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第5話

 その他にも、互いの身の上話――年齢はふたりとも二十六の同い年だった――職業、趣味などを、酒を酌み交わしながら話し合った。

「そか、朔の会社、駅のあっちっ側なんか」

「うん、だから屋台出てるの全然知らなかったんだ。いつ頃から出してるの?」

 真っ赤な顔で上機嫌だった太陽の表情に、一瞬だけ翳りが見えた気がした。

「……二年ぐらい、かな」

「そうなんだ、ほんとに知らなかった」

 聞けば昼間は別の仕事に就いているという。そんなに働きづめで、この華奢な体を壊してしまいやしないかと心配になってしまう。

「はじめは知り合いに代理頼まれて、ちょっとの間手伝うだけの話やってんけどな」

 朔が訊きたくて、でも厚かましくて訊けずにいた『なぜあの場所で屋台を出しているのか』を、太陽はぽつりぽつりと語りはじめた。

「三日おきぐらいに買いに来てくれる人がおってな、今の朔みたいに仲良うなってん」

「そうなんだ」

 コミュニケーション能力の塊みたいな太陽のことだ、誰とだってすぐに仲良くなれるだろう。

「でもある日を境に、ぱったり来んようなって……」

「うん」

「代理頼まれた期間はもうとっくに終わってるんやけど、またいつか来てくれるかもって、ほんでずっと店たたまれへんままで」

 辛いことを噛み殺すように話すその口調、それまでのお気楽な様子とは打って変わった重苦しい面持ちに、朔はピンときた。

「……好きだったんだ、その人のこと」

「……うん」

 はにかんで答えた太陽は、まるで恥じらう乙女ではないかと思うほどに可憐だった。

 ふたりとも、黙ってしまった。店の中は威勢の良い店員の声や騒ぎ立てる酔っ払いたちでがやがやとやかましいのに、ふたりの周りだけは無音、いや時が止まったかのようだ。グラスの中身が減ることもなくなってしまった。


 朔は考えていた。普段はからりとした、それこそ太陽の光のようにさんさんと周りを照らしてくれる太陽の、意外な一面を見て。

 こんな顔をするんだなあと思うと同時に、知り合って間もない相手のまだ知らない一面を新たに見ただけ、にしては、自分自身がやけに動揺していることに気づく。いや、動揺しているのは、別に理由があるのだろう――その答えが入っているその箱、うすうす答えはわかっているけれど、朔は箱の蓋を開けたくない。開けてはいけない気がする。


 一方、太陽も考えていた。酒が過ぎたとはいえ、どうして知り合って間なしの男にこんな込み入ったことを話してしまったのだろう、と。

 ここだけの話、朔は太陽の想い人にどことなく雰囲気が似ていた。そう、太陽の想い人とは、同性である男性なのだ。成就する可能性の極めて低い恋心を胸にしまい込んで、夜毎たこ焼きを焼いている。


「あの、な」

「うん?」

「相手、男やねん」

「……」

 それまでの沈黙を打ち破ったのは、意外なカミングアウト。なぜ今なのか、そもそもこの場に必要なのか、朔にはわかりかねて返事に困った。

「気色悪いやろ」

「え、いや」

 そんな感情は微塵もなかったため逆に驚いてしまい、うろたえたような返答になってしまったことが、あたかも図星をさされたような印象を太陽に与えてしまった。

「気ぃ遣うてくれんでええで」

「本当だって」

「ほな呆れてる?」

「そんなことないよ」

「そうか……。朔は、ええ奴やな」

 居酒屋の薄ぼんやりとした間接照明に照らされ、頬のみならず鼻の頭や耳まで真っ赤になった太陽の顔は、先ほどまではただの酔っ払いにしか見えなかった。しかしなぜか急に違った風に見えだして、朔は戸惑う。潤んだ伏し目がちの瞳や、普段なんとも思わない頬にかかる髪が妙に艶めいて見えて、切ない気持ちを思いだしたからか、恥ずかしさも相まってなのか、その表情は今にも泣き出しそうにも見えて――

「朔?」

「ん? ああ、そろそろ出ようか」

「せやな」

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