穏やかな風が吹き抜けるビルの屋上で、アレックスは静かに街を見下ろしていた。目は穏やかだが、その奥には集中した光が宿っていた。フレイヤとの訓練が始まってから、一週間が経った。体は未だに激しい訓練の影響を受けていたが、それでも確実に戦闘能力の向上を実感していた。
「才能はあるけど、まだ未熟ね。」
最後の訓練を終えた時、フレイヤはそう言った。
「力に頼るだけではダメ。知恵を持って使いこなすのよ。」
今では風の流れを感じ取り、以前より速く動くことができる。槍の扱いも格段に向上していた。しかし、それでも無敵には程遠いと感じていた。
思考に沈むアレックスの頭の中に、ケツァルコアトルの声が響いた。
「落ち着かないようだな。まだ自分を疑っているのか?」
アレックスは腕を組み、視線を遠くへ向けたまま答えた。
「疑いじゃない……慎重になっているだけだ。エラゴンに殺されかけた。最後の瞬間に力が目覚めなかったら、俺は死んでいた。次も同じ機会があるとは限らない。」
ケツァルコアトルは少し間を置き、静かに言った。
「だからこそ鍛え続けるのだ。しかし、力が全てではない。決意と戦略もまた重要だ。」
アレックスは小さく息を吐いたが、完全に納得はできなかった。
その時、ポケットの中のスマートフォンが振動した。画面を見ると、ルナの名前が表示されていた。エラゴンとの戦い以来、少し避けていた相手だった。会いたくないわけではなかった。ただ、これ以上心配をかけたくなかったのだ。
少し迷った後、通話ボタンを押した。
「……もしもし?」
「アレックス!」
ルナの声は明るかった。
「どこにいるの?今週ずっとカフェに来てないよ!」
「忙しかったんだ。訓練で。」
「またそれ?!」
ルナがため息をついた。
「強くなりたいのはわかるけど、少しは休んでもいいんじゃない?」
アレックスはわずかに微笑んだ。
「お前は心配しすぎだ。」
「当たり前でしょ!」
ルナは怒ったように言った。
「アレックス、君は死にかけたんだよ?もう二度とそんな目に遭ってほしくないの。」
しばらく沈黙が流れた。ルナの声が再び聞こえた時には、柔らかくなっていた。
「……今日、会いに来てくれない?」
アレックスは迷った。もっと訓練を続けたい気持ちもあったが、彼女をこれ以上傷つけたくなかった。
「……わかった。午後にカフェに行くよ。」
「よかった!」
ルナは安堵の声を上げた。
「じゃあ、待ってるね。」
通話を切り、アレックスはそっと息を吐いた。どれだけ戦いに集中しようとしても、無視できないものがあるのだと痛感した。
だが――
その瞬間、背筋に冷たい感覚が走った。
顔を上げると、目の前の宙に小さなコウモリが浮かんでいた。赤い瞳が不気味に輝き、じっとアレックスを見つめている。まるで彼を分析しているかのように。
「……コウモリ?」
アレックスは眉をひそめた。
その瞬間、コウモリはふっと消えた。まるで最初から存在しなかったかのように。
(……普通じゃない。)
「……ケツァルコアトル。」
心の中で呼びかけると、すぐに答えが返ってきた。
「感じたぞ。これは、私が恐れていたことだ……」
「どういう意味だ?」
「お前の存在は、すでに危険な存在たちに知られてしまった。もはや神々だけではない。」
アレックスの身体がこわばる。
「……どういうことだ?」
「――悪魔だ。」
一瞬、世界が静寂に包まれた。
アレックスは目を瞬いた。
「……悪魔?冗談だろ?」
「そうではない。」
「じゃあ……天使は?堕天使は?」
ケツァルコアトルはすぐには答えなかった。その沈黙が、アレックスの好奇心をさらに刺激した。
「ケツァルコアトル……まだ俺に隠していることがあるんじゃないのか?」
「……時が来れば、お前も知ることになる。」
「いや、もううんざりだ。」
アレックスは拳を握りしめた。
「お前に導かれてきたが、新しいことを知るたびに、それが氷山の一角に過ぎないと気づく。俺は答えが欲しい。」
ケツァルコアトルはため息をついた。
「……わかった。だが、よく聞け。これはごく限られた者しか知らない真実だ。」
アレックスは静かに耳を傾けた。
「この世界を支配しているのは、神々だけではない。人類が誕生する遥か以前から存在する者たちがいる。悪魔とは、その一つに過ぎない。人間たちは彼らを地獄の住人と考えているが、実際は混沌の力を持つ存在だ。」
「……なら、地獄は本当にあるのか?」
「お前が思っているような形ではない。世界には無数の次元があり、それぞれ異なる存在が支配している。人々はそれを『天界』や『地獄』と呼ぶが、実際の構造はもっと複雑だ。天使も堕天使も確かに存在する。だが、その歴史はお前の想像を遥かに超えている。」
アレックスは腕を組み、情報を整理しようとした。
「……なら、一つ聞かせてくれ。アバターの
戦いで勝者は何を得る?大会はいつ始まる?そして、前回の勝者はどうなった?」
ケツァルコアトルは少しの間、沈黙した後、低い声で答えた。
「……大会に決まった時期はない。十分なアバターが揃った時、自然と始まる。そして、前回の勝者についてだが――」