに~! ほら、みなさん! もっと可愛いコメントあげてくださいよ!」
「おい、ましろ、余計なこと言うな!」
「ごめん、ごめん。でも、センパイが可愛いのは本当だからね!」
コイツ、絶対に思ってないだろ。高校の時から変わってないな。いっつもアタシのことをからかいやがって。
まあ、良い意味で裏表がないのが、ましろの良いところだけどな。
「それじゃ、10万人達成の記念企画もやらないとな。ましろ、何か考えてるのか?」
「もちろん! リスナーさんが喜んでくれること考えているよ」
「おい、めっちゃ目が泳いでいるぞ」
「そんなことないよ。じゃあ、センパイは何かあるの?」
「それは……」
「ないんだ! じゃあ、大喜利バトルでもやる?」
「大喜利バトル? アタシたちの配信でやったことあったか?」
「ないよ!」
:見切り発車!
:ましろんトレイン、発車いたします!
:乗車チケットはいくらですか?
「おいおい、マジで大喜利やるのか?」
「とりあえず、やってみよう!」
言い出しっぺのましろは子供みたいに笑いながら、大喜利をやろうと提案する。
ましろの明るい声に背中を押され、アタシはまた画面越しのリスナーちゃん達に笑顔を向けた。
今は、目の前の配信を全力で楽しんでもらう。 それが、アタシたちがリスナーちゃんに出来る恩返しだ。