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第14話

 春の陽気に誘われて、というではないが、朔は仕事が終わると駅とは反対側の川沿いに降り立った。夜桜見物の人出は、もしかすると昼間以上かもしれない。薄暗がりの中、屋台独特の赤い灯りが幻想的な空気を醸し出す。

 たこ焼き屋の屋台が目についたので、ついのぞき込む。太陽とは似ても似つかぬ恰幅の良い中年男性が愛想良く「いらっしゃい! めちゃうまいで」なんて話しかけてくる。ここでは当たり前の大阪の言葉に、太陽を思い出し懐かしくなる。ちょうど腹も減っていた朔は、せっかくなので一舟買い、ぱくつきながら歩を進めた。ただでさえ混み合う中、テレビ局の中継が入っていたり、団体が立ち止まってわあわあ騒いでいたりと、混沌としている。

 延々と続く屋台に目を移せば、おなじみの金魚すくいやりんご飴から、どて焼き、はしまきといった初めて見るもの、と、屋台にも地域の違いがあるのだなあと楽しんでいた。


 またたこ焼き屋があった。そりゃそうか、これだけ軒を連ねる屋台、全部違う種類の店なはずないか、と朔が一人納得していると、店主と目が合った。やはり太陽とは似ても似つかぬ中年女性だった。店主は朔と目が合ったので呼び込みをしようとしたが、たこ焼きを手にしているのを見て、なんだ、と言わんばかりにそっぽ向いてしまった。

 たこ焼き屋はあれども、太陽の姿はない。花見の名所は個々だけではないし、そもそもたこ焼きを焼いているのかどうかもわからない。けれども、朔にはなぜだか、絶対に再会できるという確信めいたもものがあった。


 この長い長い出店の列だけで、もうすでに四軒のたこ焼き屋を目にした。しかしどこにも太陽の姿はなかった。

 初日から会えるだなんて思ってはいないが、もし初日に会えたら確実に運命で結ばれた二人だ、などと勝手にロマンチックな賭けをしていた朔は、少々落胆した心持ちで駅に向かい始めた。何年かかっても見つけ出す、そう決意してはいるが、あまりに時間がかかったら太陽が他の誰かと、という可能性が大きくなってしまう。それは困るな、とぶつぶつ俯きながら歩いていると、出店が途切れる。最後の店は、たこ焼き屋。もう見飽きるほど見たたこ焼き屋、大した望みも抱かず、軽い気持ちでひょいと店の奥を窺うと、店主と目が合った。

「――」

「――」

 互いに言葉を失う。屋台の奥で目をたこ焼きのように丸くしているのは、太陽だった。朔はすっかり立ち止まって動けなくなり、そんな朔を往来の人々は邪魔そうに避けて通っていった。

 運命の再会。朔がロマンチックな賭けに勝利した瞬間だった。

「あ……」

 朔がようやく何かを言いかけたと同時だった。

「何俺以外が焼いたたこ焼き食うてんねん!」


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