アレックスは大学の正門に急ぎ足で向かいながら、頭を押さえつつ、痛みと諦めが入り混じった表情を浮かべていた。
「正直に話すべきじゃなかったな...」
彼はその朝の出来事を思い出しながら独り言を呟いた。
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アレックスはそっと家のドアを開け、母親がまだ寝ていることを祈った。まだ早朝だったが、キッチンの明かりがついているのを見て嫌な予感がした。 彼は足音を立てないよう廊下を進もうとしたが、母親の声が彼をその場で止めた。
「アレックス。」
彼はごくりと唾を飲み込み、ゆっくりと振り返った。そこには小柄ながら威厳のある母親が腰に手を当てて立っていた。
「こんな時間に何やってるの?それにその服、一体どうしたの?」
母親は、ビョルンとの戦いの後に残った服の裂け目と汚れを指差して尋ねた。
「えっと...お母さん、ちゃんと説明できるから!」
しかし説明の機会は与えられなかった。木製のスプーンが彼の頭を軽く叩いた。
「また路上で喧嘩でもしたの?ブルース・リーにでもなったつもり?どうしていつもこんな状態で帰ってくるのよ!」
怒った口調ではあったが、心配の色が滲んでいた。
アレックスは頭をさすりながら両手を挙げて降参のジェスチャーをした。
「本当に喧嘩じゃなかったんだ、信じてくれ!」
母親は一瞬だけ彼をじっと見つめた後、ため息をつき、不意に彼を抱きしめた。
「全く手がかかる子ね。でも、そんなあなたも私の大切な息子よ。トラブルに巻き込まれることが多いけど、ちゃんと気を付けて。」
そう言った後、彼をテーブルに押しやった。
「さあ、座ってなさい。大学で倒れたりしないようにお茶と朝ごはんを作るわ。それと、お弁当も忘れないでよ!」
アレックスは母親がキッチンで忙しく動き回る様子を眺めながら、感謝と少しの恥ずかしさで胸がいっぱいになった。
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その記憶を振り払おうと頭を軽く振りながら、アレックスは授業に間に合った。彼は席にどさっと座り、ビョルンとの壮絶な戦いから文学史の退屈な授業に戻るという非現実的なギャップを感じていた。
同じクラスの友人であるルナが近くの席から彼をじっと見つめてきた。ルナはエネルギッシュで観察力が鋭く、常に周囲の人々に気を配っている。
「アレックス、また何があったの?いつもより疲れてるみたいだけど。」
彼女は首を傾げて尋ねた。
アレックスは無理やり笑みを作りながら答えた。
「別に大したことじゃないさ。ただ...日常の小さなトラブルってやつだよ。」
ルナは眉をひそめたが、それ以上は追及しなかった。ただ、彼の様子に何か隠れていると直感で感じていた。
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授業が終わった後、アレックスはキャンパス内を歩きながら、ビョルンとの戦いと彼が去り際に言った言葉について考えていた。自分と同じようなアバターが他にも存在し、いずれ彼らと向き合うことになるだろうという考えは、興奮と不安が入り混じった感情を彼に抱かせていた。
そんな中、奇妙な音が耳に入った。少し離れたキャンパスの一角を見ると、何人かの学生が集まり、興味深そうに何かを見つめているのが目に入った。気になったアレックスが近づいてみると、暗い髪の少女が氷でできた剣のような武器を使って練習しているのを目撃した。彼女の戦い方は優雅でありながら凶暴さを秘めていて、その一撃一撃が空気中に冷気を残していた。
アレックスの背中にぞくりと寒気が走った。彼女には明らかに普通ではない何かがあった。
フレイヤ・リンド、彼は思い出した。最近キャンパスにやってきた留学生だ。
しかし、アレックスが近づく前に、フレイヤは訓練を止め、その銀色の瞳を彼に向けた。一瞬、彼女はアレックスの内側を見通しているかのように感じられた。まるで何かを知っているかのようだった。
彼女は軽く微笑むと、その場を去った。その後、アレックスは胸の奥に得体の知れない感覚を覚えたままだった。
「間違いなく普通の人じゃないな...」
彼は呟き、自分と同じアバターとしての道において重要な存在を見つけた気がした。
第7章 終幕