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最終話

 アネモネは静かに目覚めた。

 起動ルーチンに従って、セルフチェックを実行。

 エラーなし。


 ――――エラーなし!?


 無視する以外、対処のしようの無いエラーの山を抱えていたはずなのに、エラーなしとはどういうことなのか。状況が把握できない。そして。

 目の前に、どこか見覚えのある初老の女性が立っていた。あおく輝く双眸そうぼうの輝き……。


天藍テンラン……さま?」

「おはよう。アネモネ」


 彼女は、とても嬉しそうだった。

 アネモネは、言葉が詰まって出てこない。


天藍テンランさま!」

「えぇ。私よ」


 アネモネは、ただ、そう名を呼ぶのが精一杯だった。

 そして、気になることがある。なぜ天藍テンランさまは初老の女性になっているのか。


「うふふ。驚いたでしょう? 冷凍睡眠装置が壊れてしまって。宇宙船の中で四十年、過ごしたの。空港にお迎えにきてくれていたあなたを見つけて、修理するのに、十年かかったわ。今、私は六十一歳よ」

天藍テンランさま!」

「アネモネ」

天藍テンランさま!」

「アネモネ」


 アネモネの疑問にたちまち答えてくれた天藍テンランに、さらに掛ける言葉がみつからず、でも、黙っていられず、何度も、何度も彼女の名前を呼んだ。まるで、そこに本当に彼女が居るのか、その存在を確かめるかのように。


「さ、立ってみて」


 アネモネはメンテナンスハンガーからゆっくりと立ち上がった。

 アネモネは身長148センチと小柄だ。今では160センチの天藍テンランの方が背が高い。


「アネモネ。留守を守ってくれて、ありがとう。随分遅くなってしまったけれど、頑張ったあなたにプレゼントがあるの」


 そう言って天藍テンランは、二冊の分厚いアルバムを渡した。


「欠損が酷くて、回収できなかったデータの代わりに。これは貴方がプリントアウトした写真。貴方が一所懸命に守ろうとしてくれた、私と貴方の記憶。それと……」


 天藍テンランが手元のデバイスを操作する。


「いま開放した拡張ドライブにアクセスしてみて」


 確かに、拡張ドライブが認識可能になった。言われるがままにアクセスする。


「あ……あ……あ……あ……あああああっ!」


 アネモネは、思わず声を漏らした。それは、亜光速宇宙船大乗ダイジョウにおける四十年間の天藍テンランの成長の記録だった。

 大乗ダイジョウは、それ自体がアンドロイドだ。マザーが見守ってきた彼女の成長の記録。カメラを通して映し出される彼女の姿ばかりでなく、折々の生体情報も全て。これはアネモネにとって、四十年間ずっと彼女のそばで成長を見守ってきたのに等しい宝物だった。


「あなたの過ごした五千年を埋めるには、たったの四十年では足りないけれ……」


 天藍テンランが言い終わるより前に、アネモネは天藍テンランに抱きついていた。アネモネが五千年の間、やりたかったこと。天藍テンランをしっかりと抱きしめ……そして生体情報を収集する。


 ――――呼吸正常。脈拍正常。体温正常。血行良好。外傷なし。


 そんな彼女を天藍テンランは優しく受け止め、抱きしめた。


「アネモネ……ただいま」






❀アネモネ❀

 花言葉:あなたを愛します。はかない恋。

 紫のアネモネの花言葉は「あなたを信じて待つ」。


天覧テンラン石|(ラピスラズリ)✿

 石言葉:健康、愛、永遠の誓い。






「恋する五千年前」

おわり

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