アザゼルとの予期せぬ遭遇から七日が経った。それ以来、アレックスは自由な時間のすべてをフレイヤとの訓練に費やし、限界を押し広げるように戦い続けていた。
近くの木の下に座るルナは、微笑みながらアレックスを見守り、励ましの言葉を送る。その間も、彼はフレイヤの素早い攻撃を必死にかわしていた。
風が木々の間を吹き抜ける中、アレックスは鋭い動きでフレイヤへ突進し、右腕から風の刃を放つ。しかし、フレイヤは軽々とそれをかわし、素早く横へ滑り込むと、鋭い蹴りを繰り出す。アレックスは咄嗟に風の盾を展開し、なんとかその一撃を防いだ。
少し離れた場所で、アザゼルが腕を組んで彼らの戦いを観察している。
「速いが、まだ正確さに欠けるな…」と、彼は小さく呟く。「目覚めたばかりにしては強いが、無駄な動きが多すぎる。」
「頑張れ、アレックス!負けないで!」ルナが両腕を振りながら声を上げる。
フレイヤは微笑を浮かべ、再び攻撃を仕掛ける。アレックスも反撃を試みるが、彼女の方が速かった。アレックスの拳をひらりとかわし、鋭い肘打ちを脇腹に叩き込む。
アレックスは数歩後退し、荒い息を吐く。しかし、その顔には笑みが浮かんでいた。
「良くなってきたわね。」フレイヤが姿勢を緩めながら言う。「でも、攻撃の時にまだ隙が多いわ。」
「分かってる。」アレックスは腕を軽く振りながら答えた。「でも、少なくとも前みたいに毎回吹っ飛ばされることはなくなったよな。」
「それは確かに。」フレイヤは笑う。
その時、アザゼルがゆっくりと歩み寄り、いつもの気怠げな表情で口を開く。
「悪くないな、坊主。」
「でも、まだ単調すぎる。」
「お前が言うのか、"堕天使"?」アレックスが眉を上げる。
アザゼルは楽しげに微笑む。
「アドバイスなら山ほどあるが、今は様子を見たい。だが、本当に挑戦が欲しいなら…」
彼が言い終わる前に、空気が一変した。冷たい波動が辺りを包み込む。
アレックスはすぐに警戒し、フレイヤも身構える。ルナは突然の寒気に思わず自分の腕を抱いた。
「…これは?」アレックスが低く呟く。
その瞬間、黒い影が現れた。一匹のコウモリが突如として空中に現れ、近くの岩にとまる。その目が赤く輝いたかと思うと、影のような霧に包まれながら人の形へと変わった。
そして、深く響く声が静寂を破る。
「ほう…こいつが新たなケツァルコアトルのアバターか。」
アレックスは拳を固く握りしめる。
「お前は誰だ?」
謎の男は不敵に笑い、鋭い牙をのぞかせる。
「サマエルと呼べばいい。…敵意はない、まだな。」
「ただ、神々や悪魔たちの注目を集めた少年を見ておきたかっただけだ。」
アザゼルは大きくため息をつき、髪をかき上げる。
「やれやれ…そのうち来るとは思ってたがな。」
サマエルは皮肉げに首を傾げる。
「何をそんなに驚く、アザゼル?神々の戦いは我々にも関係しているのだよ。」
アレックスは息を呑む。神々のアバターだけでなく、今度は悪魔までもが彼に興味を持ち始めたのか。
「それで、何の用だ?」アレックスは鋭い目でサマエルを睨む。
悪魔はニヤリと笑い、腕を組む。
「お前に取引を持ちかけに来た…断れないかもしれない提案をな。」
サマエルの存在が空間を歪めるかのように、周囲の空気が重くなる。ルナは震えながらスカートの裾を握りしめ、フレイヤとアザゼルは鋭い視線をサマエルに向けた。
「取引?」アレックスは警戒を解かずに問い返す。「俺は悪魔と交渉するつもりはない。」
サマエルは肩をすくめ、余裕の笑みを浮かべる。
「今はな。」彼はゆっくりと言葉を紡ぐ。「だが、このまま進めば、いずれはそうせざるを得なくなる。」
アレックスの表情が険しくなる。
「それはどういう意味だ?」
サマエルはわざとらしくため息をつく。
「いいか、坊や。神々の戦争はただの権力争いじゃない。ただの覇権争いでもない。もっと大きな問題が絡んでいる。」
一拍置き、アレックスの表情を観察する。
「多くの神々とアバターたちは、このトーナメントが次の偉大な神を決めるためのものだと思っている。だが、それはただの建前にすぎない。」
フレイヤが歯を食いしばる。
「建前…?じゃあ、本当の目的は何?」
サマエルの笑みが深まる。
「真の戦いさ。」
「前回の戦争で、エロヒムのアバターがその座を拒んだことで、宇宙の均衡が崩れた。それを埋めるために、神々はまたトーナメントを開いたんだ。」
アレックスは腕を組む。
「それで?お前たち悪魔はどう関係している?」
「簡単な話だ。我々は神々の茶番には興味がない。ただ、その裏に隠された真実には関心がある。」
サマエルは一歩前に進み、楽しげにアレックスを見つめる。
「そして、お前もな。」
アレックスの心臓が早鐘を打つ。
「どういう意味だ?」
「お前は"異分子"だからだ。」サマエルは冷たく微笑む。「お前の存在は本来、この戦いの枠組みに入るはずがなかった。」
沈黙が流れる。
「だからこそ、俺は提案する。」サマエルは静かに続ける。「我々と手を組めば、他のアバターを超える力を与えよう。」
アレックスは目を細める。
「断ったら?」
サマエルの笑みが鋭くなる。
「その時は…我々も敵に回ることになるな。」
ルナが息を呑み、フレイヤが前に出る。
「宣戦布告か?」
サマエルは手を振る。
「まだ早いさ。ただ、覚えておけ。世界に
はもっと恐ろしい存在がいる。」
そう言い残し、サマエルは影と共に姿を消した。
静寂が訪れる。
「アレックス…」ルナが心配そうに彼を見つめる。
しかし、彼は一点を見つめ、拳を握る。
「俺は…もっと強くなる。」
風が木々を揺らす。戦いはまだ始まったばかりだった。