太陽の表情が変わった。さきほどよりもさらに大降りとなった雨が、二人から音と視界を奪う。
「俺とのことも、辛い思い出に含められるのは嫌だよ」
「朔は違う、めっちゃ楽しかったし、世話んなったし……」
もう、言うべきところまで来てしまっている。朔にはわかっているが、激しく打つ心臓の音が、どうにも思考のを邪魔をする。どうせ明日からはもう顔を合わせることのない相手だ、もう何を言ってもかまわない――
「好きやったよ」
「えっ?」
思いも寄らぬ言葉に、朔らしからぬ素っ頓狂な声が出てしまった。
「知り合って間もない俺なんかのためにあんな一生懸命になってくれて、嬉しかった。ほんまにええ奴やな、朔は。店に来てくれてしょうもない話すんのも、一緒にライブ行ったんも、楽しかった。ありがとうな」
太陽も太陽で、朔に惹かれていたのだった。だが友人としてのそれか恋愛としてかどうかは曖昧だ。想い人のことは結果が出る前からほぼ成就は無理だと冷静に理解していたし、その上朔の存在があったおかげで、結果を告げられたときそれほど落ち込まずに済んだのだ。けれども、恋する相手がいると朔に話している以上、朔に色恋めいた感情を抱くことには、罪悪感があった。気が多い奴だ、単に惚れっぽいだけなのではと思われそうで、怖かった。それなら友人として親しく付き合えるほうがいい、そう思っていた。
「朔とのことは唯一、こっちでのいい思い出や」
もう終わったことのような、自分に言い聞かせるような太陽の口ぶりに、朔は何も言えなくなった。嫌な思い出には含まれなかったが、思い出にされること自体、嫌なんだと気づく。けれども大阪へ帰ることを止めることは出来ない。そんな権利などないのは重々わかっている。
「いつか、大阪に行くよ」
「うん、いつでも来て。待ってるで」
「……じゃあね。元気で」
自ら決別の言葉を発して、いても立ってもいられない。朔は階段を駆け上がった。太陽はそんな朔に声をかけるでもなく、走りゆく様子ををじっと見上げていた。
『いつか』
『いつでも』
連絡先の交換もしないまま、そんな曖昧に交わされた約束が、ふたりの最後だった。