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第14話 魔族の国はとても過ごしやすいようです2

 アウローラ王国とトワイライト帝国は、今のところ休戦状態らしい。

 魔王を倒すために『勇者召喚』を行ったところ、魔王自らが乗り込んで勇者を奪うという、とんでもない挑発行為に遭った帝国だが、怒りのまま戦を仕掛けてくるかと思いきや、守りを固めて閉じこもっているらしい。

 子猫姿で聞き耳を立てて得た情報によると、魔王が怖くて引きこもっているようだ、とのこと。


(え、情けなくない? あんなに偉そうに「勇者よ」とか言っていたくせに)


 まぁ、たった一人で乗り込んできた魔王に、帝国側の騎士や魔法使いがあっさり倒されたようなので、それも仕方ないかと納得する。

 もともと、自国の戦力で勝てそうにないから、異世界から勇者を召喚しようとしたのだ。

 なら、戦などしなければいいのに、と美夜は思うのだが。


(元の世界より快適な暮らしを送れているし、私もうここで猫として生きていこう……)


 怠惰な生活をこよなく愛する美夜は、満ち足りた表情で魔王の膝を独占した。

 どのくらい、そうやって眠っていたのだろうか。


「勇者よ、おやつの時間だぞ?」

「みゃ!」


 耳元で優しく囁かれて、美夜は弾かれたように飛び起きた。

 おやつ! おやつと言いましたか? 起きます!

 抱きかかえられてソファに移動すると、テーブルには美味しそうな食べ物が並んでいる。

「みゃあああん」

 少しぬるめのホットミルクを用意してくれたメイドさんにお礼を言って、青い瞳を期待に輝かせながら、魔王を見上げる。そうすると、魔王がスプーンを口元に運んでくれるのだ。

「みゃあうう」

 ハチミツ入りのミルクはほんのり甘くて最高だし、ソフトクッキーも美味しい。


 お腹が満ちると、次は運動だ。

 魔王の紫がかった黒の長髪はちょうど良いオモチャで、子猫姿の美夜はお尻をふりふりと揺らしながら跳びついてじゃれて遊ぶのが日課だった。

 たまに髪を引き抜いてしまうので、それなりに痛いはずだが、優しい魔王は怒らない。

 遊びがエキサイトして豪奢なカーテンに穴を開けてしまった時には、エルフの侍女長に二人揃って叱られてしまったが、それはそれ。

 地球とは全く違う異世界へと猫の姿で召喚されてしまった美夜は、それなりに楽しく魔王が統べるアウローラ王国で暮らしている。


 ひとつだけ不満なのは、魔王アーダルベルトから「勇者」と呼ばれることくらいか。

(名前を知っているのだから、ちゃんと「ミヤ」って呼んでくれたらいいのに)

 それと、気になっていることが、あとひとつ。なぜ、自分は「勇者」なのかということ。

 普通、女の子は「勇者」ではなく、「聖女」なのではないだろうか。

 自分が「聖女」なんて呼ばれたら、背中がむずむずしてしまいそうだけど、「勇者」という柄でもない。

 毒親と面倒な姉を家族としていたので、美夜は同世代の中では家事全般が得意だ。好きで得意になったわけではなく、幼い頃から押し付けられてきたので、こなせるようになっただけだが。

 勉学もそれなりに自信がある。これは、早く実家から逃げ出したかったから。

 美夜に対して愛情は欠片もないが、見栄っ張りな両親のこと。国立の良い大学に受かれば、進学を許してもらえると踏んで、死に物狂いで勉強したからだ。

学ぶことは嫌いではなかったので、どうにか頑張れた。

 だが、美夜ができることと言えば、そのくらいで。

「勇者」と呼ばれるからには、戦えなくてはいけないはずだが、あいにく運動神経にはまったく自信がない。


(まぁ、どうせ子猫姿だし、「勇者」も「聖女」も関係ないかな?)


 のんびりと魔王城での生活を堪能する美夜は、多忙な日本での暮らしよりも居心地の良い異世界がすっかり気に入っていた。

 元々、親との関係は希薄だったし、バイトが忙しくて、大学の友人との付き合いも浅い。

 搾取してくる家族たちと離れることができて、むしろほっとしているくらいだ。

 せっかく頑張って受かった大学生活を手放すのだけは惜しい気がするが、多忙な掛け持ちバイトは肉体的にもきつかったし、奨学金のために成績を落とせないプレッシャーもあって辛かったので、これで良かったのかもしれない。

(私が消えたとしても、きっと誰も心配していないだろうし。自力で日本に戻れるとも思えないから、今は快適な魔王城で三食美味しいご飯を味わって、イケメンの膝枕を満喫しちゃおう!)

