ルナが次々とグループを移動し、アレックスを皆に紹介して回る中、彼は窓際の静かな隅を見つけ、一息ついた。夜空を見上げながら、最近の生活の変化について思いを巡らせていた。
「ここで会えるとは思わなかったわね、ケツァルコアトルの化身さん。」
柔らかくも芯のある声が彼の思考を遮った。アレックスが振り向くと、大学で一瞬だけ見かけた謎めいた少女、フレイヤが立っていた。今回は以前よりもリラックスしている様子だった。白地に金色の装飾が施されたシンプルかつ優雅なドレスを纏い、その緑の瞳と片側に編み込まれた金髪が一層際立っていた。
「フレイヤだよな?」
アレックスは驚きながらも返事をした。「君がここにいるなんて意外だ。」
彼女は微笑みながら腕を組み、壁にもたれかかった。
「私、こういう集まりには普段来ないの。でも、あなたが来ていると聞いて興味が湧いたの。普段は訓練に集中していそうなタイプに見えるから。」
アレックスは小さく笑った。
「君の言う通りだよ。でもルナには逆らえなくてね。」
フレイヤは少し真剣な表情になり、彼をじっと見つめた。
「アレックス、ちょっと聞きたいことがあるの。」
「どうぞ、聞いてくれ。」
彼女は少し身を乗り出し、声を低めた。
「化身としての目的は何?勝利のためにどこまで犠牲にする覚悟があるの?」
アレックスは少し黙り込み、彼女の言葉を考えた。
「正直、はっきりとした目的はまだない。ただ、負けたくないだけだよ。何かを得たいわけじゃなく、自分の可能性を知りたいんだと思う。」
フレイヤはゆっくりと頷き、彼の答えに何かを理解したようだった。
「みんな最初はそう思うのよ。でも、化身同士の戦いは単なる力や意志の問題じゃない。私たちは神々の戦争に巻き込まれているけど、誰もその全貌を知らない。神々がチャンピオンを選ぶ理由も、本当の目的も。」
アレックスはその言葉に驚きつつも興味を引かれた。
「それは一体どういう意味だ?君の役割は何なんだ?」
フレイヤは一瞬だけ地面を見つめ、深呼吸をしてから答えた。
「私も全てを知っているわけじゃない。でも、フレイア神は私にこの戦いで力を示すよう言っただけで、詳しい説明はしてくれなかった。中には名誉や力のために戦う化身もいるけど、私はこの戦いの意味を知りたいだけ。」
アレックスは眉をひそめ、考え込んだ。彼女の言葉が自分の中で疑問を深めた。
「それでも、勝つためには何を犠牲にする覚悟があるんだ?」
フレイヤの瞳に揺るぎない決意が浮かんだ。
「それはまだ分からない。でも、真実を追い求めるためなら、きっと何か大切なものを失う覚悟はできている。」
アレックスはその答えに胸騒ぎを覚えつつも、さらに強く彼女の話に引き込まれていった。その時、フレイヤがさらに身を寄せ、小さな声でささやいた。
「他の化身たちと戦う時が来たら気をつけて。全員が同じ目的で戦っているわけじゃない。中には真実を求める者もいれば、ただ力だけを求める者もいる。化身たちの運命は神々ともっと深く結びついている。答えはあなた自身の中にあるかもしれない。」
アレックスは彼女をじっと見つめ、その言葉が警告なのか、重大な秘密の共有なのか判断できずにいた。
その時、ルナが現れ、二人の間に割り込んだ。
「アレックス!こんなところで何してるの?」
ルナはアレックスの腕を掴み、会話を遮った。フレイヤはその様子を見て小さく笑った。
「まぁまぁ、ルナ。そんなに独占欲を見せなくても。ただ話していただけよ。」
「話すだけね…」と、ルナはカジュアルに答えようとしたが、少し緊張している様子だった。
フレイヤは軽くウィンクをし、去り際にアレックスにささやいた。
「また会いましょう、ケツァルコアトルの化身さん。その時には、私の言葉を思い出してね。」
彼女が去った後、ルナは不機嫌そうにアレックスを他のグループに引っ張っていったが、アレックスの頭の中にはまだフレイヤの言葉が響いていた。
夜が明け始める空を見上げながら、アレックスは心に決意を抱き始めていた。
第9章 終わり