◆◇◆
お城の外に出るのは、初めてだった。
美夜にあてがわれた客間は四階にある。部屋を出て、螺旋階段を下りていく。
午後三時過ぎの、この時間帯はちょうど出歩く人が少なくて、美夜は誰にも出会うことなく、一人で一階まで降りることができた。
(さて、玄関はどこにあるのかな? 地図があればいいのに)
もちろん、観光地でもない城に地図があるはずもなく、美夜はきょろきょろと周囲を見渡しながら、城内をさまよった。
人の声が聞こえると、慌てて物陰に隠れる。
何となく、見つかったら怒られてしまう気がしたのだ。猫の獣人だからか、気配を殺すのは上手だったようで、誰にも見つからずに済んでいる。
「玄関が見つからニャイ……」
焦れた美夜は強硬手段に出ることにした。お行儀なんて気にしない。ちゃんとした出入口を見つけることを諦めて、窓を探すことにしたのだ。一階なら、窓から飛び降りても怪我はしない。
「あった!」
さっそく窓を見つけて、大喜びで歩み寄る。が、格子窓になっており、ここからは外に出られない。うろうろと周辺を歩いて探すと、鎧窓があった。
幅の広い羽根板をブラインドのように斜めにした窓で、開くことができた。
(ここからなら、出られる!)
どうにか隙間を作ると、頭を突っ込んでくぐり抜ける。ちょっとだけ高さがあったが、怖いとも思わなかった。身軽く飛び降りる。さすが猫の獣人。すとん、と着地に成功した。
「ふふん。簡単にゃっ」
調子に乗った美夜はスキップしながら、中庭を通り抜ける。
緑の芝生で綺麗に整えられた中庭が、魔王の執務室から丸見えなことには気付かずに、にゃごにゃご鼻歌を口ずさみながら、花壇から離れた広場に立った。
「ここなら、魔法を失敗しても大丈夫にゃ、はず」
燃えるようなものは近くにない。たっぷりと土があるので、土魔法も使い放題だ。
「さっそく、実験にゃ!」
まずは土魔法だろう。ワンピースを汚さないよう、そうっとその場にしゃがんで、土に触れてみる。土魔法。どんな魔法がいいだろう。深夜アニメで見かけた土魔法を思い出してみる。
(穴を掘る魔法なら、危なくないよね!)
さっそくイメージを固めてみる。大きな穴は埋めるのが大変なので、小さめの穴を想像しよう。魔法を発動すると、ぽこっと拳サイズの穴があいた。
「成功! 次は穴を埋める魔法にゃ」
元通りになるように念じながら、魔法を発動する。周囲の土が盛り上がり、穴が埋まる。わぁ、と歓声を上げながら、穴があった場所に触れてみた。ふかふかだ。
(すごい。特に意識してはいなかったけれど、これは畑を耕すのにちょうどいい魔法なのでは?)
異世界で土魔法とくれば、農業だ。ふかふかの土で美味しい野菜を育てるのは、悪くないお仕事かもしれない。子猫とはいえ、ちゃんと稼げる方がいいだろう。
「じゃあ、次は火魔法にゃ!」
火の魔法といえば、ファイアボール! 真っ先に思い付いた魔法だ。ゲームでもよく見かけるので、多分いちばんメジャーな魔法だと思われる。なので、思い浮かべるのは簡単だ。
(てのひらサイズの炎の玉!)
念じるのと同時に、ぼっと火柱が立ち昇る。
「ニャッ⁉」
思ったよりも、大きな炎が生じてしまったようだ。
あまりの勢いに、ぴょんと飛び上がって驚いてしまう。自慢の尻尾が大きく膨らみ、毛羽立っていることにさせ気付かない。
「ど、どうしよう……火が消えにゃいにゃ……」
おろおろと焦る美夜は半ばパニックになっており、魔力の供給を止めることさえ失念していた。
獣は勢いを増す炎を恐れるもの。猫の獣人である美夜も、ぶるぶると震えながら、徐々に大きく成長していく炎の塊に怯えてしまった。
「みゃ、みゃおう……」
涙目になって、その名を呼んだ途端、誰かに抱き上げられた。逞しい両腕に軽々と持ち上げられて、馴染んだ匂いにほっと力を抜いた。
「何をしているのだ、勇者よ」
怖い表情をした魔王が、腕の中の少女を見下ろしていた。