次の日は朝から雨だった。いつもと同じ起床時刻なのに、まだ窓の外は薄暗い。雨が降ると屋台は休みだ。太陽に、大阪へはいつ帰るのかと尋ねそびれた朔は気が気でない。このまま別れてしまうなんてことにはなってほしくない。いや、どんな形であれ、大阪に帰って欲しくない。ざあざあと降りしきる雨の音が、本当にこのままでいいのか、と朔を責め立てる。
うすうすそこに在ると気づいていながら、知らんふりしていた気持ちを、そっと心の奥底から取り出してみる。
太陽が好きだ。
その気持ちに気づいた時には、もう失恋が確定していた。愛しくてたまらないといった表情で彼のことを語る太陽が眩しくて、太陽にそんな顔をさせる相手が、羨ましくて妬ましくて。朔によく似ていると聞けば、じゃあ俺でいいじゃないかとも思ってみたり。内なる葛藤はずっとくすぶっていたのだ。かといって太陽が振られることを願っていたわけではない。宙ぶらりんな状態を断ち切ってあげたかっただけだ。振られたんだから俺にしておけ、というのもなんだか人として違う気がする。どちらを向いても身動きが取れないような、そんな状態だ。
こんな気持ちを先輩が知ったら、朔のことも気持ち悪いと言うのだだろうか。こんなに人知れず抱いた、つつましやかで純粋な恋心を。ただ、思いを向けた相手が同性だというだけで。
「どうだった」
出勤するやいなや、先輩が尋ねてきた。意外といい人なのかもしれない。
「きれいさっぱり諦めがついたって、感謝してました。近いうちに故郷へ帰るそうです」
「そうか。……お前、それでいいんだ?」
「いいもなにも、本人が決めることです」
「ふうん」
先輩は去ってしまったが、その後も朔は先輩の問いかけが耳に残っていた。
いいもなにも、失恋が決定的になったのなら、太陽がここに居続ける理由は無い。逆に辛い思い出となってしまったこの地には、もう一秒たりともいたくないかもしれない。そして大阪へ帰って時が経てば、失恋の痛手も、この土地の思い出も、朔のことだって、忘れてしまうのだろう。
雨は退社時刻になっても止まず、鬱蒼とした気持ちをさらに重くする。駅まで歩いただけで、スラックスの裾だけがぐっしょりと色濃くなってしまった。
傘をたたんで、ばさばさと振って水気を切って、ベルトを巻いていると、改札へ続く階段から見慣れた人物が駆け降りてきた。
「あ! ギリギリ間に合うた!」
太陽だった。店を出していないのは、この雨と、その風貌からわかる。髪を結っていないし、エプロンもつけていない。なのに、どうしてここへ。
「お疲れさん。あんな、明日大阪帰ることにしてん」
「明日……」
朔が思っていたよりずいぶん急だ。辛い思い出となってしまったこんなところからは、やはりさっさと立ち去りたいのだろう。
辛い思い出の中に、朔まで含めて欲しくない。
「太陽」
「ん?」
「……」
あらゆる感情が後から後から湧き出してくるのに、伝える言葉が見つからない。先回りして考えては、これは違う、そうじゃない、と打ち消して。
「どしたん」
「やっぱり、どうしても帰るの? 大阪に」
「せやな。ここにいてると、思い出して辛いから」
「俺とのことも?」
「え……?」