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第16話

 空は暗くなったが、月は見えない。今日は朔、つまり新月の日。月は地球から見えないが、太陽と月が一列に重なり、太陽に一番近づく日だ。

 太陽はすっかり店を片付け、エプロンを外し、手には鉄板に残っていたたこ焼きを全部盛った舟。二人は花見客に交じって歩き出した。

「やっぱりこの味が一番。さっき買ったのはなんだか物足りなかったんだよね」

「当たり前やろ」

「これからは毎日この味を食べられるのかあ」

 いつの間にこんなにもたこ焼きが好きになったのか、朔自身も不思議だ。

「そうだ、毎日ってことは、一緒に住むってことだよね」

「え、あ、それは言葉のあやって言うか」

「『毎朝俺の味噌汁を作ってくれ』みたいでいいじゃん、『俺にたこ焼きを毎晩焼いてくれ』みたいな」

「朔ってそんな陽気なキャラやったっけ」

「自分じゃ仄暗いとも陽気だともわからないけどね。そんなこと言うなら、太陽だってそんなに可愛かったっけ?」

「かっ……何言うてんねん、アホか」

 想い人と奇跡の再会の末、じっくり育てた恋が実って、こんなに可愛い恋人がとなりにいて、そりゃアホにもなるってもんだ、と朔は思った。そして浮かれているあまり大事なことを忘れていた。


「太陽に再会記念のプレゼントがあるんだ」

朔はそう言うとスーツの内ポケットから、紙切れを取り出し太陽に渡した。

「わあ! エリダヌスのチケットやん!」

 太陽は感激のあまり、周りが注目するぐらい大きな声をあげた。

「来月大阪公演あるだろ。今度は隣で観よう」

「うん! めっちゃ嬉しい! 懐かしいなあ。今度は会場まで俺が案内するからな! こっからチャリで行けるとこやで」

月も出ていない夜のはずなのに、さんさんと陽射しが降り注ぐ。そんな錯覚を覚えるような太陽の喜びように、朔も胸のあたりがほんわりと温かくなった。


「それはそうと、とりあえず連絡先とフルネーム教えて」

 太陽が徐に真顔になって言う。朔もそうだった、と笑う。

「はは、そんなのもまだ知らなかったよな」


 新月は、新しいことを始めるのに良い日と言われている。まだまだ何も知らない二人、これから少しずつ少しずつ、お互いのことを知っていくのもまた、楽しみであり幸せである。今日というふたりの朔日(ついたち)から、見えない新月がだんだんと満ちていくように、何もないところから少しずつ、ふたりの関係もまあるく膨らんでいくといい。朔は隣ではしゃぐ太陽を見つめながら、そんなふうに思っていた。


【片恋屋台~お日さまと夜のまるいロマンス~ 完】

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