アレックスはポケットに手を突っ込みながら街の通りを歩いていた。ククルカンから明かされたことをまだ整理しきれていなかった。
悪魔、天使、トーナメントで勝利すると消えるアバターたち…未解決の謎が多すぎる。
しかし、考えを中断したのは、ルナが待つカフェが視界に入ったときだった。店のガラス越しに、窓際の席に座る彼女の姿が見えた。スプーンをコーヒーの中でゆっくりとかき混ぜながら、物思いにふけっているようだった。
アレックスはドアを押して店に入った。カラン、とベルの音が鳴る。ルナは顔を上げ、彼を見ると目を輝かせた。
「アレックス!」
彼女は笑顔で手招きした。
無言で向かいに座ると、ルナはすぐに彼の浮かない表情に気づいた。
「大丈夫? なんだか元気ないみたいだけど」
アレックスは小さく息をついて答えた。
「…ちょっと考え事をしていただけ」
ルナは肘をテーブルにつき、興味深そうに見つめる。
「何を?」
アレックスは迷った。すべてを話すわけにはいかない、まだ。
「アバターの危険性について、そして、それが周りの人にどう影響するか…」
ルナは少し視線を落とした。彼が何を言いたいのか、察していた。
「アレックス… あなたが危険なことをしているのはわかってる。でも、私のことをそんなに心配しないで」
アレックスは彼女をじっと見つめた。
「君だけの話じゃない。俺の周りにいる人は皆、危険に晒される。もう誰にも、俺のせいで傷ついてほしくない」
ルナはそっと彼の手を取った。
「それは違うよ。全部、一人で抱え込まないで」
彼女の手の温もりに、一瞬だけ思考の渦が静まる。しかし、その時——
カラン。
再びベルの音が鳴る。
二人が入り口の方を向くと、黒髪に紅い瞳の男が入ってくるのが見えた。その場の温度が数度下がったように感じるほど、彼の存在は異様だった。
アレックスの背筋に悪寒が走る。
(誰だ、こいつ…?)
男は一瞬だけアレックスを見て、かすかに微笑むと、そのままカウンターへ向かった。
すると、ククルカンが心の中で警告を発する。
『気をつけろ。奴は普通の人間じゃない』
アレックスは無意識に拳を握りしめた。もしかして、さっき見たコウモリと関係があるのか?
誰であろうと、この男の登場が新たな波乱をもたらすことは間違いなかった。
男はコーヒーを受け取ると、店内を見渡す。しばらくすると、アレックスとルナの席へと歩み寄ってきた。
アレックスは警戒しながら彼を見つめる。敵意は感じられないが、その存在自体が異質で、まるでこの世界に対して何の執着もないかのようだった。
男は退屈そうに二人を見やると、ふと目を上げ、誰か見えない相手に語りかけるように言った。
「久しぶりだな、ククルカン。相変わらず神経質だな」
アレックスの頭の中に、ククルカンの不快そうな声が響く。
『…チッ、またお前か。思ったより早かったな、このクソ野郎』
アレックスは眉をひそめる。
「…お前は誰だ? 何の用だ?」
男は舌打ちし、首を横に振った。
「そんなに敵意を向けなくてもいいだろう?」
そう言うと、彼はルナの手を取り、軽く口づけた。
「俺の名はアザゼル。お美しいお嬢さん、お会いできて光栄だ」
ルナは驚いて固まった。アレックスの体が反射的に強張る。
だが、その時——
バンッ!
店のドアが勢いよく開かれた。
「アザゼル!」
店内の視線が、一人の少女に集まる。金髪の女性が、怒りをあらわにしてアザゼルに向かって歩いてきた。
アザゼルは、溜息をつきながら苦笑した。
「おやおや、もうおしまいか」
アレックスは事態がのみ込めず、混乱を深める。
「一体何が起こってるんだ…?」
少女——フレイヤは、腕を組んでアザゼルを睨みつけた。
「ここで何してるの?」
アザゼルは肩をすくめる。
「ただの偶然さ。ちょっと古い友人に挨拶をしに来ただけだよ」
フレイヤは歯ぎしりし、アレックスを振り向いた。
「こいつの言うことを信じちゃダメ。すごく危険なやつよ」
アザゼルは笑う。
「フレイヤ、そんな言い方は酷いな。ただの旅人さ。ほんのちょっと観察してるだけだ」
アレックスは混乱の中で確信した。
この男、アザゼルは——
ただの人間ではない。
そして、彼が現れたことが、新たな問題の始まりであることを。