こうして、
――――地球の重力、なめてたわ。
自作の車椅子のお陰で、移動には支障がないものの、全身に感じる重力の影響はすさまじかった。第一、手に持っていた物から手を放すと、その場に留まらず、床に落ちてしまうという現象に慣れなかった。
――――十歳までは、普通に地球で暮らしてたのにね。
空港の到着ロビーの外には、この日のためにと新造された自走車が停まっていた。ただし、台数が足りず、他の乗客との乗り合いになった。
乗り合わせた家族は、五十年ぶり(……と言っても、本人たちにとっては、一年ぶり程度)の間に、見違えてしまった景色を眺めて騒いでいた。
「
そう父親に窘められるのを聞いて、乗り合わせた家族の女の子が、宇宙船
――――あなたは、あの時のままなのね。
窓外に見えるかつてタワーマンションだったものは、植物にすっぽりと覆われ、まるで緑色のモノリスだった。流れる車窓の風景は、
そんな景色ばかりみていたせいで、我が家が近づくにつれ、
――――それに……。
家に帰ったところで、父もアネモネも居ない。あるのは四十年前の思い出だけだった。
しかし、門扉の前で車椅子に体を移し、自走車を降りた
門扉から、玄関まで緩やかなカーブを描く小道も、その両側に広がる庭も、しっかりと手入れが行き届いていた。植木はきちんと枝が刈り込まれ、花壇に咲く花も手入れが施されているのが見てとれた。落ち葉ひとつない。
半ば廃屋のような状態だとばかり思っていたのに、人の生活や息吹すら感じさせる庭だった。それは、
――アネモネ!
「そうだ、そうに違いない」
空港で見かけたアンドロイドは、たまたまアネモネに似ているような気がしただけった。今もアネモネは家の中にいる。そうでなければ庭がこんなに綺麗なわけがない。アネモネが今も綺麗にしてくれているのだ。
ノブを回し、扉を引きながら、出来た隙間にそっと車椅子を押し込む。そうして扉の内側に車椅子ごと入り込み、向きを変える。
「まぁ……」
玄関から真っ直ぐ奥に見えるキッチンまで、壁という壁にびっしりと貼られた写真、写真、写真。
ここからは見えないが、リビングにもダイニングにも、あらゆる壁に貼られていそうだった。
…
…
…
…
それらの写真はすべて、アネモネが、内部記憶に留めておくことの出来なくなった、大切な思い出をプリントアウトし、壁という壁に貼りつけたものだった。
アネモネの、大切な記憶を失いたくはないという、戦いの跡だった。
だが、肝心のアネモネの姿はどこにも見当たらない。
「アネモネ? アネモネ? 居ないの? 私よ、
家中のすべての扉を開けてアネモネを探す。そうして確認して回ったどの部屋にも写真が貼られていた。
記憶にもない一歳未満の、未だ母親が生きていた頃の
初めての寝返りをする
初めてのはいはいをする
初めてのつかまり立ちをする
どの写真にも、母親が一緒に写り、笑っていた。
一歳の頃の初めてよちよち歩きをする
二歳の頃の
庭に作ってもらった砂場で遊ぶ
お絵描きをして遊ぶ
なんとなく記憶の残る三歳の頃の
お気に入りの絵本を広げて笑う
幼稚園の制服を着て嬉しそうな
小学校の帽子を被ってどこか恥ずかしそうな
パジャマでベッドではしゃぐ
ご飯つぶを頬に付けてスプーンをくわえた
よそ行きのお洒落着を着た
二ホンのキモノを着せて貰った時の
雪だるまを作って遊ぶ
防空壕の中で人形遊びに興じる
六歳の泣きじゃくり、母親の記録再生を見る
八歳のシロツメクサの花飾りの結婚式をする
十歳のお誕生日パーティー、宇宙へ行く前日の
当然ながら、それ以降の写真はない。
それは、
それは、
それは、