 ちやほやされる生活にすっかり骨抜きにされた子猫──もとい、美夜はそんな風にまったりと平穏に過ごしていた。


◆◇◆


「陛下、東のドワーフ領より貢ぎ物です。リストによりますと、山羊ミルクとブラックブル肉。どちらも最高品質の物のようです」

 うとうとと魔王の膝の上で微睡んでいると、魔王と宰相の会話が聞こえてきた。

「そうか。相変わらず、早耳のようだな」

「ドワーフの作り出す武器や防具を求めて、東に出向く兵士や冒険者は大勢おりますからね。ミヤさまの話も、そこから流れたのでしょう」

「む……」

「ドワーフ領の調理道具も人気ですからね。男だけでなく、女性間の噂話は広がるのが早い」

「仕方あるまい。女たちの口を塞ぐのは難しい」

 二人同時に溜め息をつく気配。噂話が好きな女性が多いのは、どこの国でも同じなようだ。

「おや、南の人魚族から新鮮な魔魚が届いているようですよ」

 涼しげな声音の持ち主が意外そうにつぶやいている。

「大型の魚であろう。賢者から聞いたのだ。なんでも、異世界の「猫」という種族は魚を好んで食べる個体が多いと」

「陛下が注文されたのですね。……ほう、届いた魔魚は生でも美味しく食べられるそうですよ」

 書類をめくる音が響く。まぎょ。魔族の魚? それとも魔法を使える魚なのだろうか。

 それはそうとして、生でも美味しく食べられる魚というのが、とても気になる。

「調理せずに食べるのか。それは……食えるのか、この勇者が」

「……どうでしょう?」


 何やら失礼な会話を交わされている気がする。

 美夜は眠い目を前脚でこすって、ゆるりと起き上がった。しぱしぱ。瞬きを繰り返して、四肢を伸ばすと、どうにか目が冴えてきた。

「起きたか、勇者よ」

 無駄に艶っぽい良い声で話しかけないでほしい。

 魔王を見上げながら、美夜は大きくあくびをひとつ。魔王はなぜか、そんな子猫を凝視しながら「うむ」とか何とか満足そうに頷いた。

 とても眠い。なにせ、生後一ヶ月の子猫なのだ。食べて寝て、を繰り返す、無力で可愛い生き物である。

 だから、「魔王陛下に失礼な」なんて怒らないでほしいです、宰相閣下。


 魔王アーダルベルトの傍らに立ち、書類を読み上げているのは、このアウローラ王国の宰相、テオドールだ。

 魔王の隣に立っても見劣りしない、すらりとした長身痩躯な美貌の持ち主である。

 紫を帯びた艶やかな黒髪の魔王と違い、テオドールは金髪碧眼だ。彼も侍女長やメイドたちと同じく、エルフ。そのため、目鼻立ちが恐ろしく整っている。さらりとした美しい金髪を無造作に背後でひとつにまとめているが、こちらも怜悧な雰囲気の麗人だ。ただし、妖艶さは皆無。

(魔王と違って、テオドールさんは精巧に作られたお人形って感じがする)

 綺麗だけど、感情表現が苦手そう。

 最初は魔王もそうかと思ったが、よく観察すると、意外と顔に出やすいのだ。

 言葉は少ないが、魔王は感情の起伏が激しい。


 その点、テオドールは宰相という職務上からか、その美貌からは感情が読みにくかった。

 見た目だけなら、それこそ天使と見間違いそうなビジュアルである。

 魔王が黒なら、宰相は白。身に纏う服装も、軍服に似た詰襟風の白い衣装だ。金糸で縁に細やかな刺繍が施されている。白い服は汚れやすいので、あまり実用的ではないように美夜は思う。


「陛下、こちらの書類は本日中に提出をお願いします」

「分かった。執務室に戻るついでに、先程のリストを侍女長へ渡しておいてくれ、テオドール」

「……は、かしこまりました」

 少しの間を置いて、テオドールは恭しく一礼して、執務室を出て行った。




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