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第1話 シロツメクサ

 庭の池の傍には、真っ白な東屋があった。そこは天藍テンランのお気に入りの遊び場だった。天藍テンラン八歳。


「アネモネ。結婚しよう」

天藍テンランさまと私が、ですか?」

「そうよ。他に誰がいるの?」

「そうですね。大変名誉なことです。ありがとうございます。謹んでお受けいたします」

「シロツメクサで冠と指輪とブーケを作りましょう」

「えぇ、それはとても素敵ですね。では、早速」


 冠は、どこかの映像でみた戴冠式の影響かもしれない。結婚式に必ずしも必要なものとは思えないが、天藍テンランがそれを作りたいと言うのだから、アネモネは異を唱えるようなことはしない。

 集めたシロツメクサを編み込んで、天藍テンランの頭に乗せる小さな冠と、アネモネの頭に

乗せる大きな冠を作りながら、アネモネが言った。


「ところで、天藍テンランさまと私、どちらが花嫁で、どちらが花婿でしょうか?」

「!」


 そこまでは考えていなかったと見え、天藍テンランは固まった。


「私、花嫁したい。でも、アネモネの花嫁も見たい」

「では、どちらも花嫁になってしまいますね」

 そう言いながら、アネモネはにこりと微笑んだ。


「素敵! そうしましょう、アネモネ! とても素敵なアイデアよ!」


 はじけるような笑顔で、キラキラと眩しい瞳をアネモネに向ける天藍テンラン

 あおく輝く彼女の双眸そうぼうには、微笑むアネモネ自身の姿が映っていた。


 シロツメクサを編んで作った冠がウェディングドレスだった。冠を頭に乗せブーケを手に、天藍テンランとアネモネは、二人並んでゆっくりと歩いていく。右足を前へ。左足を引き寄せて停まる。一拍置いて、右足を前へ。左足を引き寄せて停まる。そうして、二人で並んで手をつなぎ、東屋へと続く石畳を歩いていく。

 柔らかい木漏れ日が石畳にマーブル状の光の粒を揺らし、爽やかな風が吹き抜け、小鳥がさえずる。上気した頬を紅色に染めて天藍テンランがアネモネを見上げる。結婚式が楽しいせいなのか、アネモネに特別な感情を向けているからなのか、そこまでは分からない。だが、アネモネも天藍テンランを見つめ返す。


「誓いの言葉を」

 どこで覚えたのか、天藍テンランが精いっぱい厳かな雰囲気を出しながら言う。

「はい」

「あー、でもわかんない。アネモネ、教えて」

「では、私に付いて同じように言ってみてください」

「わかった」

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも」

 アネモネが区切って教えてくれているのだと察し、まずはここまでを繰り返す。

「健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも」

「富めるときも、貧しいときも」

「富めるときも、貧しいときも」

「これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け」

「これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け」

「その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「はい、誓います!」

 天藍テンランが元気に答えた。

「あ、そか。その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」

「はい、誓います」

 アネモネも心のこもった調子で答えた。


「では、指輪の交換を」

「はい」

 東屋のテーブルには、先ほど天藍テンランが作った二つの指輪があった。真っ白なシロツメクサの花が大振りの宝玉のように上を向いていた。

 アネモネが天藍テンランの小さな手をそっと包み込むように持ち上げる。自然と生体情報を収集し、やや興奮状態ながら、異常のないことを確認する。そして、彼女の左手の薬指に優しくシロツメクサの指輪をはめた。

 次はアネモネの指に指輪を嵌める番だ。アネモネは天藍テンランの前に膝を折ってしゃがみ、そっと左手を差し出した。


「最後に誓いのキスを」

 そういう天藍テンランの声は少し震えていた。普段からスキンシップでキスはしている。でも、特別感故か、天藍テンランは耳まで真っ赤になっていた。


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