空は暗くなったが、月は見えない。今日は朔、つまり新月の日。月は地球から見えないが、太陽と月が一列に重なり、太陽に一番近づく日だ。
太陽はすっかり店を片付け、エプロンを外し、手には鉄板に残っていたたこ焼きを全部盛った舟。二人は花見客に交じって歩き出した。
「やっぱりこの味が一番。さっき買ったのはなんだか物足りなかったんだよね」
「当たり前やろ」
「これからは毎日この味を食べられるのかあ」
いつの間にこんなにもたこ焼きが好きになったのか、朔自身も不思議だ。
「そうだ、毎日ってことは、一緒に住むってことだよね」
「え、あ、それは言葉のあやって言うか」
「『毎朝俺の味噌汁を作ってくれ』みたいでいいじゃん、『俺にたこ焼きを毎晩焼いてくれ』みたいな」
「朔ってそんな陽気なキャラやったっけ」
「自分じゃ仄暗いとも陽気だともわからないけどね。そんなこと言うなら、太陽だってそんなに可愛かったっけ?」
「かっ……何言うてんねん、アホか」
想い人と奇跡の再会の末、じっくり育てた恋が実って、こんなに可愛い恋人がとなりにいて、そりゃアホにもなるってもんだ、と朔は思った。そして浮かれているあまり大事なことを忘れていた。
「太陽に再会記念のプレゼントがあるんだ」
朔はそう言うとスーツの内ポケットから、紙切れを取り出し太陽に渡した。
「わあ! エリダヌスのチケットやん!」
太陽は感激のあまり、周りが注目するぐらい大きな声をあげた。
「来月大阪公演あるだろ。今度は隣で観よう」
「うん! めっちゃ嬉しい! 懐かしいなあ。今度は会場まで俺が案内するからな! こっからチャリで行けるとこやで」
月も出ていない夜のはずなのに、さんさんと陽射しが降り注ぐ。そんな錯覚を覚えるような太陽の喜びように、朔も胸のあたりがほんわりと温かくなった。
「それはそうと、とりあえず連絡先とフルネーム教えて」
太陽が徐に真顔になって言う。朔もそうだった、と笑う。
「はは、そんなのもまだ知らなかったよな」
新月は、新しいことを始めるのに良い日と言われている。まだまだ何も知らない二人、これから少しずつ少しずつ、お互いのことを知っていくのもまた、楽しみであり幸せである。今日というふたりの朔日(ついたち)から、見えない新月がだんだんと満ちていくように、何もないところから少しずつ、ふたりの関係もまあるく膨らんでいくといい。朔は隣ではしゃぐ太陽を見つめながら、そんなふうに思っていた。
【片恋屋台~お日さまと夜のまるいロマンス~ 完】