「先輩!」
「なんだよ」
「その会社ってうちと何か取り引きありましたっけ」
いつも落ち着いている朔が興奮気味に封筒を指差してくるので、先輩は気圧されながら答えた。
「取り引きはない。これは仕事とは関係ない物だ」
さらに問い詰めると、近々同窓会を開く予定があり、先日次の幹事が集まって打ち合わせをした。そのうちのひとりがこの会社に勤めていて、同窓会に使えそうな店のパンフレットやチラシをこの封筒に入れて寄越したのだという。
繋がった。
こんな奴に頼み事をするのは癪だが、背に腹は代えられない。
「あの、仕事と全く関係ない頼みごとがあります」
昼休み、顔も見たくない先輩とランチ。あちらも面白くなさそうな顔をしているが、付き合ってくれただけまだましか。
「で? 何? 頼みごとって」
「実は、人を探していて」
「あーそういう面倒なの勘弁して」
さらにうんざり顔になった先輩に、慌てて続ける。
「知り合いの、片思いの相手なんですけど、勤めてる会社しかわからなくて」
「それが、この会社ってわけ?」
先輩は封筒を指さし、朔は頷く。
「何度か顔を合わせるうちに好きになったみたいなんですが、ある日を境に会えなくなったとかで」
「ふうん。どうでもよくなったんじゃねえの」
「そ、うかもしれません、けど、せめて想いを打ち明けられたら、次に進めると思うんです。今はずっと引きずってて、見ているこっちまで辛いというか」
そこまで言うと、先輩はニヤニヤし始めた。
「へえ、お前好きなんだろ、その子のこと」
「……いや、そんな」
「可愛いの? その子。決定的に振られたら俺に紹介してよ」
できるわけがない、朔は心の中で即答した。男だぞ、あんたが気持ち悪がった男同士だぞ。
「ちょっと無理だと思います」
「お前やっぱり好きなんじゃん」
「……違います」
言葉で否定はするものの、その語調はなんとも歯切れが悪く、先輩を余計ににやつかせるだけだった。
太陽の情報を極力漏らさず、協力を得るための情報を提供するのは、なかなかに難しかった。多少のフェイクも交えながら、知恵を振り絞って、かつ余計なことは言わぬよう慎重に、朔は先輩に相手の背格好やたこ焼き屋の屋台をよく訪れていたらしい、ということなどを伝えた。
「……で? 見返りは?」
「え……」
「こんな面倒なこと、タダでやれって?」
確かにそうだ。先輩に何のメリットもない厄介な仕事を頼んでいるのだから。
「……考えておきます」
またひとつ、悩みの種が増えた。
「もうそんな有力な手がかりゲットしたん? さすが朔やな!」
夜、屋台に寄って昼間のことを話せば、太陽の表情がぱあっと明るくなった。やっぱり、会えると思えば嬉しいのだろうか。
「俺も会わせてよ! お礼言いたいし、特徴とかも俺から直接話した方が……」
「やめといた方がいい」
「なんで?」
「男同士なんて気持ち悪い、って人前で平気で言う人だから」
「……そっか」
けれど。朔は思い返した。そもそもあの先輩からミスをなすりつけられて、自棄になっていたからこそ、駅の反対側に足を運び、太陽と出会ったのだった。
「会えたらいいな」
「……うん」
うん、と答えた割に、太陽は浮かない顔をしていた。それもそうか、と朔は思う。セッティングをしてもらったとして、どんな顔をして会えば良いのか。たこ焼き屋の屋台の店主に呼び出され、相手はどう思うのだろうか。そしてその先のこと。考えれば考えるほど、不安になるというものだ。